2-37
走り続けることしばし。
途中何度か先頭を行くアイが、その手からナイフを飛ばし、爆風と悲鳴を生じさせながら近づこうとしていた魔物達を吹き飛ばしていく。
「魔石がもったいない」
「回収してたら命がもたないぞ」
残念そうにするリドルなのだが、マインが言うまでもなく回収している時間がないことは理解しているようで、足を止めることなくアイの先導に従っている。
迷宮の異常さは、マイン達が地上へと近づくにつれて目に見えて顕著になり始めていた。
まず、あからさまに出て来る魔物の数が増える。
普段であれば数匹から、多くても二桁に届かない程度しか出てこないはずの魔物が、二桁どころか数えるのも面倒になるくらいの数、出現していた。
一匹から数匹くらいであれば、一党にとってはどうということのない程度の魔物であっても、数を頼りに押しつぶしにくればいかに一党を組んだ冒険者と言えども抗しきれずに飲まれてしまう。
マイン達が十五層まで下りた時の往路では、他の一党に出会うということはなかったのだが、階層のどこかにはいたらしく復路では逃げ惑う声や怒号、助けを求める悲鳴などが遠くや近くから聞こえてきている。
「意外と人がいたのですね」
「アイ、感心している場合じゃない」
「マイン! 助けに……」
「リドル、それは無理だ」
リドルの気持ちが分からないマインではない。
もっとも賛同できるのかと問われれば、笑ってごまかすくらいのことしかできない気がするマインである。
余裕があるのであれば、賛成できずともリドルの希望をかなえてやってもよかったのだが、加減も遠慮もなしに魔術を行使してもいいというならばともかく、一般的な魔術師として動く前提では、自分達の身の安全を守れるのかすら怪しい。
とてもではないが、他人の面倒まで見てはいられなかった。
「マスター、魔物の分布がおかしなことになりつつあるようです」
先頭を走っていたアイがマインに行った報告こそが、二つ目の異常として現れているものであった。
迷宮はその難易度にもよるが、基本的に浅い階層には弱くて対処が簡単な魔物が発生し、階層が深くなるにつれて対処が難しく強力な魔物がでてくるようになっている。
つまり普通なら、地上を目指して走っているマイン達は、出口に近づくにつれて段々と弱い魔物を相手にするようになるので、楽になるはずだったのだ。
しかし実際は、階層をどれだけ上がってみたところで移動が楽になる気配が全くない。
「マイン、あれは何?」
リドルが走りながら指さした方向を見れば、灰色の甲羅に全身を包んだ迷宮の天井に届きそうなくらいの大きさの何かが、口と思われる場所を床に押し付けて、何かを夢中でむさぼる姿があった。
「アーマードボアだな。低級の魔術や武器ではあの甲羅を貫けず、突進をまともに受ければ人の体など一撃でぺちゃんこになる」
「どうやって倒すのそれ……」
「色々と方法はあるが、いずれにしても低層に出てくるような魔物じゃない」
マイン達にとっては幸いなことに、その魔物はマイン達から結構距離が離れていたのと、何かをむさぼるのに夢中だったせいで、マイン達に気付くことはなかった。
これを幸いにマイン達は足早にその場を離れる。
「アイ、地上までは?」
「残り僅かなはずですが……地上へ出たらどちらへ?」
アイに指示を求められて、マインは考える。
問題は迷宮内の異変が、迷宮の外へどのくらいの被害を与えているのかということであった。
普通に迷宮を出て、外に何の損害もなかったのならば当初の予定通りに冒険者ギルドに迷宮の異常を伝えればいい。
問題はそうではなかった場合。
つまり迷宮の外にまで何かしらの影響が出ていた場合なのだが、その場合はマインも程度によるとしか現状では答えられない。
最悪を考えれば、大暴走の発生によって領都トゥゼットが壊滅してしまっている可能性だってあるのだ。
「できれば一度、領都を離れたいところだが」
完全に無傷である場合を除き、領都には大なり小なり混乱が発生するはずで、一時的にとは言え治安が悪化し、よからぬ輩が領都に入り込んだりしかねない状態になる。
マインとしてはそんな場所にリドルやアイを近づけたくはなかったのだが、これにアイが異論を唱えた。
「マイン、私はこの事態の収拾に協力したい」
「それはまたなんで?」
「異変の解決に協力するっていうのは、物語の王道だよ」
そう言えばそうだったなとマインは天を仰ぐが、見えるのは迷宮の天井だけだ。
気疲れするったらありゃしないと心の中で毒ずくものの、ある程度は推測できる話の流れであり、避けては通れぬ話でもあった。
リドルという少女は、とある農民の少年が村を出て冒険者となり、様々な出来事を経て実力をつけ、やがて王となり建国するという成り上がりの娯楽小説に感化され、自分も英雄になりたいと村を出たのだ。
そんな少女が迷宮の大暴走という異常事態を目の当たりにして、果たしてこれを見過ごして大人しく逃げ出すことに同意するだろうかと考えれば、答えは否しかありえない。
「駄目かな?」
マインの様子を伺うように、やや弱い口調でリドルが尋ねる。
普通に考えればここは駄目だと答えてさっさと逃げ出すのがベストなのだろうなとマインは思う。
ただマインがリドルに付き合って村を出て、冒険者の一党に加わっているのは、娯楽小説云々の事情を知った上で、何となく暇潰しになればと考えての行動なのだ。
動機がそれだというのに、常識的な選択ばかりしていたのでは面白みに欠ける。
高い確率で命を失うような事態ならば逃げの一手でもいいのだろうが、そうではないならばこの一党のリーダーはリドルであり、その意思を尊重してもいいだろうとマインは考えた。
「いいか悪いかはリドルが決めていい」
「私が?」
「一党のリーダーなのだから、決定権はまずリドルにある。まぁ助言を求めるというのならば俺はどっちでもいい」
この件にさらに首を突っ込みたいのであれば、それを指示するということを暗に伝えたマインに、リドルは走りながら難しい顔で考え込むという器用な真似をし始めるのであった。
現在、毎日更新継続中。
ブクマ、評価、感想、いいねなどお待ちしております。
あと誤字指摘も随時募集中です。




