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痺れてしまった手をリドルが振ったり揉んだりして回復させようとしている間に、マインはリドルが攻撃した二匹のゴブリンを調べる。
脳天を割られた個体はぱっくりと開いた傷口から頭の内容物を垂れ流した状態で即死。
もう一体の方は、刃を食いこませたところで止まってしまっていたので、もしかしたら息があるのではないかとマインは考えていたのだが、刃を叩きつけた時の衝撃が大きく、喰い込ませた刃の幅が広かったらしく、こちらも死亡していた。
リドルは剣なと使ったことはこれまでほぼ全くと言っていいくらいにないはずである。
農村に住むただの村娘にそのような機会はまず訪れないからだ。
そして剣とは、その知名度や汎用性のわりにきちんと扱うのはそれなりに難しい代物である。
だからこそ、ほとんど初めて使ったに違いない剣で、いくら油断していたとは言え二匹のゴブリンの命をきっちりと断ってみせたリドルの腕前に、マインは少しだけ驚きを感じていた。
「おや? 見事ですね。マスターが手ずから討ち取られたのですか?」
ゴブリンの死体を調べていたマインが頭上からかけられた声に顔を上げると、そこにはエプロンドレス姿のアイが手を後ろに組んだ状態で立っていた。
気配も足音もなく、唐突にそこに現れたとしか思えないようなアイの登場に、リドルはぎょっとして身を引いたが、マインはこれには特に驚いた様子も見せないままに問いかける。
「おかえり。首尾は?」
「抜かりなく。この通りに」
ひょいとばかりにアイが前へと差し出した手に摘ままれていたのは手のひらサイズの布の袋だ。
色は赤から黒に近く、中身がたっぷり入っているのが外から分かるくらいぱんぱんに張りつめている。
アイが摘まんでいる袋の口の辺りだけは何故だか白く染め残されていて、変なデザインの袋だなと思うリドルはどうぞとばかりに差し出されたそれを受け取ろうとして、ぎりぎりの所で漂う異臭に気が付いた。
臭いに粘度というものがあるのだとすれば、べっとりとへばりつくような粘度の錆と脂の臭い。
よく見てみればアイが摘まみ上げているその袋は、元々は白い布の袋であったようで、袋をツートンカラーに染め上げているのは、大気に触れることで赤黒く変色した何かの血だったのである。
「おやご主人様。気付かれるとは流石ご主人様」
いたずらに失敗した子供のような表情と声音で、褒めているようでまるで褒められたようには感じない言葉を吐くアイに、リドルがマインの背に隠れた。
「マイン、あの人ちょっと怖い」
わずかに体を震わせつつそう言うリドルだったが、さもありなんとマインは溜息を吐く。
ただでさえあまりよく知らない相手から、得体の知れない代物を押し付けられそうになるだけでもそれなりにストレスを感じるだろうに、その得体の知れない代物が血塗れの袋だと言うのだ。
警戒するな、と言う方が無理がある。
しかし、アイにはアイの言い分というものがあった。
「ゴブリンの耳ですよこれ」
「耳?」
マインの背に隠れたまま、アイが言った言葉を繰り返したリドルは、地面に落ちた袋がゴブリンの耳を切り落とし、ぱんぱんになるまで詰め込んだ袋であるということを理解して顔を引きつらせる。
地面に落ちた血塗れの袋は、いくつかの事実を物語っていた。
一つは片耳が入っているのか両耳が入っているのか分からないが、手のひらサイズの布袋をぱんぱんに膨らませるくらいの数のゴブリンが、この巣にはいたのだということ。
そしてそれらのゴブリンが既に、アイの手によって死体へと変えられてしまっているということ。
そして最後にそれを、リドルが二匹のゴブリンを倒している間という短い時間の内に、成し遂げたのが目の前でにこにこと笑っているメイドなのだということだ。
わざわざ耳を切り落とし、これを袋の中へと詰め込む作業まで考えると、ゴブリンの討伐作業自体はもっと短時間で行われたということになるのだが、笑っているメイドの衣服にはどれだけ目を皿のようにして探してみても、一滴の血すら付着したような跡は見受けられなかった。
「本当にこれメイド?」
「それ以外の何に見えますでしょうか?」
「メイドの皮を被った何か」
「それはコアな一部の層に人気が出そうな皮ですね」
笑顔を崩すことなく、少しばかりズレたことを言い出すアイに、リドルは何かはぐらかされたような気分になりつつも、それ以上の追及を避けた。
得体の知れない相手が、自分にもわかってしまうくらいのレベルで話をはぐらかしにかかったのである。
リドルにはそれが明確な、そこに触ってはいけないという警告のように思えていた。
「アイ、あまり脅かすんじゃない」
「申し訳ありません。何となくそれっぽい強者ムーブを決めて見たかっただけなのですが」
警戒感を深めていくリドルの様子に、マインがアイを嗜め、アイはぼやきながらも血に濡れた布袋をつまみ上げると手首のスナップで、それを宙へと放り投げた。
放り投げられた袋はそのまま放物線を描いて地面へと落ちるかと思いきや、その放物線の頂点に到達した瞬間に、何の前触れもなく不意に消えてなくなってしまう。
ぎょっとして目を丸くし、何かを問いかけようとしたリドルを制して、アイは地面に転がっている二匹のゴブリンを指さした。
「そちらのゴブリンから、耳は切り離さないのですか?」
リドルはアイがわざわざゴブリンの耳だけを集めて持ってきたのは、これだけの数のゴブリンを倒しましたよというコトを証明するためだと思っていた。
しかし、実際は違う。
人に害をなす存在であるゴブリンは、これを倒して耳をしかるべき場所へと持ち込むことによって報奨金がもらえるのだとアイは言う。
大した金額ではないのだが、今回のゴブリン退治では他に金になるような物がなく、少額でもないよりはずっとマシであろうと考えて集めて来たらしい。
「回収はやはり、倒した本人がやらないといけません」
アイにそう言われて、握っている剣とマインの顔とを交互に見比べ始めたリドルに対し、マインはこう言い放つ。
「代わってもいいが、これくらいのことができないようでは冒険者も騎士も、なるのは難しいと思うぞ」
何事もまず経験だしと言うマインに、リドルは覚悟を決めて剣を逆手に持ち帰ると、動くことのないはずのゴブリンの死体へとじりじりとにじり寄っていくのであった。
なぁ、〇〇おいてけよなぁ。
の〇〇の部分に入れるものとは。
というわけで。
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