2-23
予想外に高く売れたことを喜ぶマインとは別に、受付嬢もまた違った理由で喜んでいたのだ。
それは珍しく貴重そうな魔石を購入できたということもそうなのだが、何よりかなりお手頃な値段でそれを入手できたというところが大きい。
と言っても、受付嬢はマインから買い叩いたというわけではなかった。
もしマインが価格交渉に踏み切っていれば、もう十枚前後の金貨は覚悟しなければならないかなと思っていた取引が、一発で決着したというだけのことだ。
ちなみにマインの予想と相場の間にかなり開きがあったのは、やはりマインの持つ情報がかなり古いせいであった。
「良い取引でした。また出物があれば是非お持ち込みください」
魔石を小さな箱へと入れ、カウンターの下へとしまい込みつつ受け杖k上は金貨の詰まった袋を一つ、カウンターの上へと置く。
「代金の金貨五十枚になります。どうぞお確かめください」
受付嬢に言われて、マインは袋の口を緩めて中身を確認し、すぐに視線を受付嬢へと向けた。
それ以上確認する様子のないマインに受付嬢が尋ねる。
「よろしいので?」
「魔術師ギルドは几帳面だからな。五十枚と言ったら五十枚入ってる」
だから確認したのは中身が金貨かどうかだけだとマインが言うと、受付嬢は声を上げて笑った。
「何がおかしいのか知らないが、この流れで設備を借りたい」
「はい。ご融通致します。どの部屋がよろしいでしょうか?」
「術式解析室」
そのまんまの名前だなと思いながら、マインはカウンターの上へ自分の魔術師ギルドの登録証を置く。
受付嬢はにこやかにそれを受け取ろうとして、まるで何かの魔術にかけられたかのようにぴたりと固まった。
「え? え!?」
「なんだ? どうかしたか? 偽造品とかじゃないぞこれ」
カウンターの上に両手をつき、土下座でもするかのように頭を下げて受付嬢が食い入るように凝視しているのはマインがカウンターの上へと出した登録証だ。
カード本体は真っ黒で、表面には金で数字が書き込まれている。
「ブラックカード……」
受付嬢の口から漏れ出た言葉に、そう言えばそんな設定もあったかなとマインは思い出す。
ブラックカードは魔術師ギルド内では存在しないカードとされている。
ただし、それの所有者に関してはいついかなる時も最大限の配慮を行うことが定められているという矛盾した代物だ。
魔術師ギルドに多大な貢献をした者や、素性の問題からあまり大っぴらに正体を明かすことができないような人物に配られるという噂なのだが、これを見たことがあるという魔術師は存在していないことになっている。
「まさかお目にかかる日が来るとは……」
受付嬢は魔術師ギルド側の人間である。
規定としてそういう物があるということは知っていたのだが、長く受付に勤めてきていてこれまでに実物を目にしたことはなかった。
「えぇっと……」
「登録証をお納めください。術式解析ですね。鍵はこちらで、部屋は二階へ上がってすぐ正面となります。使用後は鍵をかけ、カウンターへ戻してください」
受付嬢はマインが登録証を自分のローブの中へと戻す仕草を見ようともせず、鍵をカウンターの上へと置き、二階へと上がる階段を手で指し示す。
「使用料は?」
「あなたが二階へ上がってから下りてこられるまで、二階は封鎖されます。二階には誰もおりませんので、使用料など発生しません」
存在しない者として扱われるということは、こういうことなのかと思いながらマインは受付嬢に頷いて見せる。
「私は誰も案内しておりませんし、鍵は一時的に紛失中です」
「了解。なんとも寒々しい扱いだな」
嫌に事務的な扱いになった受付嬢にマインが苦笑してみせると、受付嬢は困ったように言った。
「独り言ですが。あれを見せられてしまってはどうすることもできません。下手な対応をしてしまったらこちらがこうですし」
受付嬢が手刀で自分の首をとんとんと叩く。
職としてなのか、それとも実際に自分の首が飛ぶのかは分からないが、どちらの可能性もおそらくはあるのだろうなとマインは思う。
「妙な対応さえしなきゃ大丈夫だぞ。あれの所有者がそういう申告をしなければ罰則なんてないのだし」
「その辺りはどうぞよしなに」
本気なのか冗談なのか分からない感じで、丁寧に頭を下げる受付嬢に苦笑を返し、マインはリドルとアイを連れて二階へと上がる。
階段を上がりきると目的の部屋は確かにすぐ正面にあった。
もらった鍵で入り口の扉を開け、中へ入ってみると中には操作盤や作業台があり、部屋の中央には人一人が楽に横に慣れるくらいの大きさのリクライニングチェアがある。
「アイ。リドルの装備を解除して、椅子に座らせてくれ」
操作盤に手を触れ、これを起動させながらマインが指示すると、アイは頷きつつ真剣な表情で聞き返してきた。
「マスター。どこまで脱がします?」
「どこまでって……鎧とかブーツ、剣辺りが外れてればそれでいいんだが?」
実際は装備を外さない状態でも調査は可能なのだが、予想外の何かが起きて暴れられたりしては危ないので、ある程度外した状態にしておく、というだけのことなのだ。
「マスター、ここは嘘でも全裸にしておけと命ずるところですよ」
「裸にしても意味ないだろ?」
「私はマインがそうしたいと言うのならば別に……」
「リドル。言わないから大人しく椅子に座っててくれ」
「それで実際は下穿きだけ残します?」
ニチャと音がしそうな粘着質の笑いを顔に浮かべたアイの額に不可視の衝撃が走り、大きく仰け反らせる。
まだ言う気かとにらみつけるマインに、アイは打たれた額をさすりつつ、ぶつぶつと何か小声で呪詛めいたことを呟きながらリドルの装備を外す手伝いをはじめ、鎧やらブーツやらが外れた時点でリドルは椅子に身を委ねた。
「マイン、痛かったりする?」
操作盤の上で解析の準備を始めていたマインは、リドルの不安そうな声に顔を上げた。
椅子の上のリドルはいつもと変わった感じはしないのだが、こう言った設備を見慣れているマインやアイはともかく、そうではないリドルはこれから何をされるのか分からず、不安に思うのも無理はない。
「安心しろ。痛いのも苦しいのもなしだ。異常があれば即中止する」
「本当?」
「約束する。任せろ。この手の設備を扱わせたら俺の右に出る奴はまずいない」
マインとしては事実をそのまま伝えただけなのだが、リドルはマインが自分を安心させるためにかなり盛った話をしていると思ったらしい。
「そっか、それなら安心だね」
仕方ないなという雰囲気で笑いつつ、リドルは体から力を抜き、目を閉じたのであった。
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