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ある程度、リドル達が自分と距離を取ったのを見てからマインは十五層へと続いている階段へと足を踏み入れる。
不思議ではあるのだが、階層と階層とを繋いでいるこの階段部分には迷宮の魔物が足を踏み入れてくることがない。
一種の安全地帯として機能しているこの階段なのだが、一つだけ落とし穴がある。
それは、魔物は確かに階段へとは入ってこないのだが、魔物が入ってこないことと攻撃をされないということとはイコールではない、ということだ。
時たま、これを勘違いして階段部分で命を落とす冒険者というものが発生してしまうのだが、つまりは飛び道具や魔術を扱う魔物がいた場合は安全地帯扱いされている階段の途中でも、攻撃を受けることがあるのである。
もちろんそのことはマインの頭にもしっかりと入っていた。
なので、下へと続く階段を下りている間も警戒を怠ることはない。
「アイ、リドルを連れて上へ上がれ」
ただ、それに気が付いたのは警戒とは全く無縁のことであった。
マインの指示を受けてリドルが何か聞き返そうとし、アイはすぐさまリドルの腹部へ手を回してその体を担ぎ上げると、人一人を担いでいるとは思えない速度で階段を駆け上がっていく。
何かしらリドルが大声で喚いているのを背後に聞きながらマインが一体何が起きてこうなったのだろうと眺めていたのは、視界を覆いつくすような炎の弾と矢であった。
回避場所などどこにもない、というような大量の攻撃を前にしてマインは逃げるでもなく防ぐでもなく、その場にただ立ち尽くす。
そしてその上へ雨あられとばかりに炎と矢が降り注いだ。
「何が起きてこうなったんだ?」
悲鳴は上がらなかった。
炎が弾ける爆発音も、矢が肉を切り裂く音もなく、マインへと降り注いだ大量の攻撃はマインの体へ到達することなく、炎は消え去り、矢は弾かれてむなしく床へと落ちる。
後に残ったのは全く無傷のマインが一人だけ。
階段の途中で立ち尽くす格好で残されたのだが、そのマインは顎に人差し指を当て、興味深そうに大量の攻撃が降って来た方向へと目を向けている。
視線の先は階段の到着地点であったはずで、その先は広間の様になっていた。
そこにひしめき合うように群がっていたのは、手に杖を持ち、ぼろきれのようなローブをまとい、フードの奥には光る目とドクロが見え隠れする魔物。
そして肉がついていないというのに人の骨だけが人の形を取り、手には弓を持つという姿の魔物達であった。
「レイスとスケルトンアーチャー? しかもこの数は……」
目にした光景に少し驚いているマインへ、魔物達から攻撃の第二波が襲い掛かる。
一度目同様に、階段の上にいたのでは逃げ場がないような大量の炎と矢とがマインの上へと降り注いだのだが、これらもまたマインの体へは届くことなくかき消されるか弾かれて床へと落ちていった。
「出会い頭にこれじゃ、十五層に下りられた冒険者はいなそうだな。逃げ帰った冒険者はいそうだが……」
ぶつぶつと呟いているマインへ襲い掛かる第三波。
それらもまた一度目や二度目と同様に打ち消されて弾かれ、無駄に終わるのだがアンデッドであるレイスやスケルトンには驚きや恐れといった感情がない。
ただ生者への渇望や恨みだけを糧にして、四度目の攻撃を行おうとし始める。
「<ライトニング>」
淡々と呟かれた呪文と共に、突き出したマインの指の先から直視すれば目を焼くような強烈な稲妻が放たれた。
それはバチバチと音を立てつつ真っすぐに撃ちだされ、その軌跡上にいた魔物達を区別も容赦もなくただ一直線に貫いていく。
一条の閃光が通り抜けた後、そこにいた魔物達はことごとくがその形を失い、あっけなく消滅してしまっている。
かなり数を減らした魔物達であったが、生き物であればその光景の恐れ慄いて逃げ出していてもおかしくない光景を見ても、何も感じることはなくそのまま四回目の攻撃を行う。
「アンデッドはこれだからなぁ」
自分に届くことなく消えていく炎や弾かれた矢を眺めながら、マインは先程稲妻を撃ち出した指をそのままに、もう一つの魔術を行使する。
「<グラビティ・スフィア>」
魔物達の真っただ中に、突如として出現したのは真っ黒な球である。
それは出現と同時に周囲の大気を猛然と吸い込み始め、その勢いに負けたスケルトン達が次から次へとその黒い球へと吸い寄せられ、球に飲み込まれていった。
「しまった。レイスは実体がないからこれは通用しないか」
黒い球に吸い込まれていったのは弓を持った人骨であるスケルトンアーチャー達だけで、ローブ姿の方はローブをはためかせることもなくその場に残ったままであった。
これは、スケルトンアーチャーは人の骨に取り付いたアンデッドで実体を持つ魔物であるのに対し、レイスは姿こそ見えはするもののその実体は霊体で、実体を持つわけではないせいで、大気の流れの中に身を置いてもその勢いに飲まれることがないせいである。
<ライトニング>のような魔力を介在した攻撃魔術は実体のないレイスにも有効ではあるのだが、次にマインが使った<グラビティ・スフィア>は空間の一点に全てを吸い寄せる黒い球を出現させる魔術なのだが、この吸い寄せられる力は魔力を介在していないので、レイスには全く無効なのだ。
つまりはマインの選択ミスなのだが、これはマインが長いこと魔術師として戦うような行為から離れていたせいであった。
「うむ、失敗失敗」
ぼけたことをしたなぁと反省しつつ頭を掻くマインへ、スケルトンアーチャーを失って残されたレイス達が次々に魔術を放つのだが、どれもこれもマインの体に触れることすらできないままに打ち消されてむなしく散っていく。
「うざったいな……<ルーン・ブリット>」
使った魔術は第一位階の初級魔術。
属性も追尾もついていないただの魔力の塊を弾として撃ち出すだけの魔術だ。
しかしマインの使ったそれは、先程のレイスとスケルトンアーチャー達総出での攻撃と遜色ない程の数の白い光の球を撃ち出し、避けることなど許すわけもなくレイス達を穴らだけにして消滅させる。
後の残ったのは大量の魔石だけだが、マインはそれを手の一振りでどこへともなくしまい込んだ。
「階段を下りてすぐにモンスターハウス? 迷宮の魔物の湧き具合がおかしなことになっているのか?」
誰かが階段下に魔物を引っ張って来たのでなければ、魔物達は自然と階段の周囲の溜まっていたということになるのだが、多少ならともかくちょっとした広間にぎっしりと詰め込まれるほどに集まってくることがあるとは考えにくい。
その辺りのことはこの階層を調査すれば分かるのだろうかと思いつつ、先に上の階へと逃がしたリドル達を呼び寄せようとして、マインは目の前の広間にある入り口から、再び殲滅前と変わらないくらいの数のレイスやスケルトン達が雪崩れ込んでくるのを見て、目が点になる。
「は? え? 一体何が……」
魔物が大量に発生している地点をモンスターハウスと言う。
それくらいのことは知っているマインだったが、モンスターハウスを処理したら、おかわりでモンスターハウスが発生した、などということは聞いたことがない。
困惑してしまうマインをよそに、広間の中に陣取った大量のアンデッド達は感情の全くこもっていない視線をマインへと向けると、また再び大量の魔術と矢とがマインを襲うべく降りかかったのであった。
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え? 二月って今日で終わるの?




