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「悲鳴が聞こえる」


「俺のか?」


 リドルが目を覚まし、言葉を発することができるようになるまで、マインが用意してきた錠剤が五粒必要であった。

 一粒飲ませれば、マインの見立てでは大体普通の魔術師の保有する魔力がほぼ完全に回復するくらいの回復量を持たせている錠剤を、リドルは五粒も飲んだのである。

 そんなに飲んでしまって過剰摂取になったりはしないのだろうかと心配にはなるし、さらにマインは指やら手やら腕やらにリドルの歯型をつけられていて、悲鳴を上げたい気分でいっぱいであった。

 その声のない悲鳴でもリドルの耳に届いたのだろうかと思ったマインだったのだが、様子を伺ってみるとどうもそういう話ではないらしい。

 リドルの目は、どこか遠くを見つめていた。

 地面に座り込んだまま、焦点の合わない目でどこか分からない場所を見つめているリドルの姿は、どこかしら現実離れしたような雰囲気を感じる。

 近寄りがたい何かを感じつつも、何か止めなくてはいけないような気がして、思わずマインは手を伸ばす。

 その手をリドルが軽く自分の手で押さえようとした瞬間、爆ぜるような音と共にマインの手に衝撃が走った。

 以前にも起きたこの現象は、マインも予め予想しており、怯むことなく手を伸ばしはしたのだが、衝撃を受けてわずかに止まってしまった時間の分だけ、リドルの動きが先を行く。

 不自然なくらいにスムーズに、ふらりと立ち上がったリドルがわずかに体を沈ませる。

 それが走り出す時の予備動作。

 地面を蹴るための準備であると気付いた時には、リドルは強く最初の一歩を踏み出していた。


「嘘だろ、おい」


「マスター!」


 アイの上げる悲鳴を遠くに聞きながら、マインは目の前の光景が信じられずに呻く。

 それを説明するのであれば、ただの村娘であるはずのリドルが理由も分からないままに走り出そうとして地面を蹴った、というだけのこと。

 ただそれだけのことであるはずだと言うのに、マインの目の前で大地が大きく爆ぜて割れた。

 巻きあがる土砂にもみくちゃにされながら、引き延ばされた体感時間の中で、二歩目を踏み込んだリドルの前方にあった木立が粉々に砕け散る。

 何が起きているのかと、周囲の状況から自分の知識を思い起こしていたマインhあ、背後から伸びて来た腕が自分の腰へ回されるのを見た。

 それはアイの腕で、リドルが起こした地面の崩壊範囲からマインのことを運び出そうとしている。

 魔術を抜きにして考えれば、アイの腕力や体の頑丈さはマインの能力のかなり上を行く。

 つまりこの場において、アイがどうにかできないような状況になっていれば、自分にできることなど何もないだろうと考えて、マインはリドルの観察に専念する。

 まるで、小型の竜巻か何かだと、マインはアイに体を引っ張られつつ思った。

 どこか一方向に移動し続けているリドルは一歩ごとにその速度を増しながら、周囲の木々なり大地なりをとてつもない勢いで破壊し続けている。

 おそらくは移動する前に口にした悲鳴の聞こえる方向とやらへ突き進んでいるのだろうが、ではその突き進んだ先には一体何があるというのか。


「アイ、追えるか?」


 マインがアイに尋ねた時点で、既にリドルの姿はかなり先へと進んでしまっていた。

 地面や木々を破壊しながら進むリドルの追跡は、難しい話ではないのだろうが土砂と木片とが入り混じった道を、馬鹿正直に真っすぐ追跡していくのはなかなか大変そうである。

 そう思って尋ねたマインに、アイはマインの体をお姫様抱っこの要領で抱え上げると、リドルが破壊した後を軽やかと表現できる足取りで走り出した。

 足下の状態は最悪で、人を一人抱えているというのにアイの走りは揺らぐことなく、その技量にマインは感心する。


「たいしたもんだ」


「それは自画自賛でしょうか?」


 アイはマインの手からなるホムンクルスで、その能力設定はマインが行ったものだ。

 自分で設定しておいて、それを自分で褒め称えるというのはいかがなものかと思うアイなのだが、その腕に抱えられたマインは何を言っているのだろうと不思議そうな顔をする。


「確かに腕力やら脚力の初期設定は俺がやったが、人を抱えて足場の悪い地面を駆け抜けられる技量はアイのものだろ?」


「それは……お褒めに預かり恐縮です」


 ふいと視線をそらしつつ、平坦な口調で礼を述べたアイなのだが、その頬はわずかに赤らみ、口角が少しだけ上がる。

 照れと嬉しさを無表情の下に隠そうとして大失敗しているなと見て取ったマインなのだが、当然それを言葉にするような愚は冒さない。

 言えばアイは動揺を隠そうとして何かしらの大失敗を発生させるか、隠しておきたかったことを暴きたてた報いとして、マインに何かしらの報復を試みかねないだろうと予想したからだ。

 マインがアイと付き合った時間はリドルよりもずっと長く、それだけにマインは自身の予想にかなりの自信を持っていた。

 だからこそそこには触れず、別なことを話す。


「アイ。この辺りの地理は?」


「把握しております。元々私はマスターの探索のためにこちらに来ましたので」


「それは何というか……ご苦労様?」


「えぇ本当に。もっとも今回は当たりを引けましたので、報われた気持ちでいっぱいですが」



 仮面のような笑顔を向けられて、マインはアイの腕の中で居心地悪そうに身じろぎする。

 それを腕力で押さえつけて、アイはマインに質問の意図を尋ねた。


「地理を把握しているのなら、この方向というかリドルの行き先に何がある?」


 結構無茶なことを言っているなという自覚がマインにはあった。

 何せ今いる場所は銛の中で、色々とあって正しい方角の情報がかなり怪しい。

 マイン自身、リドルがどちらの方向へ向けて移動しているのか、判断できなかったからこそアイに答えを求めたのだ。

 もちろん、分からないと答えられる可能性が高いことは承知の上で。


「ご主人様の進行方向には、しばらくは何もありません」


 そんなマインの考えとは別に、アイはしっかりとした口調で答えを返してきた。


「ただ、そのずっと先には村が一つ。おそらくは……マスター達が生活してこられた村ではないかと思われます」


 そしてその答えは、マインが想定していた中では悪いものに分類されるものであった。

土日は一日一更新になります。


というわけで。

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