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「マイン、私、家に火を放ちたい」


「よしリドル。ちょっとこっち来い。俺と少しばかり話をしようじゃないか」


 とてもいい笑顔で、さらに非常にはっきりと、それでいて自分の聞き間違いだろうかと耳を疑いたくなるような言葉を、真昼間から臆面もなく言い放った赤毛の少女を、マインは慌てて自宅へと引っ張り込んだ。

 何かいけないことでも口にしただろうかときょとんとした顔をしているリドルを居間へと追いやってから、マインは再び庭へと顔を出すと油断なく周囲を見回す。

 マインの自宅は村の中でも外周部に位置しており、日中ということで村人達は畑仕事に出ているせいか、家の周囲に人の姿はない。

 庭にいる子供達も、マインから提供された食材を消費することに熱心であり、先程リドルが言い放ったとんでもない発言に意識を向けた子はいないように見えた。

 とりあえず、大丈夫なようだとマインは胸を撫でおろす。

 言うまでもないことであるが、放火は大概どこの国の法律に照らし合わせてみたとしてもかなりの重罪である。

 発覚すればよくても村からの追放。

 悪くすれば村人総出で袋叩きにした後に、簀巻きにして村の外へぽいっと投げ捨てられるくらいのことは平気で行われる。

 実際に実行へ移したわけではないので、子供の戯言と誤魔化そうとすればできなくもないのだろうが、その場合でも村の中における評価や評判は地の底まで落ちることは間違いないだろう。

 少なくとも平穏な生活というものからは大きく距離を取らざるを得なくなるはずで、自分以外の誰の耳にも先程のリドルの一言が入っていないようであることは幸運だったとマインは思った。

 その幸運を噛みしめている暇もなく、マインはリドルからちゃんと話を聞いておかなくてはと踵を返す。

 今回はたまたま誰の耳にも入らなかったらしいリドルの一言ではあるが、そんな幸運が何度も続くとは思えない。

 すぐにでもリドルがどのような意図を持って先程のような発言を行ったのか確かめる必要があった。

 冗談であるならば軽々しくそのようなことを口走ってはいけないのだと説教めいたことをしなければならないだろうし、あまり考えたくはないのだが冗談の類などではなかった場合は彼女のそのような発言をさせた何かに関して、早急に手を打つ必要がある。

 いずれにしてもこの対応にはスピードが大事だろうと考えながら居間へと戻ったマインを出迎えたのは、きらきらと目を輝かせたリドルの姿であった。

 居間にはテーブルや椅子が備え付けられていたのだが、座ってなどいられないとばかりに立ったまま、自分が戻ってくるのを待っていたらしいリドルの姿を見て、どうもこれは冗談の類などではないらしいと感じ取ったマインは、軽い頭痛が起きるのを感じながらリドルの椅子へ座るように促す。

 そしてリドルが素直にテーブルにつくのを見届けてから、その対面の椅子に腰を下ろした。


「それで?」


 念のため、マインは質問する。

 極めてわずかな可能性ではあるのだが、最初から自分の聞き間違えだったという可能性が残されていないわけではない。

 むしろそうであってくれと願うマインに、リドルは目を輝かせたまま。聞き間違えようがないくらいにゆっくりはっきりとした声で告げた。


「私、家を燃やしたい」


「何故!?」


 誰しもが疑問に思うであろう質問を即座に行ったマインに対し、リドルは不思議そうな顔をする。

 その表情からどうもリドルは自分の家とはいえ、建物に火を放つと言う行為がどれだけ拙い行為であるのかということを理解していないのかもしれないと考えたマインは、まず放火という行為がどれほど拙い行為であるのかということの説明を行った上で、何故そのようなことを考えるに至ったのかをリドルに尋ねた。

 リドルは他人の家に火を放つという行為についてはそれが非常に悪いことだということは理解していたのだが、逆に自分の家であるならばそれはいいだろうと考えていたらしく、マインの説明に驚いたように目を丸くする。


「自分の家って……おじさんとおばさんの家だろう?」


 孤児であるマインとリドルの育ての親は同じ人物である。

 既に成人したマインは自分の家というものを持っていたのだが、成人前のリドルはその育ての親の家で暮らしていた。

 現時点においてそこはリドルの家ではあるものの、所持しているのはその育ての親であるおじさんとおばさんである。


「成人したら自分の家を持てるよね?」


 成人したと認められた村人には家を持つ権利がある。

 大概は成人する子供の両親や親戚、近所の村人などが協力して成人する子供のために一軒建ててやるのが通例であり、この村でも同じことが行われていた。

 建てられるのは成人の儀式の前後で、前になるのか終わった後になるのかは事情や村によってまちまちであって、特に決められてはいない。


「それに火を放つ気だったのか……なんでまたそんなことに?」


「私、英雄になりたい」


 とある王国の一地方。

 そこにある農村に暮らす村娘が抱く野望としては、かなり規模が大きい上に随分とふんわりとした話だなと、遠い所を見つめる目つきになったマインはふと、これまでの話の流れに引っかかりを覚えた。

 何かしらこれと似たような設定というか話というか、とにかくどこかで見覚えなり聞き覚えがあるような気がして、しばらく自分の知識の中を探ってみたマインは、やがてもしかしたらこれなのではないかと思われる情報を探り当て、それを言葉として発した。


「もしかして、騎士王物語か?」


 それは所謂娯楽小説のタイトルだ。

 とある農村に暮らしていた孤児の少年が、成人の儀式を前にして自分の生い立ちを探すべく村から旅に出る話。

 幼馴染の少女や少年を教え諭す老人。

 旅の途中で出会った様々な仲間達と共に、少年は自らがどういった生まれであるのかを少しずつ知り、やがて騎士王と呼ばれる王となって国を興すといった成り上がりの物語だ。

 娯楽小説の類に限らず、書籍というものは多少値が張る代物なのだが、マインも嫌いな方ではなく、家の本棚には結構な冊数の本が収納されており、騎士王物語も全十八巻が全て揃えられている。

 それらの本は村の子供達にも開放されていて、当然リドルも利用していたはずだ。

 では何故そのタイトルをマインが思いついたのかと言えば、その話の主人公である少年が村から旅立つシーンにその理由がある。

 少年は村を立つ時に、自らの素性を解き明かすまでは決して村へは戻らないという固い決意の証として、自分が住んでいた家に火を放つのだ。

 その炎を背に、村を後にするというシーンが序盤の見せ場として書かれているのだが、家に火を放つとはどこかで聞いた話である。


「毒されたか……まぁその年頃だと分からなくもない話ではあるが」


「マインも賛成してくれる?」


「駄目に決まってんだろうが。そもそもあれは作り話だからこそ映えるのであって、本当に実行したら村に戻らないんじゃなくて戻れなくなるだけだぞ」


 ついでに立派なお尋ね者になってしまうとマインはリドルを説得し始める。

 リドルはすぐに不服そうな顔になったのだが、いかにしたところで放火を見逃すわけにはいかない。

 下手しなくとも村から焼け出されるか、リドルが放火犯として村人達から私刑にあわされるかのいずれかの未来しか見えないとなれば、マインの説得にも自然と力が入ろうというものであった。

書き始めてみました。


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