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「お試し期間ですか?」
リドルが訝し気に尋ねたのは、アイがマイン達に言い出した妙な話である。
マインやリドルの話や反応から推測するに、どうやら自分が来てしまった一帯にご主人様と呼べて、メイドを雇うくらいの余裕がありそうなのはマイン位なものらしいということを悟ったアイだったのだが、同時にそのマインはメイドの雇用について全く乗り気ではなさそうだということも理解していた。
それだけ察することができたのであれば、大人しく諦めてアイが所属しているという協会とやらに帰ってくれればいいのにと言うマイン達に対し、てぶらではとても帰れないと主張したアイが提案してきたのがリドルが口にしたお試し期間というものだった。
「金は手持ちがないし。そもそも支払う気はないぞ」
胡散臭い代物を見る目を向けてくるマインに対し、アイは何やら自信ありげな雰囲気と態度でもって、自分の胸の辺りを拳で一つぽんと叩いた。
「お試し期間ですので無料です」
「胡散臭さに拍車がかかった気がする」
農村に住んでいるリドルは、お金というものを使ったことがあまりない。
村で行われる取引のほとんどは物々交換で成立していたし、近くの野原や森、川といった場所で採れる物は金銭を必要としないからだ。
しかし、一見それらは安価や無料であるかのように見えたとしても、実際は労働力という対価を支払った上で入手されている。
つまり、本当に無料で手に入る物などないのだということをリドルは重々承知していた。
それ故にリドルは無料で試せるというアイの仕事を怪しむ。
「無料というお話が信用できないとおっしゃられるのであれば、これは一種の先行投資。つまりは畑に種を蒔くようなものなのだとご説明申し上げます」
頭から信用せず、心底怪しんでいますよということが分かるリドルの視線を受けてもたじろぐことなく、アイは自分の胸に手を当てたままリドルへの説明を始めた。
「種のない所に芽は生まれません。私のお試し期間も、一見無料奉仕に見えるかもしれませんが、実際には一度体験さえして頂ければ、改めてご用命を頂けるかもしれないという目論見へと繋げる布石なのです」
馬鹿正直に自分の目論見を、これから仕掛けようかという相手の目の前でぺらぺらとしゃべってしまうことに関して、それでいいのだろうかと内心首を傾げるマインであったが、それで自分が何かしらの不利益を被るわけでもなく、さらに話を聞いたリドルがなるほどと一定の理解を示したのを見て、これはこれでありなのかもしれないと考え直す。
「お試し期間で何ができるわけ?」
「およそ何でもできます。炊事洗濯掃除はもちろん基本として、護衛、暗殺、諜報なども嗜んでおります。夜のお相手の方はさすがにお試し期間中ではお引き受けしかねますが」
すらすらと立て板に水を流すかのように言葉を紡いでみせたアイに、リドルはしばし考え込むように沈黙する。
やがて考えがまとまったのか顔を上げたリドルは、様子を見守っていたマインにこう告げた。
「マイン。この人、私が知っているメイドとは何か違う」
メイドという職業に就いている人が、家事に長けているという知識はリドルにもあった。
正確にはある程度分業して仕事をするのが普通で、家事全般何でもできるメイドというものは珍しいと学んでいたのだが、人の才能は色々とあるものなのだから、一人で全てを担当できるメイドがいたとしても、その事実は呑み込めなくはない。
夜のお仕事云々についても、そういうメイドが存在しているということをリドルは知識としては知っていた。
ちなみに知識の供給源はマインの家の本棚、ではなく村の女衆からである。
その女衆がどこからそういった情報を得て来たのかまではリドルも知らない。
それはともかく、そこまでならばリドルもアイのことを有能で少々変わった類のメイドとして認識できたはずである。
その認識を邪魔したのは、アイが言った言葉の中に含まれていた別の要素だ。
「護衛って……?」
「ご主人様に常時付き従う身ですから。有事の際には主人を護る最後の盾となることが、メイドの仕事の一つかと」
迷うことなく言い切られて、そういうものなのだろうかとマインに意見を求めたリドルだったのだが、求められたマインは歯切れ悪くこう答えた。
「そう言う特殊なパターンも、全くないとは言い切れない、かもしれない気がしないこともないような?」
「暗殺は?」
「メイドの仕事はご主人様に心安らかにお過ごし頂くこと。つまり主人の気分を害する存在の即時排除は必須技能です」
「マイン?」
「広義に解釈すれば、そのような話になったとしても、とりたてて絶対にありえない話だと非難される程のことではないような気がしないこともない」
何故だか死んだ魚のような目をして、人を煙に巻くような迂遠な言い回しをするマインに、何故そのような反応を見せるのか不思議がりながらも、リドルは最後の要素について尋ねる。
「諜報は?」
「メイドたるもの、主人からの問いには可能な限り素早く正確にお答えせねばなりません。そのための情報収集能力は必要不可避な技能です」
「マイン?」
「何故にいちいち俺に振る? まぁ程度の問題ではあると思うが、メイドが諜報能力を持っていたからと言って、誰かが困るわけでもないだろうし、そういう訓練を受けて来たメイドが存在したとしても、世界の終わりがやって来たりすることはないんじゃないか?」
「そんな感じで如何なものでしょうか、お試し期間」
「マイン?」
「そこも俺に振るのかよ!? えぇっとまぁ……たぶん契約しないだろうし、身の安全やら何やらも全く保証する気はないんだが、それでもいいのか?」
「全く構いません。どうぞよしなに」
完全に突き放した扱いをすることを宣言しても、アイは表情を変えることなく微笑みながらゆっくりと頭を下げる。
これに対してリドルは本当にいいのかと問いたげな視線をマインへと向け、マインはその視線を受けても知らないとばかりにそっと顔を明後日の方向へと向けたのであった。
書き手はみんな思うのでしょうが。
なろうで一発バズりたい。
そう思いつつ今日も更新するのです。
あぁストックが尽きそう……
というわけで。
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