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「マスター? 何ですかそのやっちまったなぁみたいなお顔は?」
「どんな顔だそれは。いいから走れ。考察もいいがまずは迷宮を脱出しないと俺達も飲まれるぞ」
先頭を走るアイに先導に集中するように指示を出したマインなのだが、その心中はまさにやってしまったという感じであり、それを表情や声に出さないように取り繕っている真っ最中であった。
迷宮に大暴走が起きようとしている最中、その発生条件を聞けば誰もが抱くであろう疑問。
すなわち、今回は何故迷宮が大暴走するに至ったのか。
「もしかして……俺か?」
月の満ち欠けや星の位置について、頭の中で何度か計算してみるが平穏な日常を脅かすような何かを発見することはできなかった。
ドラゴンか、それに匹敵するような何かが領都トゥゼットの近くを通ったりしたかという点においては、マインはそのような情報を耳にしていない。
迷宮が吸収する力の総量についても、領都の人口が急に増えたり、迷宮へ足を踏み入れる冒険者の数がやたらと増えたり、ランクの高い冒険者が突然領都に流れてきたりすると言った話を、マインは全く聞いていなかった。
リドルに話した大暴走の実証。
それは当時、とある国が治安維持のためというお題目を掲げて罪人という罪人をまとめて残らず、迷宮へと放り込むといったとんでもないことを行ったのである。
大暴走を人為的に引き起こすのが目的ではなく、元々は迷宮に大量の力を送ることによって、魔石の産出量を増やせないかという実験だったのだが、結果は失敗。
発生した大暴走によって国は滅亡したのだが、あふれだした魔物は国が滅亡したからといって消えてくれるわけもなく、その駆除作業にかなりの労力を割かなければならなかったという嫌な記憶がマインにはある。
それはともかく、そんな出来事があってからというもの、迷宮を有する国々は先人の過ちを繰り返すまいとそれとなくこっそりとなのだが、迷宮周辺や迷宮に入る冒険者の数を調整しており、人数過多による大暴走の発生を抑えているのだ。
つまり、強大な存在による世界の不安定化も、迷宮への力の過剰供与も、いずれも表面上は行われていない。
あくまでも表面上は。
ではここに、国や冒険者ギルドが把握していない、人の身でありながら様々な魔術や技術を駆使することで齢数百年だか千年だかを達成してしまっているなんだかよく分からない伝説的な魔術師が、何の対策も講じないまま無警戒に迷宮へと足を踏み入れてしまったら何が起きてしまうと言うのか。
「この迷宮の予想許容量は……」
移動を続けながらマインは冒険者ギルドで調べた迷宮の地図と五十層という階層から急いで迷宮が持っていると思われる許容量の計算を開始する。
この辺りは迷宮についての学問である迷宮学という分野においてまだ研究途中の話であり、詳細な数値が出せるというわけではないのだが、目安として使う分にはそれで特に問題はない。
きちんと対策を行ってから迷宮に近づくべきだったと後悔するマインなのだが、二十年というブランクはマイン自身が思っているよりずっと強く、マインの思考を鈍らせてしまっていたようだ。
とりあえず、世界の不安定化という点においてはかなりしっかりとボーダーラインを飛び越えてしまっている感じがあり、これだけでも大暴走の危険性はかなり増えるのだが、さらに厄介なことに伝説的な魔術師とは内包している魔力が多く、当然外へと発散している力の総量も一般人とは比較にならないくらいに大量である。
「マイン、大丈夫? なんだか顔色がよくない」
いつの間にやら並走していたリドルが心配そうにそう尋ねて来たのに対して、大丈夫だからと手を振りつつ、自分が無自覚に垂れ流し、迷宮に吸収させてしまった力の総量をマインは大至急計算する。
その結果。
「足りない?」
迷宮に就いて、全ての階層が明らかになっているというわけではないので、分かっている範囲を最低限と仮定し、そこから割り出した許容量や常日頃迷宮に出入りしている冒険者の分や魔物や宝物を生み出すために使われる分。
それと迷宮自体が存在し続けるために必要な力などを計算した結果は、とても正しい数値とは言えない適当なものだ。
しかしそこにマインが無意識に発散したり、魔力を使ったりした分を加味してみた結果、かなり悲観的な計算をしてみても、マイン一人分の力では迷宮の許容量をあふれさせるには足りなそうだという結果が出たのである。
もちろん、マインが無制限に遠慮なく力を放出していたのであれば、迷宮に力があふれかえってしまっていただろうことは確実なのだが、今のマインは一般人を装っており、特に制限していなかったとは言え、その放出する力はまだ常識的な範囲内に収まっていたのだ。
もちろんこの計算結果は、マイン達の存在が迷宮が大暴走を引き起こす決定的なきっかけになったわけではないということを表しているだけで、大暴走に一因になっているということは間違いないのだが、それでもマインは幾分安堵する。
引き起こしかねない要因の一つだったというのと、確実に引き起こすきっかけになった、というのとでは何となく、責任の重さが違うように感じられたのだ。
しかし、とマインは多少楽になった頭で改めて考える。
確率的に引き起こしかねないものが起きたのであれば、それは運が悪かったのだという一言で済ませてしまえるだろう。
だがもし、今起きていることが確率的ではなく、確定的な出来事だとしたらどうなのか。
ふと頭をよぎったその考えは、マインに一つの出来事を思い起こさせた。
それは最近になるまでほとんど魔物の被害など受けることがなかったというのに、突然魔物に襲われ、地図上から消えた農村のこと。
「迷宮の外の魔物と内の魔物は別物だ。しかし……どちらもおかしなことになっている。この二つに共通して影響を及ぼしうる存在とは……」
迷宮の外であろうと内であろうと、共通することはいずれも魔物であるということに変わりがない。
そしてその魔物に大きな影響を与えることができる存在と言えば。
「魔王……? いやまさかそんな……」
思いついてしまった考えを強く否定するかのように、マインは強く頭を振るのであった。
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