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1-7

 何事かと腰を浮かしかけたリドルを手で制し、マインは呼びに来た村人に少し待つように告げてから、一旦食卓へと戻る。

 話を聞きたがっているリドルの様子は分かるのだが、マインの勘はこの件にリドルを絡めてはいけないと警告を発していた。


「リドル、ちょっと俺は出かけてくる」


「私も行く」


 間髪入れずにそう言ったリドルの目の前に、マインは小さな瓶を置く。

 透明な瓶の中にはねっとりとした黄金色の液体がほぼ一杯になる量入っており、釣られるようにしてリドルの視線はその小瓶へと吸い寄せられた。


「そこの戸棚に白パンがもう五、六個程入っている」


 リドルの視線が小瓶から戸棚の方へと向くのを確認してから、マインはゆっくりと言い聞かせるように告げた。


「この瓶の中身は蜂蜜だ。大人しく留守番をしていてくれるなら、パンと併せて全部やる」


 戸棚の方からマインの方へと戻って来たリドルの視線が激しく揺れた。

 白パンに蜂蜜一瓶は相当な大盤振る舞いで、この機を逃せば次はいつそんな好機が巡ってくるのか分かった物ではないくらいの希少な話だ。

 しかしながら、すぐには諦めきれないくらいにリドルは何が村で起きて、あの村人がマインのことを呼びに来たのかを知りたかった。

 どちらを選ぶべきなのかと迷うリドルの姿に、これはもう一押し必要だろうかとマインが思い始めた辺りで、リドルはようやく答えを出す。


「分かった。留守番してる」


 一見、マインの言葉を呑んだ対応のように見えて、これは少々違うかもしれないなとマインは警戒する。

 暗に来るなと言われている所へ無理に押しかけて行ってみたとしても、ロクな結果が得られないかもしれない。

 もしそうなれば、白パンと蜂蜜との誘惑を諦めた意味がなくなってしまう。

 そんな危険を冒すくらいならば、蜂蜜と白パンとはきっちりと確保した上で、知りたい情報については別のルートを。

 例えばそこから帰って来たマインを問い詰めるなどしてそこから情報を得れば、何の問題も生じないだろうと言う計算を行った上でのリドルの返答ではないかとマインは見抜いたのである。


「俺はしゃべらないからな?」


「何を言われているのか分かんない」


 釘を刺すマインに対し、リドルは知らぬ顔で惚けて見せる。

 惚けているということは見ただけで分かりはするのだが、返答自体は肯定であるので突っ込みづらい。

 一応は甘味と引き換えの取引である。

 取引で下手を打てば、まず失うのは信頼であり、その辺りが分かっていないリドルだとはマインは思っていなかった。

 ただ、言われるがままに大人しくしているような娘であろうかと考えると、そうだとは言い切れないマインでもある。

 何かは企んでいるはずで、そこのところを多少追及してみたい気持ちはあったものの、外で村人を待たせている状況ではそれほど時間に余裕がない。


「頼んだからな?」


「任せて。私はちゃんと留守番している」


 念押しするマインに、リドルは自分の胸をポンと一つ叩きつつ即答してみせた。

 いくらかの不安は残るものの、これだけはっきりと返答するのであれば大丈夫だろうと自分を納得させて、マインは玄関から外へ出て、待っていた村人と合流すると足早に村の集会場を目指す。

 一方、マインの家に取り残された形となったリドルは、マインが言っていた戸棚から慣れた手つきで白パンの乗った皿を取り出し、マインが残していった小瓶の蓋を開ける。

 白パンに手で切り込みを入れ、小瓶から蜂蜜をゆっくりと細い糸のように垂らしてやると、周囲に甘くほのかな花の香りが漂い始め、リドルはうっとりとした表情で蜂蜜がけの白パンを持ち上げた。

 上に垂らした蜂蜜が零れ落ちてしまわないように慎重に、手にしたパンを口元へと運び、一口分噛み切ってみれば構内へと広がる甘味と香りにリドルは顔を綻ばせる。

 リドルのような村娘からしてみれば、マインのような魔術師という人種は本当によくわからない人種だ。

 想像もつかないような知識と技術を持っているらしいというだけでもすごいと言うのに、その知識を村の子供達に無償で教えてくれるだけでなく、食事の提供までしてくれるのである。

 しかもマインはリドルからしてみれば、血のつながりこそないものの同じ養父に育てられたという点から、兄のような存在でもあった。

 とてもではないが、もらう物だけもらったら後のことは知った事かと騙してやろうなどと考えるような相手ではない。

 むしろその言いつけは、破ろうとするのであれば精神的に大変な抵抗を覚える、そんな相手である。

 ただ、とリドルは蜂蜜をかけた白パンを食べきってから、もう一つの白パンを手に取ると、これを四つに割った。

 割ったパンの断面に、小瓶の中の蜂蜜をふりかけると、先程既に一つ食べてしまっているというのに、目の前のそれも食べてしまいたい誘惑に駆られる。

 しかし、自分が食べてしまったのでは何の意味もない。

 ここはこらえ時とガマンして、リドルは蜂蜜のかかった白パンを皿へ乗せると食卓を立って窓際へと近寄る。

 マインから言われたことを守ろうとする気持ちと、言われていない部分でこれを出し抜こうとする気持ちとは全くの別物であり、マインとの約束を破るような真似さえしなければ、結果に関してはマインが望んでいないものになったとしても、それはそれで仕方のないことなのだとリドルは考えていた。

 だからリドルは窓を開けると、村の通りを歩いていた子供らの手招きし、皿の上にある白パンを指し示す。

 食べ物を見れば近寄ってくる子供は少なくはなく、ましてリドルが手にしている物が蜂蜜掛けの白パンだと分かれば、子供達の目が一斉に輝き始めた。


「ただではあげない。村の集会場でみんなが何を話し合っているのか。探り出してきた子から順番に先着四人まで。但し、バレた場合は身の保証もご褒美もなし」


 リドルからのクエストに、村の子供達が一斉に駆け出す。

 多少わざとらしい気配があったとしても、村の中に子供達がいるということは不自然ではなく、全員は無理としても何人かはこのクエストを達成してくれるだろうとリドルは考える。


「私はちゃんと留守番をしているから、嘘は言っていない。大丈夫」


 さて子供達はどのような情報を持ち帰ってきてくれるのか。

 それを楽しみにしながらリドルはマインの家の窓辺でマインと子供らの帰りを待ち始めるのであった。

書き続けるためには燃料が必要です。

そして書き手の燃料とは読み手の方なのです。


というわけで。

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