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魔術師マインの名前は、魔術師の間という限られた範囲の中で真偽不明のまま、いつまでも噂として語り継がれている代物である。
実際、魔術師同士の互助組織であるギルドには、その名で登録されている魔術師が何人か存在しているのだが、その内の誰かがそれに該当するのか。
或いはその中に含まれていないのかすら定かではない。
実在しているのかすら疑わしいとされる魔術師。
ある魔術師はその魔術師のことをこう評した。
曰く、暇を持て余した幽霊のような存在である、と。
実在すら疑われている存在であるというのに、その魔術師によるものであるとされる功績は魔術師ギルド内で三桁を超える。
魔術師を育成するための教本に研究者不明のまま記載されている数々の情報は、その大半が魔術師マインのものであるとされているし、歴史を紐解いてみればどこかの国の建国や、どこかの国で起きた革命。
魔導災害と呼ばれた災害の解決に、古代竜や魔王といった超越存在の討伐。
そういった大きな出来事のほとんどに、関わり方は様々なれどもその魔術師の影が見え隠れしているとまで言われている。
時をさかのぼれば、世界最大の宗教国家である聖国の建国時に作られた憲章にまで名前を連ねていると言うが、聖国は建国してから五百年を越える歴史を持つ国だ。
脈絡もなく節操もなく、どこにでもいるようでどこにもいない。
幽霊と呼ばれれば、なるほどそれは言い得て妙かもしれないなと本人は思っている。
「そんな魔術師様が辺境の村で農民生活ですか。しかもご丁寧に子供時代から暮らすためにわざわざ体まで作り変えて」
血臭漂うコボルト達の討伐場所から離れて、人が数人程どうにか座れそうなくらいの地面を見つけ、アイがやっぱりどこから用意したのか分からない敷物を敷きながら、声音も態度も共に呆れていますということを声高に主張させつつ言う。
「悪趣味ですマスター。しかも孤児を装うとか。人の迷惑を考えていませんよね?」
マインは現在住んでいる村で孤児として育てられてきたが、本当のところは孤児でもなんでもない。
だと言うのに孤児を装い、人の好い夫婦をだますなど、許される行為ではないと主張するアイに、マインは未だに意識を失ったままのリドルを、アイが敷いた敷物の上へと寝かせてやりながら答える。
「誰も騙してなんかないぞ」
「では何かと引き換えに口裏合わせを?」
たとえば金銭と引き換えに、自分を孤児として育てるような取引をしたのならば、支払う金額にもよるが、そう悪い取引ではなかったのかもしれない。
そう考えたアイだったのだが、マインは首を横に振った。
「俺、赤ん坊だぞ? 取引を提案してくる赤ん坊とか不気味すぎるだろ」
アイはマインがある程度、育った状態で村に行ったものだと思っていたのだが、実際マインが村に拾われたのはマインが赤ん坊の状態であった時のことだ。
自我ははっきりしていたので、取引をもちかけようとするならばやってやれないこともなかったのだろうが、確かに現金を差し出しながら自分を育てるようにと取引を持ち掛けてくる赤ん坊など、不気味以外の何者でもない。
「ではどうやって?」
まさか行き当たりばったりで、拾われることを期待しつつ、神頼みで孤児をやったわけでもないだろうにと不思議がるアイへ、マインは答えを教えた。
「育ての親もお前と同じ。ホムンクルスというわけだ」
アイは人の腹から誕生した人種ではない。
似てはいるものの、その正体は魔術師や錬金術師が研究室の中で作り出す、人口生命体ホムンクルスと呼ばれるものだ。
通常、小さなフラスコの中でしか生きられない程度のものしか作り出されないはずのそれを、マインは人族と代わらない大きさで作り出せるばかりか、その能力もかなり自由にカスタムできる技術を確立させていた。
この技術は現在、生命の創造というなかなか微妙な問題に直面しており、その詳細は魔術師ギルドの手によって厳重に秘匿されている。
「それでしたらまぁ……他人様にご迷惑をおかけしていないという点は評価致しますが、排他的なことが多い農村に、よく夫婦一組紛れ込ませましたね?」
「それはまぁ。村の立ち上げから参加させてたからな」
辺境に限らず農村では、仲間意識が強すぎるせいなのかよそ者をとても警戒する傾向にあることが多い。
そこへ夫婦を一組、潜入させる苦労は並大抵のものではあんかったろうにと思うアイへ、マインが返した答えにアイはしばらくきょとんとした後、何か心当たりがあったのかぽんと一つ手を打った。
「もしかして数十年前に手を付けた、ホムンクルスによる草の根活動の人的資産だったのですか?」
土地に根付いた人材というものは、どうしてもある程度以上の年月をその地で消費しなければ作り出すことができない。
ならば手当たり次第あちこちに、ホムンクルスを人として派遣し、そこで長く生活をさせることによって現地に根付いた人材を作り上げてしまおうというのが、アイが口にした草の根活動というものであった。
つまりマインやリドルを育てた村の夫婦は何十年か前に、そういった使命を帯びて村の立ち上げから参加していたホムンクルスだった、というわけである。
「なんという無駄遣い」
「別に仕事の邪魔はしていないし、消費したわけでもないのだから構わないだろうに」
「まぁ……しかしそれはおかしくはありませんか?」
マインが寝かせたリドルの頭の下へ、やはりどこから用意したのか分からない丸めた毛布を枕代わりに差し込んでやりながらアイが言う。
「その手の子らは定時連絡を義務付けられていたはずです。マスターの居場所についても報告されるはずだったのでは?」
アイがマインを発見したのは、本当に偶然の産物であった。
それまではマインの居場所をアイは知らなかったのだが、定時連絡で情報が入っていたのであれば、アイが知らないはずはなかったのである。
「それくらいの権限を私は持たされていたはずだと記憶しています」
「創造主の権限で、内緒にしてくれと」
「それはズルいです、マスター」
やるだろうなと思いはするものの、本当に方法を実行されてしまうと対処する方法がない。
申し訳なさそうな顔になるマインの前で、アイはがっくりと肩を落としたのであった。
ストックが自転車操業状態に入りました。
というわけで。
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