2-41
「酷いもんだ」
明けない夜はない、とは使い古された陳腐な言葉だが、夜が明けたからといってそこに幸せがあるというわけではない。
大暴走の一夜が明けて、憎たらしく思えるほどの晴天の下で太陽が照らし出した現実は、マインが思わず口にした一言に集約されていた。
大暴走によって迷宮から吐き出された魔物達は迷宮周辺のみならず、門を超えて領都の中へと入り込み、人も建物も関係なく見境なしに手当たり次第、全てを破壊しつくしてしまったのだ。
こういう場合、迷宮産の魔物は本当に手に負えない存在だなとマインはつくづく思う。
迷宮の外の魔物は生物であるので、その行動には大概意味がある。
たとえば、人や家畜、作物などを食べ荒らすのは当然魔物と言えども食べたり飲んだりしなければ死んでしまうからだ。
建物を壊すのは人や食料、財貨と言った物を見つけるためや、ただ楽しいからやっていたりするし、人をさらうのは娯楽や食料、もしくは繁殖のためである。
その他、敵対する存在を減らすためだとか、怒りに任せてだとか、色々な要素はあるものの、大体は何らかの理由が存在しているところから行動に繋がっていると言っていい。
しかし、迷宮産の魔物にはそれがないのだ。
一応は腹が減るのか、捕食行動をすることはあるのだが、元々は迷宮から生まれ、迷宮によって生かされている魔物であるので何かを食べる必要がない。
繁殖も迷宮によって生み出されて増えるので、子孫を作って繁栄しようという意思がなく、そもそも雌雄の別すら存在しているのか不明である。
では彼らは何の理由もなく、虚ろな精神でもってただ行動しているのかと言えば、それも実は違う。
迷宮産の魔物は人と戦うことで、魔力や生命力を迷宮内で発散させ、同時にできれば相手を殺すことで、迷宮のエサとすること。
これが行動原理なのだ。
これのせいで大暴走で迷宮の魔物が大量に発生すると、例外を除けば大体の場合はとても酷いことが起きる。
普通の魔物ならば暴れて食べて、疲れてしまうか満足してしまえば、それ以上は獲物がいたとしても行動を止めてしまう。
満腹になったというのに、腹が裂けるまで食べ続けようとする魔物はまずいない。
そんなことをしてしまえば、自分が死んでしまうからだ。
迷宮産の魔物にはそういったストッパーが存在していない。
食べる必要がないから満腹にはならず、楽しんだりすることもないのだから満足すると言うことがない。
だから延々と破壊活動や戦闘行動をし続けるのだ。
そして最後は力尽きるのだが、そうなるまでにどれだけの被害をバラまくのかを考えれば、その結果はやはり一言で酷いとしか形容できないものになる。
今回も本当ならば、迷宮産の魔物の恐ろしさというものを遺憾なく発揮し、領都は焼け野原になっていたとしてもおかしくはなかった。
だが実際は、マインも詳細に調べたわけではないのだが、領都全体の二割程度の面積が被害を受けた程度にとどまり、死者の数もマインが考えていたほどには出ていない。
それは何故なのか。
「一番あり得ない方法を、一番あり得ない人が実行に移そうとした」
そう呟いたマインは自分の背中にしがみつくようにして眠っているリドルの顔を肩越しにちらと見た。
大暴走を止める方法は少し前にいくつかマインが口にしていたのだが、その中で最もありえなく選択されることのない方法が、迷宮を破壊してしまうことだ。
魔石が採れるというだけで相当な利益を生む上に、地中深くまで階層を広げている迷宮を破壊してしまうということは、非常に困難な話である。
その困難なことを、相当の労力や高いコストを支払ってまで成し遂げてみたところで、後に残るのは迷宮と言う金の生る木を失ったという事実だけだ。
それ故に普通は迷宮を破壊するという方法は選択されることがない。
そのありえない方法を実行に移そうとしたのが、実はリドルだったのだ。
マイン達の一党の中で、戦闘能力と言う点においては最も弱いと評価を受けるだろう少女。
そのリドルが、おそらくではあるのだが、迷宮を破壊しようとしたのである。
これに関してはマインも驚いたとしか言うことができない。
どういう理屈なのかはまだ分からないのだが、おそらくはリドルの持つ無意識下に存在している何らかの術式が関係しているのだろうとマインは推測する。
その詳細不明の力を使って、迷宮が吐き出そうとしていた魔物を一掃し、剣を突き立てて迷宮を破壊しようとした試みは、何もなければそのまま成功していたのかもしれない。
しかし、実際は失敗している。
リドルの攻撃は迷宮を倒し切ることはできず、迷宮はおそらく生き物でいう所の重傷相当のダメージを負って、その機能を一時的に停止。
大暴走は終わりを告げたのである。
迷宮を破壊しきれなかった理由と思われる事項は二つ。
一つ目はリドルが自分の力の使い方をよく分かっていない未熟な存在であったということ。
もしリドルが今のままでも十全にその力の使い方を知っている状態であったのならば、最初の一撃で全てが終わっていたかもしれないとマインは見ている。
二つ目はマインが使った魔術だ。
防御目的で使った高位の魔術が一時的にリドルを世界から切り離したことにより、攻撃が封じられたのと同時にリドルが失神してしまったのである。
これらのことにより、迷宮は偶然ではあるがいい感じで力を失い、被害が推測されていたよりずっと小さく済んだというわけであった。
幸運だった、と片付けていい話ではない。
次はいつ、似たようなことが起きるか分かったものではないのだ。
今回はたまたまリドルの身には重大な何かが起きたりはしなかったのだが、次にまたリドルがこれだけの力を使った時に、今回のような幸運が再びもたらされるとは限らない。
致命的な何かが起きてからでは遅いのだとマインは考える。
「王都に行くの、急ぐか……そこで駄目なら……気は進まないが俺の拠点のどれかに行くしかないだろうなぁ」
できればあまり近寄りたくないマイン自身の拠点なのだが、リドルの身の安全を考えるとそうも言ってはいられない。
できれば王都の魔術師ギルド本部辺りでケリがついてくれればいいのだが、と祈るマインの背中でリドルは何も知らないような安らかな寝顔ですやすやと眠り続けるのであった。
現在、毎日更新継続中。
ブクマ、評価、感想、いいねなどお待ちしております。
あと誤字指摘も随時募集中です。
シナリオ2はここで終了です。




