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「メイドの扱いがひどすぎやしませんか?」
勢いよく打たれた頭をさすりつつ、そんな文句を言うアイに対しマインは自分の唇の前に人差し指を立てて、静かにするように合図する。
それを見たアイは不服そうにしながらも黙り込み、リドルが何か見つけたのかとマインの服の裾を引けば、マインは唇の前に立てていた指をゆっくりと、とある方向へと向けた。
そちらへと目を向けたリドルとアイは立ち並ぶ木々の向こう側に少々拓けた場所があるのをめにして、慌てて木の陰に隠れるように身を寄せる。
「大騒ぎさえしなけりゃ大丈夫だぞ?」
一人だけ、特に身を隠そうともしていないマインが少し笑いを含んだ小声でそう言うと、リドルとアイは木立からそっと体を離す。
「本当に大丈夫なの?」
わざわざ村から出て来てみて、相手に気取られて逃げられ、何の成果も挙げられずに帰るというのは勘弁してほしいと思うリドルに、マインは自信ありげに頷いた。
「昼間だからな」
「昼間だと大丈夫なの?」
普通、それは夜とかの話なのではないかとリドルは思う。
夜ならば人は寝静まり、多少騒いだところで起き出しては来ない。
「ゴブリンは夜行性だからな」
つまり、人種とは昼夜が逆転しているのだとマインは言う。
主に夜にこそ行動するゴブリンにとっては昼間の時間帯は眠る時間であり、マイン達が行動している時間はゴブリン達にとっては深夜付近ということになるのだ。
「見張りは立てているだろうが、俺の知る限りじゃ勤勉なゴブリンなんてものにお目にかかったことはない」
「なるほど」
「洞くつを住処にしちえる奴らはこの限りじゃないから気をつけろよ。もっとも今回の奴らは……」
小声で話しながらマインは木立の間からその向こう側の空間を見る。
「例外じゃないゴブリンだったようだな」
そこは木立が途切れ、ちょっとした広場の様になっていた。
その広場を囲むようにして細い木の枝とツルと思しき植物で、造りの粗雑な柵のようなものが備えられている。
柵の中には枯れ木やら枯草を適当に積み上げたような物がいくつかこしらえられていていたが、よく見るとそれらは粗雑に作られたテントのような代物であり、明らかにそこに何かがいるであろうことを示していた。
そしてそこが、ゴブリン達の住処であることを証明するかのように、柵の内側のあちこちに醜い緑色の肌をした小鬼が棍棒やら真っすぐな木の棒の先に金属の破片を括り付けた槍のようなものを持って立っている。
茂みに身を潜めながらそれらを確認していたリドルは、ある程度確認し終えたところで首を傾げた。
外に立たされているゴブリン達は、おそらく見張りか何かだと思われたのだが、そのほとんどは手にした得物を杖代わりにしてこっくりこっくりと前後に舟をこいでいたし、酷いのになると立っていることすらできずに直に地面に横たわって眠ってしまっていたのである。
これでは見張りの役をこなしているとは到底言えない。
これならば集落を潰して攫われた村人を助けるのはそう難しいことではないのではないかと考えてしまったリドルは、真剣な面持ちで集落を観察しているマインやアイの姿を見て自分の考えの甘さを知った。
「見張り含めた三十前後か。面倒な数だな。しかも洞くつ利用じゃなく住処を作るって頭もあるらしい」
「マスター、トーテムが見えます」
「まだ契約してないだろうに……トーテムがあるってことは、上位個体がいるな。巣の規模からしてシャーマンか何かだとは思うが」
「失礼いたしました。ですが便宜上マスターとお呼びすることをお許しください。トーテムの形状からしてマジシャンの方ではないかと考えます」
「トーテムの形状によるゴブリン集落の危険性と発展具合、とかいうレポートだったか? どこの物好きが書いたレポートだったか……って便宜上ってなんだ?」
「初稿は十年ほど前の魔術師、フレドロスク・ゴブリンスキー様だったかと。ご主人様呼びをリドル様に固定しようかと考えておりましたので、マイン様の方はぜひマスターと呼ばせて頂ければと」
「酷い家名だな。マスター呼びの理由は理解した。まぁ好きにしろ」
渋い顔のマインにアイは驚きを露わにする。
「メイドからマスターと呼ばれることは、全男性垂涎の夢と言っても過言ではないと言いますのに」
「それは俺の知らない世界の話だな? 調査研究してみる気はさらさら起きないが」
「是非ご検討を。きっと新たな世界が拓けること請け合いでございます」
「お断りだ。さて、リドル」
妙に噛み合っているなと思うような二人の会話を何気なく聞いていたリドルだったのだが、急に話を振られてびくりと体を震わせた。
「な、何?」
「敵数はおよそ三十。指揮官としておそらくは上位個体であるゴブリンマジシャンがいると思われる。敵側に人質が二人。これは生死不明だな。視認も出来ない。どう攻略する?」
ゴブリン退治に来たのだから、ゴブリンを退治しなければならない。
それは分かっているのだが、マインはその方法をリドルに任せるつもりでいるようだった。
何故と思わないでもないリドルだったのだが、ゴブリン退治を言い出したのは自分で、マインはそれに付き合ってくれているだけなのだと考えれば、具体的な方針を決めなければならないのは確かに自分の方である。
自分のあこがれである騎士王物語の主人公はどうしていたのかと考えると、その主人公は仲間達と共に、正面から堂々とゴブリン達に戦いを挑んでいた。
ならば自分もそれにならうべきかと考えたリドルだったのだが、すぐにその考えを自分で否定する。
普通に考えて三対三十では戦いにならない。
その程度の現実を見るくらいの冷静さをリドルは失っていなかった。
ましてマインは未知数であるが、戦力としては自分とメイドというほぼゼロと計算していいようなメンバーしかこの場にはいないのである。
全員がそれなりに戦う力を持っていた騎士王物語の登場人物達と同じように考えられるわけがなかった。
「こっそり近づくか。遠間から飛び道具か魔術で一匹ずつなるべく静かに処理していくしかないかな」
騎士とは程遠い、妙に現実的で慎重な意見を述べたリドルに、その答えは予想していなかったとばかりにマインとアイはお互いの顔を見合わせたのであった。
メイドさんを出したらブクマが剥がれた。
仕方ないネ、好きなんだもの。
というわけで。
ブクマ、評価、感想などお待ちしております。




