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「マイン、大丈夫?」
心配そうなリドルの声に、マインは我に返って周囲の状況を確認する。
相変わらず先頭を走るアイは迷うことなく迷宮内を先導し、リドルがその後ろに続くという形は変更されていなかったが、最後尾を走るマイン自身が物思いに気を取られ過ぎたのか、走る速度が遅れてリドル達と少し距離が飛来てしまっていた。
それに気付いたリドルが、魔術師であるマインが体力的に、走り続けていることに苦痛を感じ始めたのではないかと考えたらしい。
「走るのがキツいなら手を貸すよ」
そう言いながら走る速度を少し落とし、手を差し伸べてくるリドルに、流石に手を引いてくれと頼む気にはならず、マインは首を横に振る。
「大丈夫だ。問題ない」
「問題ある人はみんなそういうんだよ」
言い返されてマインはリドルが差し伸べてきている手を見る。
どうも自分は本気で心配されているらしいということは理解できた。
それ自体は嬉しいことではあるのだが、大丈夫だと言っているのにそんなはずはないと否定されてしまうと、マインとしては手詰まりになる。
「ほらマイン、手!」
リドルに催促されるがままに左手を出せば、リドルの右手がそれをつかみ、ぐいぐいと引っ張るようにして走る速度を上げていく。
自分のペースで走れないということは体力を余計に消費しかねず、マインとしてはあまり歓迎できない自体なのだが、手を引いてもらっている分は楽に走れる。
差し引きするとゼロになるのではと思ってしまうマインなのだが、体力的には修正なしという状態だとしても、年下の女性に手を引かれながら走っているという状態は気恥ずかしさから精神的には若干マイナス方向に揺れてしまう。
「孫に手を引かれるおじいちゃん」
肩越しに後方を確認したアイが、ぼそっと呟いた一言に、マインは頬に血の気が昇るのを感じていた。
思わず声を荒げてしまいそうになったマインなのだが、そのマインが何かを言う前にリドルがアイへと言う。
「せめて恋人同士の逃避行とかにならない? そんなに歳の差ないはずなんだけど」
このリドルの一言にはマインもアイも面食らってしまい、何も言えなくなってしまう。
実年齢を考えるのであれば、アイの形容した言葉の方が正しくはあるのだが、表面上の情報からならマインとリドルの年の差は五歳分しかない。
これはどう対応したものかと迷うマインにアイはにやにやと笑いつつ、走る速度はそのままに器用に上半身だけを捻ってマイン達の方を向くと、にやにや笑いはそのままに口元を手で隠しつつ言った。
「では言い直しまして。手に手を取手二人だけの世界へ赴かんとする……」
「アイ、俺をからかってる余裕があるのか?」
嗜める程度のことで済ませるつもりが、自分で思っていたよりもずっと不機嫌で固い声が出たことで、マインは自分のことでありながらも驚いたのだが、そんな声をかけられたアイの方は驚く程度のことでは済まなかった。
さっと顔色を青くしたかと思うと、とんでもない跳躍力で前方へと大きく飛び、マイン達と距離を取ったところで両ひざを床につき、手を胸の前で組、頭を垂れて声を震わせたのだ。
「言葉が過ぎました。何卒お許しを」
「えぇ!?」
アイのその姿は断罪を待つ罪人のようであり、いつものアイからは想像のできない姿であった。
そのあまりの落差に驚いて、足を止めかけたリドルは足を止めなかったマインに追い抜かされ、今度はマインに手を引かれて走る形になる。
同時にマインは空いている右腕で、跪いているアイに正面からつかみかかり、腕を腰に回してひょいと脇に抱えてしまう。
「マスター!?」
「お前はアホか! 少し怒ったくらいで恐縮し過ぎだ。これじゃろくに怒れやしない」
「で、ですがっ!」
「ですがもよすがもない! というか自分の足で走れ! 魔術師に人を抱えて運ばせるとか無茶が過ぎるだろ!」
先程までリドルに手を引かれて走っていたマインが今度はリドルの手を引き、アイを抱えて走っているのだ。
その負担の増大は相当なもののはずである。
さらにマインは色々なものを誤魔化すために、必要以上に声を張ってしまっていた。
大きな声を出せば、当然広い範囲にその声が届き、迷宮内においては多くの魔物の注意を引きつけてしまう。
通路の先や曲がり角の陰。
人型であったり四つ足であったり。
迷宮が生み出した様々な魔物が、走るマイン達の気が付いてあちこちからぞろぞろと姿を現し始めた。
「マスター! 私、自分で走りますからっ!」
「マイン、私は大丈夫だから」
姿を見せ始めた魔物の数は、マインが少しばかり焦るくらいの数で、それに気付いたアイが抱えられた状態から手足をバタつかせ始め、リドルは自分の手を握っているマインの手の甲を、空いている方の手で軽く叩いた。
いくらマインが常識外れの魔術師で、長く生きて来た年月をそれなりに生かして体を鍛えて来ていたとしても、人一人を抱えてさらにもう一人の手を引いて、余裕でいられる程の物理的力はない。
だからマインはすぐにアイを床に下ろし、リドルの手を離す。
抱えられていた状態から床に足をつけたアイは即座にナイフを投げ、風を切って飛んだナイフはマイン達を獲物と見定めて近づいて来ようとしていた魔物の一団へと飛び込むと、魔物の体に突き刺さると同時に爆発を起こして魔物達を飛び散らせた。
「お見苦しいところをお見せしました。マスター」
「別にいい。俺もちょっと言い過ぎたかもしれない」
「マイン、今倒した魔物の魔石。拾ってきてもいい?」
「諦めろ。もう次が来てる」
アイのナイフで倒された魔物達が残した魔石。
それを踏みつけるようにしてもう次の魔物の一団が、マイン達に狙いをつけつつあった。
明らかに、魔物の数が増え始めている状態に、マインは床にチラがっている魔石に未練を見せるリドルを急き立てて、先導役のアイを促すと迷宮から脱出するべく足を速めたのであった。
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