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マインが冒険者ギルドの受付に迷宮調査の依頼を受けたいと申請した時、対応した受付嬢はあまりいい顔をせずに、それでも仕事だからと渋々手続きを始める。
アイがむっとした顔で受付嬢に文句を言いかけたのだが、これはマインが無言で止めた。
「依頼に関する諸条件の説明は必要でしょうか?」
「依頼票に書いてあった以上のことがないのなら、不要だな」
「では一つだけ。途中で依頼を放棄する場合、報酬はお支払いできなくなりますが、この件に限っては黄銅級の方々には違約金が発生致しません」
それは珍しい条件だなとマインは少しだけ目を見張る。
通常ならば、一度引き受けた依頼を途中放棄する場合は結構な額の違約金を冒険者ギルドに徴収されてしまう。
報酬はもらえないわ違約金は取られるわで踏んだり蹴ったりの状況になるのだが、今回はそれを免除してくれると言うのだ。
「ですので、早めの決断を強くお勧め致します」
目を伏せながら素っ気なくそんなことを言う受付嬢にマインは何か猛烈に抗議しに行きかけたアイを手で制し、苦笑を顔に浮かべつつ言った。
「御忠告に感謝する」
受付嬢からの返事はなく、これにさらに腹を立てたアイの両肩を掴み、押すようにしてマインは受付カウンターから離れていく。
「マスター、あのような無礼を見過ごされるおつもりですか?」
「別に無礼じゃないだろ」
「無礼でしょう? しかもなんですかあの態度は。まるで私達には何も期待していませんよと言わんばかりに……」
「実際、冒険者ギルドは俺達みたいな黄銅級の一党に、特に期待はしていないと思うんだが?」
憤るアイに冷水をぶっかけるようなマインの一言。
それを聞いたアイは言葉を失い、リドルは何か納得したような顔を見せる。
「おや? リドルは気付いていたか?」
「そりゃね。黒鉄級の一党が次々に未帰還になっているのに、黄銅級の私達が依頼を受けに行っても歓迎されるわけがないなって」
全くその通りだと、アイは自分の失敗を悟って表情を硬くする。
言われてみれば当然の話で、これに気が付かない方がおかしい。
しかもこの依頼、調査名目ではあるのだが、成果報酬ではなく拘束期間について報酬を支払うという形をとっている。
つまり、最初から期待されていないことを承知の上で、拘束期間中は適当にお茶を濁し、報酬をかすめ取りに来た輩であるとみなされてもおかしくはないのだ。
アイがこれに気が付かず、リドルがこれに気が付いていたのには、マインの正体について知っているのかいないのかの違いであった。
つまり、アイからしてみればマインとは魔術師の間でまことしやかに噂されている常識外れにして規格外の魔術師であるのだが、リドルからしてみれば自分と同じ黄銅級の一党のメンバーの一人でしかない。
そしてこの場合、どちらの対応が正しいのかと考えれば、マインが正体を隠したままでいる以上はリドルの対応の方が正解となる。
「納得しろとまでは言わないが、理解しろ」
「分かりました」
何やら色々と溜め込んだような顔をしながらもアイは素直にうなずく。
本当に大丈夫だろうかと思いつつも、ここはアイの忍耐力とか理解力とかに期待するしかないだろうと考えて、マインは話を続ける。
「調査と言っても深い階層までは行かない。というか行けない。俺達黄銅級だからな」
わざわざ念を押すかのようにマインが階級を口にしたのは、リドルに無茶な行動をさせないためという理由と、アイに現状を再確認してもらうという二つの意味があった。
これに対してリドルとアイはそれぞれが違った意味でありながらも揃って首を縦に振る。
「よろしい。調査目標は未帰還者の情報を最優先とし、三日間の調査で成果がなければそのまま切り上げる」
「短いんだね」
三日間というのは今回の依頼の最小期間だ。
その間に依頼が取り下げられたりしていれば嫌でもそこで終了になるのだが、そうでなければ継続契約をして、同じ依頼をこなすことができる。
だが、マインはそれをしないと言う。
「なんで?」
「ここの迷宮は生体型なんだが、これは死体やら装備やらを喰って成長するタイプの迷宮なんだよな」
説明しながらマインは少しげんなりとした表情を見せる。
「多少の差異はあれど、死体なら数日で跡形もなく吸収されてしまうし、装備なんかも十日もあれば迷宮に食われてしまう」
「調査しづらい……」
物的証拠が時間経過で消えてしまうというのだから、調査しろと言われてもそれを実行するのは本当に難しい。
マインは未帰還の一党らが迷宮に入った時期と自分達が受けたこの依頼の拘束期間とを考えて、この依頼はおそらく継続されないか、継続されたとしてもその後は何の成果も上がらないままに終わるだろうと推測していた。
「まぁ気楽にやろう。俺達が未帰還者の仲間入りをしないように」
「縁起でもない」
ぶるりと身を震わせたリドルなのだが、マインはとても真面目に言う。
「そうは言うが、実際迷宮での未帰還者の捜索ってのは成果はともかく気は楽なもんなんだぞ。何せ見たくないものをほぼ見ずに済む」
「どういうこと?」
「それはだな……」
説明しかけてマインは言い淀んだ。
明らかに何かしら言いづらそうにしているマインにリドルは首を傾げたのだが、そこから先をアイが続けてしまう。
「これが迷宮の外の話ですと、死体や遺品を食べつくされるようなことがなくなってしまいます」
「そりゃね。でもそれって証拠が残るから調査しやすくなるんじゃない?」
「えぇまぁ。ある意味では。ですがご主人様は食べられかけの遺体ですとか、半腐りのアンデッドですとか、大量の血痕と血肉がぶちまけられた地面ですとか、最期まで来なかった助けを求めたり呪ったりする手紙ですとか、そういうものを見たいと思われますか?」
アイが挙げた例はどれもこれも目にすれば気が滅入ること請け合いの代物で、リドルは本当に嫌そうな顔をしながら首を横に振った。
そしてリドルはアイが言わんとしていたことを察する。
「そっか。迷宮にはほとんどそういうのが残らないんだ」
「はい。まぁアンデッドの類は迷宮ですと普通に出会う魔物ですので、完全に見なくて済むというわけでもないのですが」
なるほどそれならば、多少は気を楽にして捜索できるかもしれないと、リドルは多少萎えかけていた気持ちがほんの少しではあるものの、持ち直していくのを感じたのであった。
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