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 階層と階層とを繋ぐ階段は、少々急な角度ではあるもののそれ程長いものではなく、マインは一気に十四層まで駆け戻る。


「リドル、アイ。無事か!」


「マイン? どうしたの?」


「むしろまず、マスターが無事なのかを確認したいところなのですが」


 先に戻らせていたリドルとアイは階段の入り口のすぐ近くで待機していたのだが、結構な勢いでマインが戻って来たのを見てそれぞれが違った反応を示す。

 いずれにしても二人共問題なく、無事のようであることを見て取ると、マインは小さく安堵の息を吐いてからすぐに表情を引き締めなおした。


「二人共、急いで迷宮を出るぞ」


「え? 下で何かあったの?」


 マインの言葉に階段を覗き込もうとしたリドルだったが、慌ててその手を握ったマインに引き止められた。


「マイン、どうしたの本当に?」


「危険だ。階段は一応安全地帯だとされているが、いつその前提が破られてもおかしくない状態にある」


「それって……」


「この迷宮は大暴走しかかっているか、あるいはもうすでに大暴走に突入してしまっている」


「それって一大事だよね?」


 マインの言葉を即座に理解し、確認するように問い返してきたリドルにマインは重々しく頷く。

 マインが肯定の仕草をしたのを見て、リドルは全身を硬直させた。

 本当に、マインが言うとおりに迷宮が大暴走を起こしているのだとすれば、マイン達は今、迷宮一つを埋め尽くす程の魔物の群れの真っただ中にいると言えるのだ。


「なんで!?」


「とりあえずは移動だ。本格的に魔物に取り囲まれたら逃げるに逃げれなくなる」


 一匹だけならば大したことのない魔物も、複数で取り囲みにくれば危険度は跳ね上がる。

 さらに群がられでもしようものならば、相当な実力者であったとしてもいずれは力尽きて命を落としかねない。

 そうならないためには、とにかく囲まれないように立ち回り、できれば距離を取りたいところである。

 だが、マイン達は迷宮の中にいるわけで距離を取るというのは無理であり、ならば囲まれないようにしつつ迷宮を出ることこそがこの場における最優先事項であった。


「急ごう。下の層がいつあふれてもおかしくはないし、この層だっていつまであふれずにいられるか分かったものじゃないからな」


 一つの層に魔物が収まりきれなくなれば、階段部分には進入してこないというルールが破られ、魔物は層を越えて移動するようになる。

 そこまで行く前にでも、マイン達のいる層での魔物の生まれる数が、いつおかしなことになったとしても不思議ではないのだ。

 マインに促される形で、リドルとアイが移動を開始し、殿をマインが務める。

 先導は経路をしっかりと覚えているアイが行い、リドルはただ必死に走ってそれについて行くだけだ。


「大暴走ってそんなに簡単に起きるものなの!?」


「条件さえ整えばな。意外と簡単に起きるのは確かなんだが」


 マインはリドルのすぐ後ろを走っている。

 魔術付与品であるリドルの装備には移動を助ける効果を持つ物もあり、それを身に着けている以上は大丈夫だろうとは思われたが、もしもの時にはすぐにフォローに入るつもりのマインであった。


「条件って何!?」


「まず世界が不安定であること」


 マインが挙げた条件に、リドルは足を止めずに必死に走りつつも目をぱちくりとさせる。

 器用だなと思いながらもマインは補足の説明を始めた。


「漠然と言いすぎたか。そんな難しい話じゃない。たとえば満月の夜は魔物達が活発化するし、新月の夜には亡霊が騒ぐ。ドラゴンが空を飛ぶだけで大気は乱れ、魔力は渦を巻き、世界は乱れて不安定となる」


「なるほど?」


 口では納得したような相槌を打つリドルなのだが、その表情に理解の色は浮かんでいない。

 そんな難しい話だろうかと思うマインなのだが、今はリドルの理解が追いついてくるのを待つだけの余裕がなかった。


「二つ目の条件は、迷宮が食い過ぎた場合だな」


「食べ過ぎ?」


 自分達のいる場所と、食べ過ぎという言葉とが上手く繋がらずにリドルは首を傾げる。


「迷宮は侵入者から生命力やら魔力やらを吸収して活動を維持しているわけなんだが、その吸収能力、実は調整が効かないんだ」


 迷宮は口を開けっぱなしにしている状態なのだとマインは説明する。

 これが例えば人ならば、口の中に食べ物が入って来たとしてもそれを食べる気がないのであれば吐き出して、口を閉じてしまえばいい。

 しかし迷宮はそれができないのだ。

 つまり、迷宮内に流し込まれた力は全て、迷宮が吸収してしまうのである。

 通常これが問題になることはない。

 迷宮の持つ許容量というものはかなり大きく、またその力は常に魔物を生み出したりするために使われているので、あふれ出すということがまずないからだ。

 だが、本当に時たまに何かしらの理由で迷宮が、この許容量を超えた力というものを食べてしまうことがある。

 これが大暴走にきっかけになるのだ。


「これは実証済みの話でな」


「実証って……」


「どこぞの国が昔、自分の国にある迷宮に大量のエサを放り込んだことがあってな」


 その時のことを思い出して、マインは盛大に顔を顰める。

 その行為が導き出す結果についてはまぁまぁ興味を惹かれるマインではあったものの、実際に行われたことがあまりにも酷かったために、マインはその行為には参加していない。

 一方リドルはちらりと振り返った時に目にしたマインの表情から、絶対にろくでもないことをどこかの誰かがやったのだろうと考えて、深くは突っ込まないでおくことにする。

 ただ、一つだけ気になった事を尋ねた。


「それやった人達はどうなったの?」


「自分らが行ったことに対するツケを自ら支払うことになった」


 迷惑な話だとマインは嘆息を漏らす。

 その言葉に、妙に実感がこもっているように感じたリドルなのだが、昔のこととマインが言うくらいなのだから二十歳そこそこのマインに実感などあるわけがなく、気のせいだろうと判断する。


「他にも細かい条件なんかはあるんだが、大きなところではこの二つの条件のどちらかかいずれもを満たすと、大暴走が発生しやすいな」


「じゃあ今回は?」


 マインの話を聞けば当然生じるであろう疑問。

 それを口にしたリドルに対し、マインは走りながら頭の中で考えをまとめていたのだが、やがて何か拙いことに気が付いたかのように自分の掌で口を押えたのであった。

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