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「コボルトだと?」
声を大きくすることもなく、マインは驚く。
飛び出してきたの何かの正体を即座に看破したマインだったのだが、その思考は何故こんな所にという思いで一杯であった。
犬の顔に人型の体を持つこのコボルトという種族は、ゴブリンよりも個体としては少しばかり手ごわいといった位の魔物だ。
ある程度は種族として生産的な活動も行っており、種族内で繁殖が完結する。
つまり、ゴブリンのように略奪で生活を賄う必要がなく、他の種族をさらってくるような必要もないので、基本的に人里に近づいてくることがなく、積極的には人に襲い掛かってこない魔物なのだ。
とは言っても全くの無害かと問われれば決してそんなことはなく、遭遇すればそれなりに危険な魔物である。
ただその危険度は、個体ならばゴブリン以上のはずなのだが、大概の場合は圧倒的にゴブリンの方が危険であると判断されていた。
余談ではあるのだが、ドワーフという背の低い、ずんぐりむっくりとした亜人がいるのだが、彼らからコボルトは目の敵にされており、ドワーフの集落近くにコボルトが目撃されると一族総出で駆逐に乗り出すくらいなのだが、理由は不明である。
そんな情報をつらつらと頭の中で巡らせていたマインの目の前で、突進してきていたコボルトの頭部が風切り音と共に砕けた。
飛び散る血肉を慌てて回避するマインの視線の先で、他の二匹のコボルトが眉間から一本ずつナイフをはやした状態で仰向けに倒れていく。
「ご主人様。それって剣なのですよね?」
「うーん? そのはずなんだけど」
瞬く間に三匹の仲間を倒されて、後続のコボルト達がたたらを踏んで立ち止まる中、アイがどこからそんなに大量に準備したのかと目を疑うくらいの本数のナイフを両手に握りつつリドルに尋ね、尋ねられたリドルは納得がいっていないといういう顔で、自分が握る剣の刃をしげしげと眺める。
「なんで切れなくなったんだろ?」
疑問の言葉を口にしながら、リドルは自分から見て一番近い位置にいたコボルトへ一歩踏み込むと、右手一本で振り上げた剣をコボルト目掛けて振り下ろす。
虚を突かれて動けなかったコボルトは、リドルの刃を左肩にまともに受けたのだが、刃を受けたコボルトの体はそこから断ち切られるのではなく、何か圧倒的な質量をそこに受けたかのように、ぐしゃりと潰れて地面に叩きつけられた。
「マイン、これおかしくない?」
「おかしいかおかしくないかで問われれば、極めておかしい」
マインがそう答えるのも無理はないことだった。
実はリドルが持つ剣は、リドルには内緒にしていたのだがマインの意思でその切れ味を操作できるように仕掛けられていたのだ。
そしてゴブリンを退治した後、その切れ味は最低ラインまで抑えられている。
何故そんなことをしたのかと言えば、刃物に関しては素人であるリドルに、いつまでも切れ味のいい刃物を握らせておくのは危険だろうと考えたからだ。
コボルトが出てきたときに切れ味を戻しておけばよかったのだが、何故こんなところでコボルトに遭遇するのかという疑問で頭が一杯であったマインは、すっかりそれをやらずに忘れていたのである。
しかし、切れ味を落としたからといって他の要素で威力を補うようなこともまた、マインは全くしていない。
つまりコボルトが叩き潰された件にマインは、何も関与していないということである。
そこから導き出される推測は二つ。
一つは遭遇したコボルト達の体が異常に脆くなっていたのではないかということ。
要因は不明ながら、絶対にありえない事態だとまでは言い切れないものの、その可能性は非常に低い。
もう一つは、こちらも考えにくい話ではあったのだが、剣を振るうリドルが何らかの原因によってコボルトを一撃の下に叩き潰せるだけの力を宿したのではないか、ということだ。
こちらも普通に考えればありえない。
リドルは普通の村娘であり、特に体を鍛えていたわけではなく、体つきも全身これ筋肉と言われるくらいのものをまとっているわけではない。
しかし、とマインは自分の右手を見る。
思い当たる節があるのだとすれば、先程考えなしに迎撃に出ようとしたリドルを止めたときのことだ。
その襟首を掴んで引き止めようとしたマインの手は、衝撃と熱湯に突っ込んでしまったかのような熱さを感じていたのである。
それらは普通のことではない。
どこの世界に襟首を掴んだだけで、手に衝撃と熱とを与える村娘がいるというのか。
「おかしいな? ちゃんと刃筋は立てて切り付けているつもりなんだけど」
何が起きているのか自分でもよく分からないと手にした剣を眉根を寄せて凝視するリドルの頭上では、今度は下からすくいあげるように振られた刃を受けたコボルトが、悲鳴を上げることもなくくるくると回転しながら打ち上げられている姿があった。
コボルトはゴブリン同様に小柄な分類に入る魔物である。
しかしいくら小柄といっても人族の子供くらいの背丈と体重はあるのだ。
それだけの質量を持つ生き物が、村娘が片手で繰り出す一撃をくらって、その頭の高さよりさらに上空へと打ち上げられると言った光景は尋常なものではない。
「マスター、これは一体何が起きていると言うのですか?」
アイに問われても、マインは即答できずにいた。
いくつかの仮定はできるものの、そのいずれにしてもこれだという決め手がない。
不確かな情報は判断の誤りを導きかねず、仕方なく全く分からないと正直に答えようとしたマインは、また一匹のコボルトを空中へと打ち上げたリドルの姿を見守るアイの両手から、あれだけ大量に用意されていたナイフが一本もなくなっていることに気が付いた。
「アイ。ナイフとフォークは?」
「全て滞りなく、コボルト達にプレゼントし終えましたが?」
そう答えたアイの周りには、ナイフの柄を剣山のように体のあちこちから生やしたコボルトの死体がごろごろと転がっていた。
「いつの間に?」
「主人の知らぬ内に掃除を終わらせるはメイドの嗜み。掃除等をやっている姿をお見せするのは主人に頑張ってますアピールをするときだけです」
なかなかにあざとい発言を臆面もなく言ってのけるアイへ、マインは呆れた表情を隠すことなく星団に溜息を吐き出したのであった。
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そんなこんなで。
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