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2-11

 傷を癒やし、毒を抜いてやればすぐにどうこうなるような容態ではなくなる。

 血を大分流してしまったようで、軽装鎧の女性は意識を取り戻すことはなかったが、そこまで面倒を見てやる気はマインにはない。


「助かったぜ。えぇっと……」


「死ぬ心配がなくなったなら、列の後ろに戻れ。その前にきっちり治療費は支払っていけよ」


「あぁそれは……いくらだ?」


「お前の一党、全員の命の見合う金額。と言いたいところじゃあるんだが、まけてそこのケガ人の命に見合うと思う金額を払っていけ」


 一党全員分の命の金額と言われて冒険者達がぎょっとした顔を見せたのだが、マインからしてみれば何を驚くことがあるのだろうと逆に不思議に思ってしまう。

 可能性の問題ではあるが、冒険者達と領都の役人との間でトラブルになりかけていたところにマインが口を挟まなければ、最悪の場合冒険者達は全滅していてもおかしくなかったのである。

 そこをマインが治療を行うことによって免れたのであるから、一党全員分の命に値する報酬をよこせと言っても、マインからしてみれば何もおかしなことではない。

 ついでに言うとマインは治療費の相場というものを知らなかった。

 この場にアイがいれば、助言を求めることができたのかもしれないが、マインの隣にいるのはリドルであり、リドルもまたマイン同様に世間一般での治療費の相場などというものを知っているわけがない。

 少しだけ心配になるのは、仲間の命に値段なんてつけられないのだからタダだ、と言い出すことくらいであったが、もしそう言い出したのならば顔だけ覚えておいて、次に何かあった時には助けてやらないというようにすればいいだけだとマインは考えている。

 何せ代金を踏み倒されたとしても、使った薬はその辺に生えてた草の薬効で作ったものであるし、それの薬効を強めたのはマイン自身の魔力であるので、実質コストはかかっていないのだから損はしない。

 そんな風に気楽に考えていたマインに、リーダーの男は真剣な面持ちで自分の荷物の中からぼろぼろの革の財布を取り出すと、中身を掴みだしてマインへ差し出す。


「値段なんてつけられないが、払うものは払う。俺の有り金全部だ。これで納得してくれ」


 はいともいいえとも答えずにマインが手を差し伸べると、男はそこに掴みだした現金を押し付けるようにして渡してくる。

 受け取ったマインはさっと掌の上の現金を眺めた。

 金貨が数枚と銀貨が十枚ほど。

 それと銅貨がじゃらじゃらと十数枚、マインの掌の上に乗せられている。

 それらは大した金額ではなく、本当にこの一党は金銭的な余裕があまりないということを指し示していた。

 金のないところから有り金全部を巻き上げるというのは、どうも気が進まないなとマインは考える。

 ついでにリドルからも、そこまで巻き上げなくてもいいのではないかという無言の抗議を受けていたマインは、ひょいと首を竦めてから金貨を二枚摘まみ上げるとリーダーの男へそれを押し付けた。


「おい? これは……」


「これから列の後ろに並んだんじゃ、今日は壁の外で一泊だろ。文無しじゃ壁の外の宿に泊まれないだろうに」


「俺は別に野宿でも……」


「リーダー差し置いてメンバーだけ宿ってのは居心地が悪いだろうし、全員野宿ってのはケガ人の体に障る。いいからもらっとけ」


「いいのか?」


「もらっとけと言っているのだからいいに決まっているだろう」


 頭を下げるリーダーの男には視線を向けず、適当な手つきで手を振って、マインはリドルを促してアイが待っている列へと戻っていく。

 一度抜けてしまったので、順番を待っている周囲の人々から並びなおせと言われるのではないかと少しだけ心配していたマインなのだが、列の先頭でおきかけたトラブルを解消しに行き、これを解消して列の流れを止めることを防いだということは人伝いに伝わっていたようで、マインとリドルにそのようなことを言う者はいなかった。


「後は俺達の順番が回ってくるのをひたすら待つだけだな」


「大きなトラブルが起きなければ、そうなりますね」


「アイ……その、何か起きないかなと期待する目を止めろ」


「そのような目をしておりましたでしょうか?」


 しれっと語るアイにマインは溜息を吐き出すだけに止めたのだが、先の件もアイが似たようなことを言った後にトラブルが起きており、また何か起きるのではないかと気が気ではなかった。

 しかし、マインの心配をよそにそれから後は列は順調に消化されていき、日が大分傾いた辺りでマイン達の順番がやってくる。


「おや、あなた方は……」


 入都するための手続きを受けに来たマイン達を見て、役人の女性が声を上げる。

 冒険者達との一件から、そこそこの時間が経過してはいるものの、本日唯一のトラブルだったためなのか役人の女性はマイン達の顔をまだ覚えていたらしい。


「先程はお礼も言わず、申し訳ありませんでした」


「構わない。そちらも仕事だから仕方ないだろう」


 丁寧に頭を下げてくる役人の女性に、マインは礼など不要だと手を振った。

 そもそもルール上は横入りをしてでも領都に押し入ろうとした冒険者側が完全に悪く、役人側はただ自分の職務を全うしようとしただけである。


「それより手続きを頼む。これから宿を探さなきゃならないんだ」


「この時期でしたらそれほど急がなくとも、空き室がなくなることがないとは思いますが、分かりました」


 役人の女性はマイン達に名前を所属、そして領都に来た目的を尋ねる。

 三人がそれぞれ自分の身分と名前を答えると、続けて役人の女性は全員にこれまで犯罪を犯したことがあるかとか、何か危険な品物は持っていないかといった質問をし、三人がそれぞれそれに答える形で手続きは進んでいく。


「なるほど大丈夫そうですね。チェックも問題なしと。では、通って構いません。ようこそ領都トゥゼットへ」


 その一言が手続き終了の合図だったらしく、マイン達は兵士と役人の女性に見送られながら領都への門を潜る。


「マイン、今ので何が分かったの?」


 手続きとは言うが、何か書かされたわけでもなく、行われたのは簡単な質疑応答だけであり、リドルには何がチェックされていたのかさっぱり分からなかった。


「色々だな。リドルが気が付かないのは当然だがあの役人、いくつかの魔術付与品を身に着けてそれを使用していた」


 調べられたところで困るようなことはないので、あまり詳細にはマインも見ていなかったのだが、役人の女性は嘘を見破る魔術である<センス・ライ>であるとか、所持品や対象の状態を見る<シースルー>、犯罪者や何かしらの悪しき勢力に加担している場合に反応が出る<ディテクト・イービル>等の魔術を展開していたのに気付いていた。


「マスター、<シースルー>の魔術は拙かったのでは?」


 アイが少しだけ心配そうにマインへと囁く。

 所持品に拙い物がなかったとしても、マインの正体は齢数百歳を越える存在だ。

 その情報は<シースルー>の魔術に普通ではない何らかの情報を提示しかねない。


「俺もそうだが、お前は?」


「私は派遣協会に登録されている情報の通りに、自分の情報を書き換えておりますので問題ありません」


「俺は<オール・ディセプション>の魔術を展開しているから、拙いところは拙くない情報に置き換わっている」


 どういう原理なのかはっきりしていないが<シースルー>で分かる対象の情報は、その対象に何らかの形で付随している情報を読み取る形で表示される。

 この何らかの形で付随している情報を、書き換えたというのがアイであり、そこに欺瞞情報を載せたというのがマインが行ったことだ。

 どちらも発覚すれば結構な犯罪である。

 ただ犯罪とは発覚しない限りは罪に問われない行為で、マインやアイが行った情報改ざんに気が付けるような人物は、少なくとも領都中を探してみたところで見つかるわけがない。


「何か二人が悪い顔してる」


「そんなことはないぞリドル。そんなことよりさっさと宿を探そう。あの役人は空き室がなくなることはないだろうと言っていたが、どこまで信用できるか分かったものじゃないからな」


 リドルにこの件を追及されても、誰も幸せにはならない。

 そんなことをするくらいならば、さっさと宿を決めて夕食のメニューでも悩んでいた方がずっとためになると思うマインは、何かしら疑うような視線のリドルの背中を叩き、どこか適当な宿を決めるように促すのであった。

ブタもおだてりゃ木に登るそうですが。

おだててもらえなきゃ木になんか登れないのです。

つまり、お願いおだてて。


そんな感じで。

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