03-09
夜に街道上とは言え、移動を行うと言うのは非常に危険を伴う。
灯りを用意しなければ、余程夜目が効いたり亜人であるエルフやドワーフのように暗闇の中でも見えると言った特殊な能力がない限り、歩くことすらままならないのが人間だ。
ただ灯りを用意してしまうと、その光に照らされている範囲の外が見えにくくなり、容易に奇襲を許してしまいかねない。
つまるところ、人は夜に行動するような種族ではないのだ、ということを思い知ることになる。
「しかも、こちらを狙う誰かがいた場合は、灯りを点けて夜道を歩く俺達はいい的でしかない」
そう言いながら歩くマインは、馬車の左斜め後ろの位置を、ダリルの使用人達が掲げている松明の灯りが照らす範囲の少し外を歩いていた。
妙な位置取りをするものだと思っていたリドルなのだが、その傍らを歩いてみると、その位置取りになるほどと納得させられる。
まず明るさがちょうどいい。
目が明るさに慣れるということもなく、暗さで行動が阻害されるでもない微妙な明るさで、どう行動するにしても行動しやすいような気がする。
それと、もし荷馬車への襲撃があった場合、あまり褒められた行為ではないのだろうが荷馬車自体を盾にし易そうな位置なのだ。
荷馬車を護るというのが依頼なのだから、その荷馬車を盾にするというのは本末転倒のようにも思えるのだが、本音で物を言うのであれば依頼人や依頼品を放り投げるようなことになったとしても、守るべきはまず自分の命である。
依頼は失敗しても評価や信頼は落ちるかもしれないが、おそらくそんなものにマインは興味がないし、必要ならば後で別な方法でもって挽回すればいい。
だが命の方は失ってしまえば取り返しが効かないのだ。
そのくらいのことはリドルにも分かる。
つまり、わざわざ公言したりはしないものの、最もここで重要視されなければならないのはリドルにとってはリドル自身の命というわけなのだ。
そのような観点からしてみれば、マインの行動は最良だと言える。
もっともそれは、雇い入れている側からしてみればいいわけがない。
こちらもわざわざ公言したりはしないものの、金を払って雇っているのだから、死ぬ気で守れと思っていても不思議ではないのだ。
ただ、マインの思惑と行動はマイン達の他に荷馬車を守ることに程度の差はあれどもそれなりに本気な者がおり、さして目立つことなく雇い主側にバレることはなかった。
「このまま街道を進んだら、普通に関所に到着するよね?」
「その通りですね」
「どこで街道を外れるつもりなんだろ?」
リドルの疑問にアイは答えを持っておらず、マインの方を見る。
これは代わりに答えてくれという無言の要求なのだろうかと思いつつ、マインは言った。
「絶対にとは言わないが、夜明け前には街道を外れると思うぞ」
わざわざ領都を出る時刻を十八の刻という夜の入りにしたのは、ダリルが小心者だからというわけではない。
単に人目が少ない時間帯だからだろうとマインは思っている。
現状、街道の上を歩いているのは、夜に街道を移動するような者はほとんどいないからで、人目を気にすることんかう進むことができるからだろうとマインは見ていた。
しかし、夜が明ければ街道上は人の姿が増えてくる。
隣領への移動が制限されていようが、自領内での移動が禁じられているわけではないからだ。
人が増えれば当然人の目にもつきやすくなる。
そうなってしまってから街道を外れたのでは、大人数の一団が街道を外れてどこかへ向かったなどと噂が立ちかねない。
人目についたり、目立ったりするようなことを本当にしたくないと考えているのであれば、人が増え始める夜明け前に街道を外れるはずだった。
「あまり変な所は通らないと思うから、それ程心配はしてないんだが」
「そうなの?」
「あぁ。人が歩けないような道じゃ雇い主が乗ってるあの馬車が走れない」
マインの見立てでは、ダリルが乗っている荷馬車の荷台には限界ぎりぎりまで荷物が積んであるように思われた。
それだけの重さで悪路に入り込んでしまったら、動くことができなくなるか、荷馬車自体が壊れてしまいかねない。
もしもそんなことになってしまったら荷物を諦めるか、何か別な方法で運ばなければならなくなる。
ただ、別な方法とは言ってみても実際にその場で使えそうなのは周囲にいる使用人や護衛といった人力だけで、荷台から荷物を下ろして人が運ぶといった方法しか取れそうにない。
だが、荷台が悲鳴を上げる程の重さがあるらしい荷物を、この場にいる人手だけでは全て運びきれるとは思えなかった。
つまり荷物がどういった荷姿なのかはマインにも分からないが、小分けにできないようなものであれば、最悪全て諦めなければならなくなるかもしれない。
そんなことにならないためにも、ダリルは最低でも荷馬車を走らせることができるルートを使うはずであり、そんなルートであるならば歩く程度のことは問題なく行うことができるだろうとマインは思う。
そしてマインの考え通りに、ダリルは空がうっすらと白み始めてきた辺りで進行方向を街道沿いから反れた方向に変え、一行は街道ほどには整備されていないものの、時たま馬車が通っているように見えるわだちのある道っぽい所へと踏み込む。
周囲からの視線を遮るほどに背が高くて固い草が両脇に生い茂る中、新しいのか古いのか見ただけではよくわからないわだちが造っている道は、一行の姿を隠すのには役立ったものの、周囲を警戒するための視線をも遮ってしまう。
音も、たまに踏みつけられたり荷馬車をこすったりする草の立てる乾いた音が、他の音をかき消してしまい、視覚と聴覚とを塞がれたような形でマインとアイは渋い顔をした。
「マスター、これではまともな警戒などできるわけが……」
「同感だがどうしようもない。せめて視界が開けるか、何も襲って来ないことを祈るしかないだろうな」
そう言いながらもマインの意識は傍らを歩いているリドルへ向けられている。
一晩中歩かされた上に、歩くのがやや大変なくらい背の高い草の生えた道を歩くリドルは、元々の体調不良も相まってかなり辛そうな表情をしていたのだが、マインが心配そうに自分のことを見ていることに気が付くと、大丈夫だとばかりに笑顔を見せたのであった。
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