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03-01

 ある日の領都トゥゼット。

 そこにある冒険者ギルドの待合室。

 依頼を受けた冒険者が依頼人と会ったり、仲間同士で合流するために使われるその空間にある長椅子の上に、一人の少女が眠っている。

 長い赤毛をポニーテールにし、身に着けているのは少々くたびれた感じのする革の胴鎧と手甲。

 それに厚手のスカートと無骨なブーツといった組み合わせ。

 明らかに一般人ではないと分かる装いではあるのだが、その寝顔は整った容貌はともかくとしてとても切った張ったを生業とする冒険者のようには見えない。


「ついでにあの厄事を止めた張本人にも見えないですよね」


 少女が寝ている長椅子と向かい合う形になっているもう一つの長椅子に腰かけていた、銀髪をショートボブにまとめたエプロンドレス姿の女性が、誰に言うでもなくそんな言葉を口から漏らした。


「めったなことを言うもんじゃないぞ」


 そんな銀髪女性の言葉を、たしなめるかのように止めたのは銀髪女性のとなりに座っていた黒いローブ姿の若い男だ。

 少し癖のある短めの黒髪に、あまり人の印象には残りそうにない特徴のない顔立ち。

 赤毛の少女と銀髪の女性とが、街ですれ違えば十人中八、九人は振り返るであろう顔立ちなのと見比べると、平凡さが妙に際立つ。


「マスター。周囲は私達の会話に意識を向けられるような余裕はないかと思いますが」


「それはそうかもしれないが」


 そこにいる三人は、窓から差し込む暖かな日の光を浴びて、どことなくのんびりとした雰囲気を漂わせていたのだが、彼らの周囲の状況は彼らの様子と比べると、あまりに殺気だった代物であった。

 もうどのくらいまともな睡眠をとっていないのか分からない冒険者ギルドの職員達は、目の下のクマを作り、髪を整えるような余裕もなく、皺らだけのギルドの制服を着て受付カウンターの向こう側でせわしなくあちこち動き回っては誰かが何かを叫んだり、怒鳴りあったりしている。

 カウンターを挟んで反対側にいる冒険者達もまた、髪はぼさぼさのままで顔に色濃く疲労の色を映し、身に着けた装備は泥や血に汚れたまま手入れされたような形跡がない。

 多少なりとも休みを取らなければそのまま倒れてしまうのではないだろうかと心配になるような有様なのだが、誰も休もうとはしていない。

 酷い状態の者になると、ケガをした場所に包帯を巻き、そこから血をにじませながらも立ち止まろうとしないのだ。


「癒やし手が足りないのでしょうか?」


「数が減ったのか力尽きたのか。いずれにしても命に別状のない程度のケガならば、おそらく後回しにされたんだろうな」


「ここでマスターが一肌脱げば、伝説的魔術師マイン様の逸話に新たな一頁が加わったりするんじゃないでしょうか?」


 そう言われた黒ローブの男性ことマインは、心底嫌そうな表情を見せながら銀髪の女性へ言う。


「アイ、それならマスターとして命じてやるから、救助活動に加わってこい」


「私、主人と認めた方にしか奉仕しない類のメイドですので」


 アイと呼ばれた銀髪の女性は、感情の全く入っていない平坦な声でそう言いながらぷいと顔を背けた。

 何やら面倒そうなことを言ってはいるのだが、単に動くのが面倒くさいだけなのではないかなとマインは思う。

 救助活動というのは、先日領都トゥゼットを襲った災厄の被害から、生き残った人々を助けるための活動のことだ。

 領都トゥゼットにはすぐ近くに迷宮が存在し、この迷宮から何らかの理由で魔物が大量日吐き出され、周囲に大きな被害を与える大暴走という現象が起きたのである。

 これにより迷宮の近くにいた領民やその辺りで活動していた冒険者達に甚大な被害が発生。

 さらに大量の魔物達は領都の入り口を守っていた兵士達を殺害し、門を超えて領都の中にまで押し寄せたのだ。

 その結果、領民への被害はさらに拡大し、加えて魔物によるものなのか逃げ惑う人々が誤ってやってしまったのか、とにかく被害現場から出荷してしまい、火は瞬く間に燃え広がって被害範囲を拡大。

 一時期は領都を捨てて逃げ出さなければならないのではないか、というところまで話が広がってしまっていた。

 ただ幸運にも、迷宮から吐き出されてくるはずの魔物の勢いが途中から止まり、領都の兵士と冒険者達はかなりぎりぎりのラインで魔物達を迎撃しつつ、広がった火の手を消火するといった離れ業を演じ、領都はどうにか陥落の危機を脱したのである。

 さてこれが、人を楽しませるための娯楽小説の類であったのならば、めでたしめでたしの定型文で話は終わったのかもしれない。

 しかし、現実はそう優しいものではなかった。


「負傷者の手当に行方不明者の捜索。火事になった建物の撤去に焼け出された人々への救済か」


「魔物の死体を処理する必要がないということは、いくらか救いでしょうか」


「代わりに領民の遺体の始末が尋常じゃないだろ。この辺り、土葬だったか?」


「土葬じゃ公共墓地に骸の山ができてしまいますよ。こういう場合はよほどのことがない限りは全部火葬になるのが基本です」


 土葬か火葬かについては地域の風習などもあり、土地によってまちまちで世界的に統一はされていない。

 だがあまりにも数多くの死者が一ヶ所に生じてしまった場合、彼らの残した思いなどが集まって強力なアンデッドを生み出しかねないという理由と、ある程度手間も少なくなると言うやや冷たい理屈から、基本的には全て火葬にされるというのが暗黙の了解であった。

 例外は身分の高い者や、名の知れた名士などで、そういった者達は遺族の希望の通りに葬られることが多い。


「死んでも身分差で扱いが変わるというのは、なんとも言えないな」


「仕方がないかと。そういうルールなのですし」


 冷静に冷たい現実を述べるアイに、マインは天井を仰いで溜息を一つ。

 これはこれで暇が潰れるのかもしれないが、こういうトラブルに巻き込まれるという体験は御免被りたいものだと思うマインは、気配で対面に寝ていた赤毛の少女が目を覚ましたのに気が付いて、顔を元の位置へと戻す。


「あ、おはようマイン」


「おはようリドル。ただその挨拶をするには少しばかり時間が遅すぎるとは思うんだがな」


 マインにそう言われた赤毛の少女ことリドルは、長椅子の上で体を起こしながらへにゃりと力の入っていない笑顔を見せたのであった。

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