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多少の手違いや計算違いがありはしたものの、目的地である森までの道中は平穏に消化されていく。
そもそもが、魔物の被害などほとんど発生せず、たまに運の悪い村人や旅人が獣の被害に遭うことがある程度の地域であり、盗む物もないので野盗の類もあまり近づいて来ないのだ。
半日もしない位の時間、それも人がよく使う道を歩いた程度のことで何かあるようならば、村を作って人が居住すること自体が問題である。
ただそれは道中に使った道に限った話であり、一旦そこから離れて森の中などへ踏み込めば、何が起きても不思議ではない危険地帯だ。
道を外れて森へと踏み込む前に、マインは自分でも少々しつこすぎるかなと思うくらいにリドルへの注意を続けた。
言っておけば防げたようなトラブルが言っておかなかったが為に大きなトラブルへと発展してしまっては、悔やんだところで後の祭りだからと考えてのマインの行動だったが、リドルは少しつまらなそうにしながらも、大人しくマインの言葉に耳を傾ける。
それはマインからしてみれば、少しばかり意外に思う反応であった。
リドルのように娯楽小説や歌に感化され、行動に移したような人物はとにかく地味なことや目立たないこと、或いは基礎的なことを嫌うといったイメージがマインの中にはあったのだが、リドルはマインが持つイメージの外の存在であったらしい。
「まぁ喜ばしいことか」
「何が?」
「こっちの話だ。ところで本格的に森へ入る前に腹ごしらえでもしておくか?」
目的地である森を前にして、マインからの提案にリドルは考える。
時間としては体感になるが、昼にしては少々早いのではないかと思うような時間だとリドルには思えた。
しかし、リドルもマインも本日はかなりの早出であり、その分だけ昼食を摂るのを早めても、問題がないようにも思える。
何より、一度森の中へ入ってしまえば昼食を摂るような時間的余裕があるとはあまり思えない。
そう考えればここでマインの提案に乗っかる形で、昼食時間とするべきではないだろうかとリドルは考えた。
そこまで考えたリドルはマインに同意する言葉を口にしようとして、ふと森の縁にたたずむ人影を目にして、目を瞬かせる。
リドルが発した妙な雰囲気にマインもすぐに気が付き、リドルの視線の先を負うような形で辿っていた結果、リドルと同じものを目にして同じように目を瞬かせた。
そこに立っていたのは一人の女性である。
灰色にくすんだ髪はショートボブに切り揃えられ、頭にはホワイトプリムと呼ばれる装飾品。
病的に白い肌に血の様に紅い瞳。
首から下は黒と白のツートンカラーのエプロンドレスとくれば、とある職業を思い起こさせる格好であるのだが、その職業に就いている者は大概金持ちや貴族の屋敷で働いているもので、人気のない森の縁でぱったりと、何の脈絡もなく唐突に出会うような存在では決してない。
「マイン。私、本で読んだことがあるだけだから、間違っていたらそう言って欲しいんだけれども」
「聞くだけ聞こうか。俺の疑問の答えが見つかるかもしれないし」
「あれ、メイドさんだよね?」
リドルの質問からマインは、メイド服姿の女性が見えているのは自分だけではなく、またその格好からメイドという職業を連想したのもまた自分だけではなかったのだなということを知る。
だからどうしたということもないのだが、少なくとも自分の目と頭はそれなりに平常通りなのだなとマインは少し救われたような思いでそう自覚した。
「マイン?」
「あぁ聞こえてる。それで、あれは中身はともかくとして見た目だけはメイドのそれで間違っていない」
「中身?」
「こんなとこに一人で立っているメイドがただのメイドなわけがないだろう?」
それもそうかと納得した顔になったリドルだったが、そのメイドが急に手招きをし始めたのを目にして顔を険しくする。
あからさまに怪しい場所で、あからさまに怪しい人物からこっちに来いとばかりに手招きされれば、誰だって警戒するだろうとマインは思ったが、リドルの呟きはマインが考えていたものとは全く別な代物であった。
「どうしよう。私、お金持ってない」
軽く肩をコケさせたマインの様子に気付くこともなく、リドルはとてももったいないことをしているといった顔で続けた。
「こんなことなら少しは家から持ち出しておけば……でもきっと高いんだろうなぁ」
「何を考えてる? 何の話をしてるんだ?」
「何って……メイドさんって有料で人に癒やしを与える職業なんでしょ?」
リドルの理解の仕方が正しいのか誤っているのか、マインにはすぐには判断をつけることができなかった。
正しいような気もするし、間違っているようにも思える。
どちらにしたところで今は最優先で確認しておかなければならないことがあり、マインはリドルを問いただす。
「さっき、本で読んだって言ってたな?」
「言ったけど?」
「何てタイトルの本で、うちの本棚のどの辺に収納されてた?」
「そんな急に言われても」
真剣な顔のマインに気圧されるようにして、身を引いてしまうリドルなのだが、尋ねている側のマインからしてみれば、それなり以上に本気の質問だった。
マインの家の本棚は村の子供らに開放している代物であり、そこに収納されている本は誰でも読める物だ。
だからこそ内容には結構気を使って集めた本ばかりが入っているはずなのだが、今のリドルとのやりとりからして幾ばくかの見落としが含まれていた可能性がある。
村の子供らの唯一と言っていい知識の供給源であるマインの本棚にマインのチェックを逃れた本が入っているということは、子供らへの教育にも、マイン自身の村人からの評価にも、多大な影響がある話であり、マインはリドルが読んだらしい本も含めて、一度しっかりと自分の家の本棚に収納されている本の数々を調べなおしておかなければと固く心に誓うのであった。
PV1000オーバー、ポイント100pオーバー。
とてもありがたいことです。
引き続きよろしくお願いします。
というわけで。
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