03-02
「何か変わった事あった?」
眠そうな目を擦りながらリドルがそう尋ねてくるのに対し、マインとアイは揃って首を横に振る。
様々な手段で情報収集を行っているマインとアイなのだが、耳に入ってくる情報は増え続けていくばかりの犠牲者の数であったり、足りない食料や衣料品を求める声であったり、人手を求める冒険者ギルドの職員や冒険者達の声ばかりで、マイン達にとって有益な情報と言うものは全く手に入れることができないでいた。
「そっか。仕方ないね。こんななんだもん」
視線を窓から外へと向ければ、目に映るのは破壊されたか焼けたかしてしまった建物ばかり。
時折その中に人の姿を見ることもあったが、大体はどこへ行ってしまったのか分からなくなってしまった身内を探す者か、あるいはがれきやごみの山の中から少しでも何かしらに役に立つ物はないかと探す者のいずれかであった。
それらの姿を見ていると、いかに空に明るい日が照っていようが気分が滅入るのを感じて、リドルは視線を室内へと戻す。
「本当に酷いことになっちゃったね」
「全くだな」
「でも、本当にどうしようもない状態までは行かなかったんでしょ? それは本当によかったよね」
「まぁ、そうだな」
マインが相槌を打つと、リドルはほんの少しだけほっとしたような笑顔を見せる。
「こういう時、何もできないっていうのはなんだか申し訳ない気分になるね」
「それは仕方がない。リドルが気に病むようなことではないし、気に病んだからといって何かが変わるというわけでもない」
そう言いながらマインはローブの袖から手を出すと、リドルの前に青い液体の入った小瓶を置く。
リドルはそれを見ると、申し訳なさそうな顔のまま首を横に振ったのだが、マインが少々強めに促すと、小瓶を手に取って封を切り、中身をちびちびとだが飲み始めた。
「マスター……本当に覚えておられないので?」
「どうもそうらしい。健忘とでも言うんだろうが……あれだけの強化術式だ。反動があっても当たり前だろうな」
すぐ対面で小瓶の中身を口にしているリドルに聞こえないように会話をするというのは至難の業であるのだが、マインもアイもそれを可能にする技量の持ち主であった。
リドルの様子や周囲の様子に目を配りながらであるので、マインはアイと目を合わせることなく会話を行う。
「ご主人様の体調、心配ですよね」
「あの出力だからな。とりあえず俺が見た限りでは問題はなさそうなんだが」
領都トゥゼットの迷宮が大暴走を起こした直後、それによって起きた惨状に対してリドルが行動を起こした。
マインですらいまだに詳細がつかみ切れていない、無意識下にある術式と思われる力を行使して、リドルは迷宮が吐き出そうとしていた魔物達を一掃したばかりか、迷宮そのものにまで攻撃を仕掛けて見せたのだ。
これによって領都は新たな魔物の出現に晒されることもなく、迷宮自体もこれは偶然であるのだが、リドルの攻撃によって程よいダメージを受けて、大暴走は収束したのであった。
つまり、リドルは大暴走に対処する件において、最大の功労者であると言ってしまっても過言ではない。
これをきちんと然るべきところに報告すれば、ちょっとした英雄扱いされてもおかしくない働きだ。
しかしマインはこれを、どこにも報告していない。
それは何もリドルの活躍を妬んだ、というわけではなかった。
むしろ何の問題もそこに存在していないのであれば、積極的に広く知らしめてリドルの願いである英雄になりたいというものをかなえてやろうかと考えたくらいである。
では一体何がマインにそうさせることを止めたというのか。
理由の一つは、誰がそんな話を信じてくれるのかということであった。
何の実績もない、辺境の農村から出て来たばかりの少女が、訓練された兵士や歴戦の冒険者達ですらなすすべなく命を落とした大暴走という災害を、謎の力でもって、しかもたった一人の手によってこれを収めましたと報告してみたところで、誰がそれは素晴らしいことだと評価してくれると言うのか。
普通に考えれば、どさくさに紛れて何を適当な報告をしていやがると糾弾されるのが関の山だ。
どうにかして証明しようとしても、それを目撃したのはマインとアイの二人だけで、二人共リドルと同じ一党のメンバーだり、つまりは身内の証言でしかない。
これではリドルが行ったことを証明するのには何の役にも立たず、その他には何も証拠というものがないのだ。
そしてもし、何らかの素晴らしい方法でリドルが行ったことを誰かに信じさせることができたとしても、今度はそのリドルの攻撃が程よく迷宮を弱らせた理由を証明しなければならなくなる。
嘘を並べて信じてもらえればいいのだが、そうでない場合は下手するとマインがリドルを止めた時に使った魔術。
つまり第八位階の魔術について証言しなければならなくなるかもしれず、色々な問題を完全に無視してこれを説明してみたところで、人が到達できる限界が第七位階であるとされているというのに、誰が第八位階の魔術を使用したなどということを信じるというのか。
そういった事情に加えて、さらに悪いことに当の本人であるところのリドルが、強力な力をふるって迷宮に攻撃を仕掛けた時のことを、何も覚えていなかったのだ。
これではどうしようもない。
何せ色々な問題を奇跡的にマインがクリアし、全てを証明して見せたとしても、リドルが一言、そんなことをしましたっけと首を傾げてしまえばそれで全てが終わるのだ。
これでは誰かを信じさせることなどできるわけがない。
そう判断したマインは一連の出来事をどこにも報告せず、自分一人の胸の内にしまい込んでおくことにしたのだ。
下手に話して面倒なことになるくらいならば、今回は誰も見ていなかったのだからと何もなかったことにしてしまった方が何かと楽である。
リドルがちゃんと記憶していれば、本来得られたかもしれない名声などを惜しんだかもしれないが、本人も覚えていないのだからクレームのつけようがない。
こうして領都トゥゼットにおける迷宮の大暴走事件は、理由は分からないのだが被害は想定されていたよりもずっと小さなもので終わったというどこかふわっとした感じの記録が残るのみとなったのであった。
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