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リドルの持つ術式を解析することは、それなりに早ければ早い程いい話ではあるものの、緊急なのかと問われると少し違う。
力を使うためには早めの解析が必要ではあるのだが、力を使わないのであれば現状ではそれほど急ぐような話でもない。
懐具合に関しても、マインはとりあえず領都に来るまでに稼いだ分と、領都の迷宮で稼いだ分とで金貨六十枚くらいの収入があった。
この金額は、王都に行くための路銀として考えるとまるで頼りない金額でしかないのだが、三人分の生活費として考えると一ヶ月くらいは楽にもつ金額なのだ。
とは言え、本当に一ヶ月もたせようとするならば、宿や食事の質はどうしても落とさざるを得ない。
それはできるだけやりたくないマインとしては、事態を静観する日数とまず五日間と決めて、この間は所持金を切り崩して暮らし、仕事はしないと決めたのである。
「いいのかなこれ?」
「問題がないのであれば別に構わないだろう」
静観を決めた期間、冒険者ギルドへの情報収集はアイに任せて、マインはリドルを連れて領都をぶらぶらする生活を送った。
傍から見ればただ遊んでいるだけの日々にしか見えないマインの行動なのだが、これにはきちんとそうする理由がある。
一つはマイン自身の感覚だ。
かなり長い間、市場やギルドを訪れていなかったせいで、どうにも物の価値観というものが大きくずれてしまっている事をマインは自覚している。
これの修正は早いところ済ませてしまった方がいいのだが、方法としてはひたすら相場というものを見て、自分で感覚を修正していく他なかった。
もう一つはリドルを慣れさせること。
辺境の農村で育ったリドルにとって、領都は度肝を抜くような大きさであったのだが、王都はその領都よりもすっと大きい。
何の準備もなしにリドルを連れて行ってしまえば、どれだけの精神的衝撃を受けるか分かったものではなかった。
そこでマインはリドルのことを領都の中を連れまわし、ある程度これに慣れさせた上で王都へ連れて行こうと考えたのである。
もちろん、ただ連れまわすだけではない。
食べ物やら娯楽やら、とにかく村とは違いすぎる文化や暮らしに慣れてもらうために、マインはかなりの散財を行った。
さすがに有り金ぜぬを使い切るような馬鹿な真似はしなかったが、五日間の行動でマインは残金が金貨十五枚になるくらいに手持ちの現金を使い果たす。
「良かったのそれ?」
残り少なくなった金貨を数えて、財布代わりの小さな袋へと入れ、袋の口をきゅっと絞ってからローブのポケットへとしまうマインへリドルが尋ねた。
遊び惚けすぎたのではないか、という問いだろうことはマインにも分かる。
「魔術師から言わせれば、この程度の散財は散財とも言わない」
「魔術付与品高いもんね」
「魔術付与品でなくとも、良質な長剣を一振り買うだけで、金貨五十枚なんてすぐに無くなってしまうからな」
マインの言葉に周囲の冒険者の何人かがぎょっとした顔を向けたのだが、マインはそれに気が付かない。
たぶん、またずれたことを言っているのだろうなと思いつつ、リドルが見回したのは冒険者ギルドの建物の中だ。
時間はちょうど朝方で、マインとリドルが座っているテーブルの上には丸パンとシチューによく洗った生野菜といった朝食が三人分並べられている。
「お待たせ致しました」
まだ手をつけられていない料理をじっと見つめていたリドルは、いつもと変わらぬエプロンドレス姿のアイがやって来たのを声で気付いて、顔を上げた。
「先に始めていてくださってよろしかったですのに」
「そう大して待っていない」
アイにマインがそう答えると、アイは微笑しつつ空いている席へと腰かけた。
「それじゃ、食べながらやろうか」
マインの一言でリドルは積まれていた丸パンを一つ、鷲掴みにしてシチューの入ったお椀と共に自分の前へと引き寄せる。
そこからすぐにパンを割り、シチューに浸して食べ始めるリドルの様子をちょっと驚いたように見ていたアイは、マインが報告を待っているのを見ると気を取り直して居住まいを正す。
「あまり良い情報はありませんでした」
そう前置きをしてから、マインが食べながら話そうかと言っていたのを思い出したかのように小さくちぎられた生野菜をフォークで突き刺し、アイは自分の口元へと運ぶ。
「マスターが静観を選択されてからこの五日間。状況は日に日に悪くなっております」
冒険者ギルドはマイン達が話を盗み聞きした後、迷宮に未帰還の一党がいくつか発生したことを発表し、その調査隊として黒鉄級冒険者の一党を五つ、迷宮へと派遣した。
彼らは救助ではなく、あくまでも調査を依頼されて迷宮へ赴いたのだが、その五組の一党の内、冒険者ギルドまで戻って来れた一党はわずかに一組。
残りの四組は翌日になっても帰ってくることはなく、これで未帰還の一党の数が八組へといきなり増えた。
「ここのギルドで活動している一党の数は?」
「定期、不定期を問わずですとおよそ四十くらいのようです」
「二割が未帰還となると、大被害だな」
これが軍ならば完全に敗走一択の状況であるし、下手をすればもうちょっとで全滅判定を食らってもおかしくない被害である。
ここでようやく冒険者ギルドは本腰を上げたらしく、依頼が調査から救助へと変更。
依頼料もぽんと金額が跳ね上がった。
「現在、拘束三日の調査だけで金貨十五枚。有益な情報については随時報酬を検討。未帰還の一党を救助できればさらに金貨五十枚。遺品などを死亡が確認できる物を持ち帰ることができれば一件につき金貨十枚が出ます」
「急激に迷宮の危険度が上がった理由なんかを調べた場合は?」
「有益な情報の分類になると思われますが、ギルド職員を突いてみたところでは金貨百から二百枚は出るのではないかと。もちろん、解決できればさらに上積みされるようです」
「悪くはないが……ここの迷宮って最下層まで何層あるんだ?」
「冒険者ギルドの公式記録では、五十層まで確認されているそうです」
「あー……もっと浅ければなぁ」
迷宮が急に危険になった理由はどうであれ、実はマインには迷宮の危険度を強制的に下げる方法というのがあった。
ただそれは、迷宮最下層にあって迷宮の全てを管理しているとされるダンジョンハートと呼ばれている巨大は宝石に触れることでしか実行できず、領都の迷宮は最下層まで行ってみるには少しばかり深すぎる。
「とりあえず依頼を受けて、遺品か生存者を探せば二百枚くらいはなんとかなりそうか。それで駄目なら原因追及だな」
危険度だけで言うならばこの件に関して既に十七組中八組というほぼ半数の一党が未帰還になっているというのに、マインの言い方はちょっとその辺のお店で足りない雑貨を買ってくる、くらいに軽い代物である。
それにアイも軽い口調でそうですねと同意し、リドルは二つ目になる丸パンをわしづかみにしつつ、二人がまるで慌てたり緊張したりしていないところを見ると、実はたいしたことのない状態なのかなとかなりずれたことを考えていたのであった。
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