03-03
「ごめんねマイン。私、足を引っ張っちゃってるよね」
物思いにふけっていたマインの意識を現実へと引き戻したのは、申し訳なさそうにそういうリドルの声であった。
マインからもらった小瓶を両手で持ち、少しずつ中身を口へと運びながらリドルは体を縮こませる。
「ここで病気になるなんてなぁ」
「何を言っているんだ、お前は?」
弱々しい笑いを見せるリドルに、マインは心底から何を言われているのか分からないと言った顔を向ける。
「足を引っ張るも何も、目的があるのはリドルだけで俺はそれについてきているだけなんだぞ?」
「えーと?」
「目的がないのに足を引っ張るもなにもないだろう? 強いていうならお前が足を引っ張ってる相手はお前自身だけだぞ?」
「そうなの?」
「そうとしか言えないな。俺はむしろこの状況下で無理に動かずに済んでほっとしているところだ」
少しほっとしたような表情を見せるリドルにマインは小さく鼻を鳴らす。
本音を言うのであればマインとしては一刻も早く領都を出て、王都へと移動したいところであった。
それができなかったのは、まずリドルの体調があまり思わしくないということ。
仕方のないことだとマインは思う。
マインの目から見ても異常としか言いようのない力を発揮したリドルであったが、その力は外から取り寄せたわけでもなく、誰かから借り受けたものでもなく、リドル自身から生じたものであった。
つまりリドルは個人と言う枠内でもって大量の魔物を倒し、迷宮に深刻なダメージを与えてみせたのだ。
マインが言うのもおかしな話ではあるのだが、リドルが行使した力は到底個人の器に収まるようなものではない。
そんな力を何の訓練も受けていないリドルがいきなり発揮すれば、当然の如く反動というものがやってくる。
リドルの場合それは、強烈な発熱という形で現れた。
大暴走が止まったと同時に倒れてしまったリドルを抱えて、マインとアイは冒険者ギルドへ転がり込んだのだ。
転がり込んだ先が冒険者ギルドであったのにも訳がある。
本当ならばどこかの治療院であるとか、宿辺りにマインとしては駆け込みたかったのだ。
リドルの状態がよく分からない以上はあまり衆目にさらされたくはなく、個室が取れるのであれば取りたいところでもあった。
しかし、それはできなかったのである。
大暴走と火事とが引き起こした被害によって、かなりの数の建物が破壊されたことに加えて、焼け出された避難民やらケガ人やらが領都内に溢れかえり、破壊を免れた施設へこれでもかとばかりに押し込まれた結果、それ異常の誰かを受け入れることができなくなってしまったのだ。
これでリドルが大けがでもしていれば話は違っていたのだろうが、見た目だけならばリドルはただ疲れて眠っているだけの状態で、とても他のケガ人を押しのけてまで治療院などにベッドを用意してくれと頼めるような状態ではなかった。
それで仕方なく、冒険者ギルドへ転がり込んで確保できたのが長椅子二つということだったのだ。
ただこれでも、十分に幸運だったのだろうなとマインは思っている。
冒険者の中には椅子すら確保できずに直接床に寝転がっている者までいるのだ。
それを考えれば椅子の上で横になれる分、まだ恵まれているなとマインは思う。
もっとも、椅子の上で寝れているのはリドルとアイで、マイン自身は床で直に横になっていた。
さすがにこの状況下で、リドルかアイに添い寝をお願いしようとはマインも思わない。
そんなマイン達が領都から動けず、冒険者ギルドの待合室でただ時間を消費しているのは、リドルの体調の他にも領都を出る方法がないからというのもあった。
出ていくだけならば誰かが引き止めているわけでもないので、出ようとして出れないということはない。
しかし、ただ領都を出てどうするつもりだというのか。
近くの村や町までならば行けないことはない。
だが、領都の混乱を知り、比較的身軽な者は既にそういった村や町へと脱出してしまっており、急に人が増えたことによって行く先々で物資不足を招いて、さらに混乱と困窮に拍車をかけてしまっていた。
そこを飛び越えて王都を目指そうとすると、領都トゥゼットで起きたことを知った近隣の領主達が、自領に混乱を持ち込まれてはたまらないとばかりに、各関所などを封さし始めたらしい。
無論、領都で足止めされているマインがそういった情報を入手できるわけがなく、こういった情報に関してはアイが持つメイド派遣協会の情報網からもたらされる情報に頼り切りである。
「どこもかしこも、街道を封鎖してしまっているようですね」
目を閉じて、何かに集中していたアイが溜息交じりにそう言った。
「酷い領主になりますと、街道の封鎖に領軍が出動しているようです。避難民との間で争いになっているという噂も」
「まぁ間違いなく厄介ごとだからなぁ。受け入れたくない気持ちは分からないでもない」
「おかげで王都へ、正式な手続きを経て行く方法というものが現状、ありません」
リドルの持つ無意識下の術式の詳細な解析は、マインにとって急務であった。
最初補ア少々便利で強力な強化系の術式だろうくらいに考えていたのだが、まさか迷宮相手に相当なダメージを与えられるのみならず、反動まで強力な代物だとは思っていなかったのだ。
領都の魔術師ギルド支部にある機材では完全に解析できなかった術式を、もっといい機材があるだろう王都の魔術師ギルドで改めて解析するために、どうしてもその王都へと行かなければならない。
しかし領都トゥゼットから王都までの行程の途中には、いくつもの他の領主が治めている領地を通る必要があり、現状ではその通過許可が下りるとは思えなかった。
「この騒ぎのせいで路銀を稼ぐこともできなくなったしな」
店も冒険者ギルドもまともに営業をしていないので、新しい依頼もなければ報酬が支払われるようなこともない。
買取も全く機能していないのである。
元々、王都までの路銀が足りていなかったマイン達にとってはかなり痛い話だ。
「道も塞がれ許可も取れず、路銀も足りていないのではお話にならないな」
「困りましたね」
困ったと言っているだけでは何も好転しないことは分かっており、マインとアイが揃って溜息を吐き出す中、一人リドルだけはいつのまにやら長椅子に深く背を預けてまた眠りこけていたのであった。
現在、毎日更新継続中。
ブクマ、評価、感想、いいねなどお待ちしております。
あと誤字指摘も随時募集中です。




