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マイン達一党の道中はリドルが拍子抜けするくらいに順調に進む。
迷宮へと足を踏み入れた一党の半数近くが未帰還となっている所からして、迷宮の中は相当な魔境と化しているのではないかとリドルは心配していたのだが、魔物との遭遇はそれなりにあるものの、それ程数が多いようには感じられなかった。
「何か、思ってたのと違う」
そう呟くリドルの足元ではでっぷりと太った豚面で人型の魔物であるオークが、まるでハリネズミか何かであるかのように全身からナイフの柄を生やして倒れていた。
刺さっているナイフがあまりにキレイに真っすぐに並んでいるせいで、芸術的に何か意味のあるオブジェなのではないかと思ってしまう光景だが、その体から流れ出て迷宮の床へと広がっていく赤い液体は倒れているオークがオブジェなどではなく、ほんのわずか前まではちゃんと生きていたということを物語る。
「十五層手前まではおそらく、初級から中級手前くらいの冒険者が潜る階層なのでしょうね」
床に広がった血だまりが消え、オークの死体も消え、後に残ったのは大量のナイフと小石くらいの大きさの魔石が一つ。
そのナイフをあっという間にどこかに収納し、魔石をマインへ手渡しつつアイは言う。
「日帰りできる階層なのですから、妥当な感じかと」
「本当にそのナイフ、どこにどうやって収納してるの?」
リドルの目にはアイのスカートが翻るとナイフが消えているようにしか見えない。
物を大量に運べる機能が服に付与されていると言うことはマインから聞いて知っているリドルなのだが、床に散らばっているナイフがその機能とやらでこれだけ手早く簡単に回収できてしまっているのだとすれば、便利過ぎるだろうと思う。
「乙女の秘密です」
自分の唇の前に人差し指を立てて見せるアイに、軽くうんざりするものを感じながらリドルはマインへ話しかける。
「マイン、今何階だっけ?」
「聞いておいてスルーですか……」
「十四層まで下りて来たな」
「結構下りて来たね」
あと階段を一つ下りれば折り返しの十五層到着である。
「なんだか肩透かしを食らった気分なんだけど」
「まだ一層残っているし、本格的に調査もしていない。気を抜くなよ?」
マインにそう嗜められて、リドルは気を引き締めようとして自分の頬をぺちぺちと掌で叩く。
残り一層と言うものの、今回の危険な要素がその階層に全て詰め込まれているとは考えにくい。
「それとリドル、気が付いているか?」
「何かな?」
「俺達は十四層まで最短距離で進んできたわけなんだが……その間、誰とも会ってない」
言われてみればとリドルははたと思う。
迷宮内の最短経路周辺を十五層から地上まで戻る形で調査すると言った方針で動いているマイン達なのだが、どこかに似たようなことを考える一党は必ずいるだろうとも考えていた。
しかし、実際に迷宮に踏み込んでみれば、一組の一党にすら出会うことなく十四層まで来れてしまっている。
「なんだか嫌な感じ」
「まったくだ」
リドルの呟きに同意しつつ、マインは二人を引き連れて次の階層へと下る階段のある場所を目指して進む。
途中何度か魔物との戦闘になったが、これらはアイの放つ大量のナイフの前にことごとく瞬殺されて魔石となった。
「アイのナイフって、何かの魔術付与品なの?」
「あれか? あれは……いや、高品質ではあるけれど普通のナイフだな」
「それじゃあの命中率と威力は……」
「自前だろうが、多少魔術による強化と補正が入ってる」
完全に自力なものなのかと驚きかけたリドルだったが、マインの説明を聞いて少しだけほっとする。
「ご主人様、私はただのメイドですよ?」
「いやもうただのメイドの水準が分からないから」
「当協会において私など、非力非才の類」
「メイドって英雄とか化け物とかの成れの果てなの?」
これで非力非才なのであれば、アイが所属しているメイド派遣協会なる組織の中で有能と称されるメイドはどんな存在なのかリドルには見当もつかない。
同時にリドルは、自分はそのメイドとやらには絶対なれないだろうとも思う。
「二人共、階段だ」
注意を促すマインの声に、リドルとアイは会話を止めてマインが指し示す方向へと目をやり、二人同時に固まった。
確かにそこには下へと向かう階段。
おそらく十五層へと続いているのであろう階段が口をぽっかり開けている。
それだけならば何の変哲もない下り階段でしかなかったのだが、リドルとアイを硬直させたのは、下へと続く関d何の先から立ち上ってくる何かであった。
「えぇっと? 何だろうこれ?」
「言葉にしづらいですね」
何かの臭いかと思ったリドルなのだが、特に鼻をつくような臭気があるわけではない。
大気に色がついているというわけでもなく、急に温度が上がったり下がったりしているわけでもないというのに、階段の下から昇ってくる何かが、普通とは違うと感覚に訴えかけてくるのだ。
「マインは分かる?」
自分で考えても分からないことは、考え続けても埒が明かない。
とりあえずマインに尋ねれば何らかの指標なり来田なりを教えてくれるだろうとリドルはマインへ尋ねた。
「これは……何か強烈に澱んだ気配がするな」
そう答えつつマインはリドルがそれに気付いたことに少し驚いていた。
強烈な澱みと称したが、普通の人ならば何となく嫌な感じがするような気がするなという漠然としたものしか感じ取れず、そのまま入ってしまうだろうが、リドルはきちんとそれに気付いただけではなくそれが下手に踏み込んでいいものではないというところまで理解して足を止めている。
アイが気が付くのは当然として、リドルがアイと同じ反応を示すとはマインは思っていなかったのだ。
「リドル、下がれ。俺が前衛を務める。アイはリドルの支援を」
「承知しましたマスター」
「マインが前衛をやるの?」
革製とはいえ鎧を着ているリドルと違い、マインは布製のローブを着ているだけで防御力という点から考えてリドルの上を行っているとは到底思えない格好をしている。
そのマインが前へ出ると言うのをリドルは止めるべきではないかと考えたのだが、その考えを実行に移す前にマインが言う。
「リドルの鎧も魔獣付与品だが、俺のローブも魔術付与品でしかもリドルの鎧より高価なんだぞ?」
「そう言えばそうだったね」
「何も俺が前に出て、敵と切り結ぶと言っているわけじゃない。ただ俺の方がリドルより防ぐことには長けていて、探知能力も高いというだけだ」
「分かった。気を付けてね」
普通に考えればいくらなんでも戦士の前に魔術師が出るということはありえない。
それでは何のための戦士なのかという話になってしまうからだ。
しかしリドルはマインがいうことはもっともな話であると納得し、大人しくマインに前を譲ってアイの隣に立つ。
「いいか? 逃げろと言ったら一目散に逃げろ。これだけ妙な澱みを感じるんだ。階段の先に何もないとは思えないからな」
階段の前に立ち、下りの階段に足をかけながら肩越しにそんな警告を発するマインに対し、リドルとアイは揃って首を縦に振ったのであった。
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