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リドルが見せた変化に対し、マインとアイとでは全く違った反応を見せる。
興味深そうにリドルへと近づいていったのがマインで、リドルから距離を取ろうとしたのがアイであった。
得体の知れない何かに対して、分からないながらに何らかの対処をして、マインを守らなければならないと考える立場にあったのがアイで、そういうしがらみを考えずにただ自分の好奇心を満足させたいと考えてしまうのがマインだったというだけのことなのだが、無警戒にリドルへと近づこうとするマインの手を、アイが慌てて握って引き止める。
「マスター! 何をやっているんですかっ!」
「何って……観察」
「この状況下で好奇心を優先させるの止めて頂けませんか!?」
できるだけ近くで観察しようとするマインを必死に引き止めながら、アイはリドルの様子を見る。
変化が起きるまでは、どこにでもいそうな赤毛の村娘としか言えないような気配だったものが、瞳を金色に染めて異様な気配を放っているのだ。
余程の物好きかバカでない限り、そんな状態のリドルに近づこうなどとは考えたりしないはずなのだが、好奇心を刺激された時のマインはアイの見立てだと、残念ながらその物好きかバカの類に入ってしまう。
一応マイン自身は伝説的とまで言われている魔術師であるので、大概のことでは危機的状況になることはない。
しかしそれに付き合わされる方はたまったものではなく、さらにアイの立場から言えば付き合わないと言った選択肢が存在していないのだ。
「きっと危ない何かなのですから離れてください、マスターっ!」
「少しばかり危険なくらいが何だと言う? リドルの近くにいて十六年、こんな現象が起きたのは初めてなんだぞ?」
「そんなの私、知りませんよっ!」
「付き合えとは言わないが邪魔をするな。何か見逃したらどうしてくれる」
「どうもしませんっ! って意外に力が強いっ!?」
やたらと長い年月を生きて来たマインは魔術師としては珍しく、体の方もそれなりに鍛えてきている。
アイが引っ張ってその場を離れようとしても、そう簡単に動かすことができない。
なんとかせねばとアイがマインと引っ張り合いを行っている間に、先程出て来たばかりの迷宮の出入り口に何か魔物の気配が集まり始める。
「やばいです! 魔物の吐き出しが来ますっ!」
切羽詰まったアイの声を聴きながら、マインは小さく舌打ちしつつアイを自分の背中にかばう。
同時にリドルが、手にした剣を高々と掲げながら、周囲に響き渡る声で叫ぶ。
「これ以上、出てくるなーっ!!」
言葉と同時に光が走った。
本来ならばそれは空を走り、時たま黒雲の下に大地へと走ることもある。
それはつまり一般的に、雷と呼ばれる光が走ったのだ。
その余波のように小さく細い雷が周囲を走り回り、マインは慌ててこれを魔術で防ごうとする。
しかし、直撃ではなくただの余波だというのに、マインが防御のために行使し、幾重にも張り巡らせた防御の魔術はまるで薄衣を引き裂くかのように次々と簡単に、あっさりと破られてしまいマインを驚かせた。
しかしその驚きは、もっと強い驚きによって塗り潰される。
大地の上を走った雷。
余波だけで低位の防御魔術を貫いてしまう程の威力をもったそれは、ただ剣を構えて突進したリドルの一撃によるものだったのだ。
ただ剣を両手で持って切っ先を前へと突き出し、突進しただけの一撃は迷宮の中から外へと出ようとしていた何かに突き刺さり、そこで雷が弾けた。
耳をつんざく轟音と衝撃。
マインが背中にかばっていたアイが、思わず小さな悲鳴を上げてしまった程のそれが一瞬の後に消え去った後。
リドルの周囲に残っていたのは焼け焦げた地面と炭にされてしまって元々がなんだったのか判別のつかない状態にされてしまった塊がいくつかだけであった。
その炭の塊は、すぐに風に散らされて細かな粒と消えて、地面にぽとりと魔石が落ちる。
「何が起きているんですか、これ?」
マインの背後から茫然としたアイの声が聞こえてきたが、マインはこれにすぐに答えることができなかった。
これまでの生の中で、これと似たような何かを見たような覚えがありはするのだが、それがなんだったのかをはっきりと思い出せない。
ただ絶対に何かろくでもないことだったはずだと、自分の記憶を探るマインの目の前で、リドルはおもむろに剣を逆手に握りなおすと、気合の声を上げながらその切っ先を地面へと突き刺した。
「マスター、あれは?」
「まさかとは思うんだが……」
アイはリドルが何をしようとしているのか全く分からず、マインはなんとなく察しはしたものの、まさかリドルがそれを実行できるとは思えず。
二人の視線が注がれる中、地面に突き刺した剣の柄を握るリドルが叫んだ。
「消えて……なくなれーっ!!」
本来ならば天から地へと落ちるもの。
目を焼きかねない光と、周囲に鳴り響く爆音とがリドルを中心にして発生した。
あまりのできごとにアイは口を半開きにしたまま硬直してしまったのだが、マインの方はそうはいかない。
何せ多少離れているとはいえ、大気や大地を揺らし、耳がおかしくなるのではないかと心配になる程の轟音を発する雷が、リドルの体から生じて剣を通じ、大地へと流れ込んでいるのだ。
何もしなければ死んでしまいかねない。
低位の魔術など何枚重ねてみたところで、薄氷を踏み抜くように破られてしまう。
ならばとマインが使ったのは第八位階魔術。
人が到達できると言われている限界は第七位階と言われ、それ以上の位階の魔術はただ人ならぬ身の何かが使ったことがあると記録に残るのみ。
その第八位階の魔術を行使により、リドルの周囲を多角形の黒い平面によって構成された歪な半球体。
それがリドルの姿を覆い隠した途端、周囲を圧倒していた光も音も完全に遮断され、マインはほっと息を吐く。
「マスター、今のは?」
「<ディメンション・ラプチャー>。所謂次元断裂の魔術だ。使い勝手は悪いんだが、防御力は見ての通りだ」
「次元断裂って……大丈夫なんですかそれ?」
「時間経過で自己修復が働いて断裂部分が消えるから問題ない」
逆に言うと時間経過以外では解除できないのだ、という言葉を口には出さず、マインは歪で黒い半球体を眺めたのであった。
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