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街道上に停まった一台の馬車。
マインから言わせるとそれは厄介ごとの臭いしかしない毒物のような代物なのだが、リドルの目には何か新しい物語への入り口に見えているらしい。
軽い足取りで近づいていこうとするリドルの頭をわしづかみにして止めてから、マインはアイへと尋ねる。
「アイ、ここから領都までの距離は?」
「これまでのペースのままですと、残り一日半といった所でしょうか」
「馬車の周囲に動体反応は?」
「ありません。生命反応も見える範囲ではありません。馬車内部に関しましては視界に入っておらず、範囲外とします」
「事後かこれ?」
仮に馬車への襲撃があったとして、もしそうであるならばまだ遠目にしか見えていないが、馬車の周辺はかなり酷いことになっていることが予想される。
マインとしてはリドルをどこか安全なところに置いてから調査したい気持ちが強かったのだが、これから先にリドルが冒険者としてやっていくつもりが本当にあるのならば、もっと酷いものを目にすることが多々あるはずで、そういったものに慣れさせておく必要もあるかと考え直す。
「アイ、索敵範囲を拡大。警戒しろ」
「了解。警戒を開始します」
アイがそう宣言すると同時にアイの体から気を付けていてもそれと分からないくらいに弱い波のようなものが発せられたことにマインは気付いた。
それは魔力をもちいた観測用の波で、アイは自身の持つ高い計算能力とこの魔力の波をもって広い範囲における高い索敵能力を持つのだが、これをリドルに説明する気はマインにはなく、リドルもちょっと静かになったなくらいにしか思っていない。
「リドル。これからあの馬車に近づくが、気をしっかり持てよ。何を見ることになるか分かったものじゃないからな」
「血肉系統なら大丈夫。任せて」
妙に頼もしいことを言うリドルに、マインは首を傾げる。
元々ただの村娘でしかないリドルは荒事とは無縁のはずで、血や肉といったものに慣れることができるような経験をしてきたとは考えにくい。
もしかして、自分を心配させないように強がっているのだろうか。
そう思い、もしそうなら無理はしないように言わなくてはと思うマインにリドルがぼそりと付け加えた。
「ブタとかシカのだけれど……」
農村にとってシカは天敵であり、ブタは有効な家畜である。
ブタに関しては言うまでもないのだが、シカについては畑を踏み荒らし、作物や木の新芽は根こそぎ食べて行ってしまう。
農作物が実れば、これも遠慮なく大量に食べて言ってしまうシカは農村にとっては非常に厄介な扱いをされる存在だ。
これらの被害は農村にとっては直接的に収入へ被害を与えてくるので、農民は力を入れてシカを狩るのだが、狩った以上はこれをやはり有効活用せねばと考えるもので、シカの肉や皮はマイン達の村でも比較的頻繁に利用される資源であった。
ただそれらは単にシカを狩っただけでは手に入れることができない。
当然、きちんと解体しなければならないのだ。
そして生き物を解体すれば、色々なものが露になってくる。
リドルが血肉に慣れたというのはその辺りの事情があったらしい。
「人のはまぁ……一味違うと思うけどな」
人のそれと動物のそれとは、見た者に与える衝撃がまるで違うというマインに、リドルが恨めしそうな目を向けた。
「マインがいじめる」
「いじめてるつもりはないんだが。見たくないのならアイの所で待っていてくれてもいいんだぞ?」
「何かあったらマインが心配だから」
ついて行くと言い張るリドルに、誰かから心配されると言うのはどうにも新鮮な経験だなと思いつつ、マインは馬車へと近づいていく。
リドルはそのマインの服の裾を握り、おそるおそるといった感じでその後に続いた。
一人、アイだけが周囲を警戒するために二人から離れた所で立ち止まって見守っている。
「さて、何が出てくるやら」
馬車に近づくにつれて漂ってきたのは、濃い血の臭いであった。
それだけでこの場において、非常にろくでもないことがあったのだと察することができたのだが、さらに馬車に近づいて行ったマインは馬車の周辺状況を目にして思わず手で目を覆う。
その地面に転がっていたのは、血臭の元となっていた人の死体だ。
損傷状態は死体になっているだけあって酷いものなのだが、獣やらなにやらに喰われたような跡はなく、腐敗臭もそれほどきつくは感じられないので、この状況が出来上がってからまだそれ程時間は経過していないのだろうと推測できる。
「マイン、これも魔物の仕業?」
「だったら話は簡単だったんだがなぁ」
地面に転がっている死体はどれも人のものだ。
それが男女入り交じり十数体。
一ヶ所で発見される死体の数としてはかなり多く、この馬車の一行が皆殺しになったのだろうと思われた。
十数体の死体の内、武装しているのが十体。
馬車の護衛だと考えれば、結構な戦力である。
マインがこの現場を魔物の襲撃によるものではないと判断したのは、この場に人の死体しかないからだ。
これだけの戦力が護衛を行い、魔物と戦ったのであれば一つや二つは魔物の死体が落ちていないと話がおかしい。
一体の魔物も倒せないままに全滅した、という考え方もできなくはないが、十人もの武装した者達が一矢報いることもなくただやられてしまう程に強力な魔物が近くにいるのであれば、アイが気付かないとは考えにくかった。
では、一体何がこの惨状を作り出したというのか。
「裏切りでもやったのかね」
リドルに聞こえないようにマインは口の中だけでその言葉を転がした。
馬車側が何人で、敵側に何人回ったのかはこの状況からではマインでも分からない。
ただここに転がっている者達の間で何らかのトラブルが生じ、そこから敵味方に分かれて戦闘を開始。
互いの戦力が偶然拮抗していたために双方共に全滅した、のではないかとマインは考えたのである。
「護衛同士の戦いなら雇い主は生きていても……ってだめか」
馬車の周囲を回ろうとしたマインは馬車の入り口が半開きになっており、そこに上半身を突っ込んでいる武装した男が息絶えているのを発見した。
その男の向こう側である馬車の中には、座席に仰向けの状態で倒れ、腹に長剣を突き立てられた少女が事切れている。
仕立てのいい服を着ているものの、その衣服は激しく乱れており、それに覆いかぶさるように倒れている男のノドには懐刀らしき小さな刃が突き刺さっているのを見て、マインはこの場で何が起きて、これだけの数の骸が晒されることになったのかを何となく悟ったのであった。
誤字指摘、ありがとうございます。
あれとても助かるのですよね。
というわけで。
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