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魔術師にとって研究とは、大体はある程度の成果を得た時点でこれを公表し、魔術師としての評価や称賛、資金を得るためのものであるが、研究室自体を誰かに見せるような魔術師はとても少ない。
何故なら研究室には研究成果のみならず、研究の過程までが入っているからだ。
成果や結果は確かに貴重な情報ではあるのだが、そこに何故至ったのかや、そこに至るまでにどのようなアプローチを行ったのかといった情報の方が、実はより重要であると考えられているからである。
マインも結果よりは経過に重きをおいて考える人物であり、自宅地下の研究室にこれまで自分以外の誰かを入れたことはなかった。
その研究室にリドルが足を踏み入れる。
「危険な物も多い。勝手にあちこち触らないように」
「分かった、って言いたいんだけれど……これ、どこを触っても危ないんじゃ?」
マインが指先に灯していた魔術の光を、軽く指を弾いて天井へと飛ばす。
飛ばされた光は天井に当たるとそこに貼りつき、少しだけ光量を上げて部屋の中を照らし出し始めた。
それによって部屋の様子が見えるようになったのだが、マインの研究室内部の様子を目にしたリドルは驚くより先に呆れた声を上げる。
研究室の中は非常に雑多であった。
一見してよくわからない代物や、どこかで見た覚えがあるような品物。
或いはその辺の雑貨屋でも扱っていそうな品々が、どこをどう組合わせればそうなるのか分からないような積み上げ方で壁際に、所狭しとそびえ立っていたのである。
もし触れば、ほぼ確実に崩壊してきそうなそれを目にして、流石にリドルも不用意にそれらの山に触れたいとは思わない。
「色々と放り込んだからなぁ……」
積み重ねられた品々は、たとえ上から順番に注意深く取り上げていったとしても、やはり崩れ落ちてきそうな危なさを含んでいた。
それを察して近づこうとはしないリドルとは対照的に、無造作に近づいたマインは詰まれた品々の間に適当かつ無造作に手を突っ込む。
ぐらぐらと揺れ出した品物の山に、リドルは表情を引きつらせたのだが、偶然なのか幸運なのか、積み上げられた品物の山は崩壊することなく、マインはその中から適当な感じで革製の胴鎧を引っ張り出してくる。
「身に着け方は分かるか?」
「たぶん?」
胴鎧の構造はさほど複雑なものではない。
少々固くて着づらいところはあるが、一度着てしまえば後は紐で締めるだけなの簡単なものだ。
一人でそれを装備することができない等と言おうものならば、それを理由にしてゴブリン退治を諦めさせようかと思うマインだったのだが、リドルはそれを身に着けるのが初めてだとはとても思えないような手際の良さで胴鎧を身に着ける。
リドルが着ている服は女性用の平服で、上は厚手のシャツなのだが、下はスカートになっていた。
腰から下をカバーするための革の脚鎧もマインの研究室にはあることにはあったのだが、スカートの下に装備させるのは無理だと判断して、その代わりにとマインは丈夫そうな革のブーツを取り出して、これをリドルへと放り投げる。
さらに革の手甲をリドルへと渡すと、リドルはそれを受け取りつつ不思議そうな表情を見せた。
「どうした?」
「うん、何故マインの所に革鎧が一式セットであるのかなって」
マインは魔術師である。
魔術師は基本的に鎧の類を自分で身に着けるようなことはまずしない。
身に着けれないという訳ではないのだが、一般的にあまり体を鍛えていないことが多い魔術師達は重かったり嵩張ったりするような装備を嫌う傾向にあり、マインもその例に漏れてはいなかった。
だと言うのに、自分がまず使わない代物が普通に研究室に置かれているのはおかしいのではないかと思うリドルに、マインは軽い口調で応じる。
「そりゃ、それ。研究資料だからな」
「え? それって……」
「見た目はただの革鎧だが、一応魔術付与品だぞ」
世の中には永続的な効果を持つ魔術のかけられた物品がある。
外見や効果は様々で、遺跡から発見されたり、とんでもなく高い実力を持った魔術師が細々と作成していたりする物が世に出回るのだが、魔術付与品と呼ばれるそれらの品々には総じて言えることがあった。
「もしかしなくとも……高額な品?」
品物の種類や付与された魔術の効果にもよるが、魔術付与品は非常に高値で取引される。
最低でもその取引には金貨が必要で、上は青天井だ。
事と次第によってはそれこそ国が取得に動くことすらある。
流石にそれ程にまで高価な品物をマインが持っているとはリドルも思っていなかったが、数がそろえばそれなりの金額になるはずで、ガラクタの山に見えるマインの研究室にある品々を、リドルは軽く目を見張りながら改めてまじまじと見つめてしまう。
「マインって実はお金持ち?」
「魔術っての金がかかるんだよ」
研究するにせよ修行するにせよ、魔術という代物はとにかく金がかかる。
資料、材料はもちろん、触媒や場所や設備やらとかかる費用を数え上げていけばキリがないのが魔術なのだ。
さらも金をかけようと思えば、どこまででもかけていけてしまうのも魔術である。
ほとんどの魔術師は常に金策に頭を悩ませていると言っても過言ではない。
「マインはどうやって金策したの?」
「内緒だ。教えてやれるわけが……って俺をそんな目で見るな。御法に触れるようなことをしていたわけじゃない」
金という代物は悪いことをしないと貯まることがない、と言う話がある。
マインもそういったことをしてきたのかと、蔑むような目を向けて来たリドルにマインが嫌そうな顔をした。
「俺の懐事情はともかく、今はお前の装備を整えるのが先だろう」
「話、そらした?」
「聞きたけりゃ後で教えてやらないでもないが、さっさと仕度をしないとこの件、誰かに先を越されても知らないぞ」
「むぅ。マイン、私、武器は剣がいい」
「剣か。高いんだがなぁ剣は」
マインの研究室に、魔術付与品である剣は何振りかはあった。
しかし、剣の魔術付与品は需要が高く、あまり大したことのない品物であったとしてもかなりいい値がつくことが多い。
剣の扱い方が分かっているとは言い難いリドルにそれを使わせることについて、多少の抵抗を覚えなくもないマインであった。
しかし、リドルが感化されているらしい騎士王物語の主人公は、後に騎士になるからという訳ではないのだろうが、武器は剣を使っている。
それを知るリドルが、剣以外の武器を選択するとはマインには思えず、手頃な効果で手頃な値段の物が研究室になかったかなと、マインは期待を込めた顔を向けてきているリドルの前で、品物の山へと手を突っ込むのであった。
豚はおだてると木に登るそうです。
どうかおだててください(切実)
というわけで。
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