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マインが危惧していたこと。
それは領都が果たして、組織だった迎撃を行えているのだろうか、ということであった。
何せマイン達が迷宮へ入るまでは、犠牲者は出ておらずただ迷宮内に未帰還者が発生したというだけの状態だったのである。
それが調査隊を派遣して、いくらも経たない内に迷宮が大暴走状態に突入してしまったのだ。
全く備えていないと言うことはさすがに、迷宮がすぐそこにある都市としては、ないのだろうとは思ってはみても、万全な備えをしていたかと考えるとやや考えにくい。
半ば奇襲のような形で攻撃されれば、いかに領都の兵士や冒険者達といえども脆く崩される恐れがあった。
ただそれも、迷宮の外へと出て見ないことには分からない。
案外何ともなっていないかもしれないと楽観的な考えが生じ始めたところで、先頭を走るアイが言った。
「お二人共。迷宮を抜けます!」
「リドル、抜剣! 構えろ!」
「わ、分かった!」
外の状況が分からない状態で、迷宮から出たばかりのところを何かに狙い撃ちされてはひとたまりもない。
だからマインはリドルに声をかけ、武器を抜かせることで警戒をさせると、自分はいつでも魔術を行使できるように、いくつかの魔術を意識下で準備。
先陣を切るアイに続いてマインは迷宮の外へと飛び出した。
まず、マインの目に飛び込んできたのは赤い空。
日帰りとは言え一日かけての迷宮行の予定であったので、時刻的には日が暮れて夕焼けが見えてもおかしなことはない。
しかし、空を赤く染め上げているのは夕日だけではなかった。
「マイン! 領都に火の手がっ!」
リドルに言われるまでもなく、領都トゥゼットは燃えていた。
火の手が領都のどの辺りまで広がっているのかはマインにも分からない。
ただ、間違いなく領都の防壁を出て迷宮に至るまでの道と、防壁の内側にある建物は、激しく燃え上がることで空を赤く色づけ、黒煙を立ち上らせている。
「間に合わなかったようですね」
アイが言う通り、マイン達が調査の情報を持ち帰るより先に、大暴走が発生してしまったらしい。
そして領都側も冒険者達も、思ってたよりも全く大暴走に対する備えというものをしていなかったようだ。
迷宮の入り口に詰めていた兵士達は真っ先にあふれ出た魔物達に殺されてしまったらしく、見るも無残な死体となって血泥の中に沈んでいた。
周囲にいた冒険者達は抵抗するか逃亡するのかの二択を迫られたのであろうが、かなりの数が領都の兵士と同じ末路をたどっている。
そして迷宮の近くには領都に入るための門があったのだが、そこにも領都の兵士とどこかで見覚えがあるような女性役人が死体となって転がっていた。
そして類類と重なる領都入りを待っていたと思われる者達の屍。
酷いとしか言いようのない光景がそこにはあった。
風に乗って漂う臭気が、色々なものから焼けた結果生じたもので、その中には当たり前のように殺された人々の死体が含まれる。
それに気付いた瞬間、リドルは激しい吐き気を覚えて口元を左手で押えた。
相当酷くえづいても、剣を持つ手は離さないのだなと感心しつつ、マインはリドルの体を引き寄せると、落ち着くようにとその背中にそっと手を当てる。
「<サニティ>」
第三位階精神系魔術。
対象者の精神状態を鎮静化させる魔術をマインはこっそりと実行。
リドルが吐き気をこらえるために荒くついていた息が、少しずつではあるものの収まっていくのをマインは待つ。
その間にアイが目を伏せ、耳を澄まして何かを探るように頭を巡らせる。
「大丈夫かリドル?」
「う……うん、なんとか。大丈夫。マインは……平気そうなんだね」
自分と同じ空気を吸っているというのに、全く動じた様子のないマインをリドルは涙目になりつつ見上げる。
その視線を受けてマインは、一瞬困ったように目を泳がせたのだが、咳払いを一つすると浅く頷いた。
「まぁ俺の方が年上だしな」
「五歳しか違わないのに」
「その五歳分の差で、多少はこういう状況も経験してきたということだ」
実際は数百年に及ぶ経験の差だ。
マイン程長く生きていれば、人の焼ける光景など何度も目にしてきているし、それ以上もっと酷いことも何度も経験してきており、今更この程度のことでは吐き気を催すようなことなどないというだけのことである。
そういう点から考えると、目の前の酷い光景を見て素直に吐き気を催すことができるリドルのことが、少しだけ羨ましく思えるマインであった。
「マスター」
自分はまだ、精神も人でいられているのだろうか。
大量に人が死んでいる光景を目にしても、心にさざ波の一つも立たないでいる自分に対してそんな思いを抱くマインを、アイの声が呼び戻す。
「戦闘音が聞こえます。おそらく魔物達は領都に入ったものと」
外にいた者達を殺しつくし、魔物達は新たな獲物を求めて領都の門を超えたらしい。
奇襲であることに加えて、混乱する領都の民が多数いる中で領都側の戦力がどこまでこれを迎撃し、押し戻すことができるのか。
時刻は夕方から夜へと移り変わる頃で、魔物に有利で人に不利な時間帯が来る。
もしかしたら領都トゥゼットは今夜で落ちるかもしれない。
迷宮はまだまだ魔物を吐き出すはずで、領都側に援軍のアテがあるとは思えなかった。
逃げるべきだろうかとマインは冷めた頭で考える。
ここから大暴走を止めたとしても、領都はもう駄目かもしれない。
無駄骨を折るよりは、あっさりと諦める方が労力も少なくて済むのではないか、とマインが考えたところで、背中をさすってやっていたリドルが小さく呟く。
「なんとかしなきゃ……みんな死んじゃう」
それは確かだ。
マイン達はともかく、領都では大勢死ぬ。
生き残りがいたとしても領都が落ちれば、焼け出された人々に救いの手など差し伸べられず、大勢が野垂れ死ぬことだろう。
「そんなの……絶対に駄目だ」
駄目だと言っても個人のできることなどたかが知れている。
志は立派でも人にはできることとできないことがあるのだと、口にしようとしたマインはふと、燃える領都を見つめるリドルの瞳がいつもの赤色からゆっくりと金色に変わっていくのに気が付いたのであった。
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