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「マスター、ご主人様。妙な雰囲気があります。ご注意を」
マインが激しく頭を振り、その様子をきょとんとした表情で見守っているリドル。
その二人にやや押し殺した声でそう告げたのはアイであった。
アイの声には強い緊張感が含まれていて、マインは頭を振るのを止めて周囲を見回し、リドルは落ち着かない感じできょときょととあちこちに視線を巡らせる。
「何が来る? 何故こっちに……って、原因はこれか」
マインの目が燃え尽きたゴブリンの集落へと向けられる。
一気に高火力で焼いたその場所からは延焼こそ起きていないものの、多少の煙が上がっていた。
さらに爆発に等しい急激な燃焼は周囲に大きな音を響かせたはずであるので、それらが何かしらの注意を引いてしまうのは当然だろうなとマインは思う。
「詳細不明。多数。逃亡は条件付きでまだ可能です」
「いちおうその条件というのを聞いておく」
「随行者の放置ですが?」
「却下だ。考慮に値しない」
「おや? そぅですか」
なんとなくおどけて驚いたと言うようなジェスチャーを見せるアイに、マインは険しい視線を向ける。
半笑いのアイと、それを睨みつけるマインとの視線が交差し、先に態度を改めたのはアイの方だった。
「お許しくださいマスター。ふざけ過ぎました。この罰は如何様にでも」
表情を消し、折り目正しく礼をするアイに、マインはそっと目を伏せつつ言う。
「罰する気も特にない。たださっきのような提案は最初から考えるに値しないということは覚えておけ」
「はい」
何かが来るという情報とは全く別の所で張りつめてしまったらしい緊迫感の中で、リドルがマインの服の裾を引く。
「どうした?」
「今のやり取りは、私が足手まといだということかな?」
正面からそう問いかけられて、マインはどう答えたものかと刹那の間、迷ったのだがすぐに無言で首を縦に振る。
誤魔化すということも考えなくはなかったのだが、アイとはっきり意見が対立するところを見せてしまった以上、下手なごまかしはかえって悪い結果を生み出しかねないと考えたのだった。
「マインも同じ意見?」
今しがた、アイに向かってそれは否定しただろうにと思ったマインなのだが、すぐにその考えを改める。
アイとのやりとりを確かにリドルは見ていたのだろうが、はっきりと言葉にして自分の考えを聞きたいと思っての質問だろうと思ったからだ。
リドルが見ている手前、形だけでもアイの意見に反対意見を述べた、と考えることもできる以上はきちんと自分の考えとはこうであるということを伝えておかなくてはとマインは口を開く。
「俺の見立てでは、リドルを連れていても何ら問題なくこの場から逃げることができる、と考えている」
「なるほど。でもアイさんと同じく逃げるという点では意見が一致しているわけだ」
「それは……流石にこのメンバーで詳細の分からない何かと戦闘を行うという選択は躊躇ってしまう」
下手を打たなくともこれは命に係わる話であり、ここは正直な評価を伝えるべきだろうと思うマインに、リドルは何か納得したように何度か頷いてから、おもむろに自分が装備している剣を掲げると、力強く言い放った。
「その評価、覆そう!」
「待て、何をする気だ」
頭痛をこらえるかのように自分の額に手を当てて、目を伏せつつ問いかけてくるマインに、リドルは明後日の方向に剣の切っ先を突き付けて言った。
「当方に迎撃の覚悟あり!」
「待て待て待て」
「大丈夫。なんかやれそうな気がするし。根拠は欠片もないけれど!」
「ないのかよ……」
呆れかえりつつ、放っておくと何の根拠もない勢いそのままに突撃していきそうなリドルの首根っこをマインが右手で掴んで捕える。
そのまま押さえ込みに行くかと思われたマインだったのだが、何かに驚いたように顔をゆがめ、リドルを捕まえていた手をすぐに放してしまった。
「マスター?」
「大丈夫だ。何ともない」
アイの目からその反応は、まるで熱湯にそれと知らずに手を突っ込んだかのように見えていた。
そして実際マインは熱湯に手を入れてしまったのではないかと思うような熱さと衝撃とを感じていたのである。
やけどを負うほどではなかったものの、明らかに赤くなったマインの手を見てアイの顔色が変わった。
「マスター。手が……」
「問題ない」
きちんと大丈夫だと伝えておかないと、今度はアイがどのような行動をとるか分からなくなってしまう。
最悪の場合、何らかの方法でリドルがマインに攻撃を仕掛けたとまで考えかねず、そう考えてしまったらアイはリドルのことを敵だと認識してしまいかねない。
そうなってしまうと事態の収拾がつかなくなりかねず、とマインが考えている間に首への拘束がなくなったリドルが剣を構えて再度、どこかへ突撃しようとし始めた。
これをマインは先程の様に不用意にではなく、きっちりと覚悟を決めた上で今度は左手を使って肩を掴む。
今度もまだ、熱気と衝撃とがマインの左手を襲ったのだが、来ると前もって分かっていれば耐えられる程度の代物で、マインは手を離すことなくリドルの体を引き寄せる。
「どこへ突っ込む気だ?」
「敵のいる方向へ!」
びしっと剣先で一方向を指し示すリドルなのだが、確認を取るかのようにマインがアイを見ると、アイは静かに首を左右に振ってから、リドルが切っ先で指し示したのとは完全に反対方向を指さし、両手の人差し指を交差させてバツを作った後、マインとリドルに開いた手を向けた。
「全然反対方向?」
「接敵まであと五秒?」
リドルとマインがそれぞれ、アイのジェスチャーから読み取った情報を口にすると、アイは正解ですとばかりに満面の笑顔で親指を立てて見せる。
それとほぼ同時に、木々の陰に紛れるようにして近づいてきていた者達が、一斉にマイン達のいる拓けた場所へと殺到してきたのであった。
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