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方針が決まれば後は実行に移すのみ。
マインは移動に加えて王都での生活を含めて、必要だと思われる金額を三人で金貨二百枚程度と考えた。
三人で金貨二百枚と言うとかなりの金額のようであるが、無茶な金額ではない。
魔石の精錬技術を持つマインならば、ひたすら迷宮の浅い階層で狩り続けたとしても、数日から十日ほどあれば達成できてしまう金額である。
手が届くと分かっていれば悲観する必要もないし、焦る必要もない。
リドルの力も数回程度で区切って使えるだろうから、心配する危険性も低いだろうと考えて、マインは目の前に置かれた料理と、小さくちぎったパンとを口へと運び始める。
「マスター、移動手段は?」
「できれば馬車を使いたいが、高くつくのがなぁ……それでも徒歩よりはマシのはずなんだが」
移動速度と価格から考えて、最も効率的だと思われるのは乗合馬車であるが、これは自分達専用に馬車を仕立てるのに比べると速度がかなり落ちる。
仕立てた馬車が三日ほどで王都まで行けるならば、乗合馬車ならその倍は見ておかなければならない。
ただ費用面は馬車を仕立てた場合が最も高くつく。
何せ馬車にそれを曳く馬。
飼料から道中で馬を休ませる場所、そして御者まで全て揃えなくてはならない。
そのうえで仕立てた馬車は帰り道の費用まで負担させられるのだ。
金貨数十枚程度の現金など、あっさりと吹き飛ばされてしまう。
「迷宮に入るのだって準備がいる。毎回うまくいくとは限らないしな」
現実という物は物語程上手に話が運ばないものだなとマインは溜息を吐く。
どこの世界に小説の主人公が、硬貨を積み上げて残りの枚数を数えつつ、次の仕事のために何を購入して、何を諦めなければならないのかと頭を悩ますものかとマインは思うが、実際はそれをやらなければ冒険者として金を稼ぐことはできない。
この一党に関していうならば、自分という魔術師とアイというホムンクルスとが色々な条件を無視できるような力や知識を持っている分、普通の一党よりは恵まれているのだから文句は言うまいと思うマインはふと、冒険者ギルド内の一角が妙に騒がしいことに気が付いた。
それはアイも気が付くものだったのだが、唯一この一党の中で食事に夢中で気が付かなかったリドルが、口にちぎっていない丸パンを咥えたまま、マインとあいの様子を目にしてきょとんとした顔をしている。
「もめ事か?」
多少のトラブルやケンカであれば、とりたてて珍しいことではない。
それこそ日常茶飯事として起こる小さなイベントのようなものなのだが、マインの言葉にアイは首を横に振った。
「これは違いますね。中心部はカウンターの向こう側です」
カウンターの向こう側にいるのはギルドの職員ばかりのはずだ。
そのギルド職員の中で何かしらの騒ぎが起きているのだとすれば、これは少々珍しい事態だとマインは思う。
そして、珍しい事態というものは金になりやすい。
大体の場合が人の不幸を金にかえるようなことになるので、通常ならばマインは関わらないようにするのだが、今はできるだけ手早く資金が欲しかったので色々なことに目を瞑ることにした。
「未帰還の一党が四組ですか?」
しゃべっている冒険者ギルドの女性職員は、本人なりには声を潜めているつもりなのだろう。
しかし、その努力は実を結んでいない。
素知らぬ顔で耳を澄ませているマインにはどうにか聞き取れるレベルのものであったし、人より優れた聴覚を設定されているアイにひあ苦も無く聞き取ることができる程度のものだったからだ。
「<ウィンド・ボイス>」
それは風に音を乗せて運ぶ魔術。
自分の声を乗せることもできれば、指定した地点から音を持ってくることもできる魔術を行使して、マインはギルド職員達の会話を追いかける。
魔術による補助を行ったのは、最初の一言がぎりぎり聞き取れるレベルのもので、それ以上声を抑えられてしまっては聞き取れなくなってしまいそうだったからだ。
「昨日、迷宮に入った十二組の一党の内、四組が帰還していない」
「ランクは?」
「白銀が一つ。黒鉄が二つ。黄銅が一つ」
「黄銅級の一党が迷宮から帰還しないことは哀しいことだがよくあることだ。別段異常であるとまでは……」
「十二組中の四組だぞ。普段なら一組出るか出ないかの話だろう」
「深層へのアタックなのでは?」
「日帰りの厳しい十五層以下の階層へのアタックは、事前に申請する決まりだ」
「それより、白銀級ならばともかく、黒鉄級以下で十五層より下への挑戦など、自殺行為としか言えないだろ」
通常ならば一割未満である被害が、何の理由か分からないままに突如として三割を超えたというのは、確かに異常事態だろうなとマインは思う。
もちろん、偶然に様々な要因が重なって、たまたま大きな被害をたまたま今日出してしまったという線がないわけではない。
むしろそちらの可能性の方が確率は高い気がするマインなのだが、たった一日で最大二十名近い冒険者が迷宮から帰ってこない事態というのはギルドにとってはかなりの大事なのだろう。
「すぐに調査依頼を出そう」
「救助依頼じゃないのか?」
「現状ではまだ救助を必要としているかどうかが分からない」
「なんでもいいから稟議書を上げろ。手遅れになってからじゃ費用が跳ね上がる」
職員達に言い合いを聞きながら、マインはたまたま知り得たこの騒ぎをどう立ち回れば自分達にとっていい展開になるのかを考える。
物語の主人公的に立ち回るのであれば、真っ先にこの調査依頼を受け、迷宮に踏み込むのだろうがこれだと依頼料は少なくなりそうだ。
調査が目的であり、冒険者ギルドも事の危険度を計りかねているようなので、依頼料の査定が低くなりがちなのである。
「これに一枚噛むなら、調査が終わった後のタイミングだろうな」
調査結果がどうであれ、冒険者ギルドはある程度事態を把握するはずで、その危険度に応じた報酬が設定されるはずだ。
さしたる危険がないのであれば、報酬は少ないものになるのだろうがその場合はこの件には関わらず、魔石採取と精錬で金策をすればいい。
そう考えれば特に慌てる必要はなさそうだと、聞き耳を立てるのを止めたマインへ、食事を続行していたリドルが空になった皿を突き出し、おかわりを要求したのであった。
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