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03-29

 生きたまま解体される、という行為は誰が聞いても酷い拷問であり、自分のみには絶対に起きて欲しくない出来事の一つであろうとリドルは思う。

 それはできれば何の恨みもない他人の身にも起きて欲しくないことではあるのだが、では縁もゆかりもない悪魔の身にそれが起きている場合、自分はどのような感情を抱くのが正解なのだろうかとリドルはぼんやり考える。

 それはもしかしたら、リドルの精神的な逃避だったのかもしれない。

 逃避でもしていなければ、こんな光景をまともに見れる訳がないだろうにと思うリドルの目の前には、何がどうなっているのかよくわからない、赤黒い液体にまみれた塊が一つ転がっている。

 これが元々は巨大な人の形をしていて、自分達を襲ってきた悪魔だったのだと説明して、果たして信じてくれる人はいるのだろうかとリドルはマインの左腕に抱えられたまま思う。


「意外と粘るなこいつ。まだ生きてる」


 マインがつま先で肉塊を強めに突くと、肉塊はまだ生きているということを主張するかのようにびくりとその身を震わせた。

 そんな姿にされても尚、生きているという悪魔の生命力に驚くやら感心するやらのリドルなのだが、流石の悪魔も生きているのが精一杯なようで、外側からの刺激に対しては震える意外のことはまるでできなくなったらしい。


「思わぬところで大収穫だったな」


 ぐったりとしているリドルとは対照的に、上機嫌で戦利品の品定めをしているのがマインであった。

 その周囲には様々な大きさの瓶が用意されており、マインは片手でそれらを掴んでは中身を確かめ、必要な物を自分の<インベントリ>へ収めていく。


「採った端から再生してくれるから、目やら爪やらかなりの数が採れたな。自己修復能力の強い個体はこれだからいい」


「私は悪魔に軽く同情する」


「自分で使う分を別に確保して、余分は売り払えばかなりの収入になるぞ。もっともこれを扱える魔術師を探すのが一苦労なんだが」


 採れたてほやほやで、生きている悪魔から生きている内に採取した代物で、さらに採取したのがマインであるという逸品である。

 素材としての質はかなり高く、そうそう市場に出回るようなレベルの物ではない。

 もちろんそれにつけられる値段も相当なものが予想されたのだが、品物の由来を聞けばそれを知っている魔術師ならば借金をしてでも購入したいと考えるような代物であった。


「マインがご機嫌なのはいいんだけど、私はいつまでこうやって抱えられてればいいの?」


 リドルが少し不機嫌そうに言うのも無理のないことであった。

 何せマインが悪魔を生きたまま解体し続けると言う拷問まがいの行為を、目の前で結構長い時間見せられ続けていたのだから、気分もやさぐれようというものである。

 ただマインも、何も意地悪をするためにリドルを抱えていたというわけではなく、そこにはきちんとした理由が存在していた。

 それは悪魔が活動する場所には、生ある者の体を蝕む瘴気が漂うからだ。

 マインやアイはその瘴気から身を守る術を心得ているものの、リドルはさっぱりである。

 そんなリドルが瘴気に触れてしまえば、命にかかわりかねない。

 故にマインはリドルを抱え続けることで、リドルの身を瘴気から守り続けていたというわけなのである。

 その事実をマインがリドルに丁寧に説明してやると、リドルの顔に理解の色が浮かび、続いてさっと青ざめた。


「もしかして私、今相当に危ない状態?」


「まぁ割と?」


 リドルが身にまとっている装備はマインが暮らしていた村の研究室で、研究材料として保管されていた品物でそれなりに品質がいい。

 それらを身に着けていれば、もしかしたらちょっと血を吐くくらいのところで収まって、命を落とすところまでは至らないかもしれない。

 情報は正しく伝えてやるべきだろうと考えて、推測も交えてマインが現状というものをリドルに伝えてやると、リドルは抱えられている腕の中でくたりと体から力を抜いた。


「リドル?」


「引き続き大人しくしているので、運搬をよしなに」


 少しくらいリドルが暴れたところで運ぶ手間としては大したことがない。

 とは言え大人しくしていてくれるのであれば、それは助かる話であり、任せておけとばかりにマインがリドルの背中を軽く叩いたところで、アイがエプロンドレスの裾を揺らしながら二人の方へと近づいてきた。


「お疲れ様です、マスター」


「疲れただけの収穫はあったな」


「それは喜ばしいことですが、この後はどうされるおつもりですか?」


「それなー」


 アイの問いにマインは考える。

 悪魔が召喚されたことにより、草花が枯れ、木々が何本も折れている周囲の状態に関しては、マインは放置していくしかないだろうと考えていた。

 特に何かができるわけでもないし、元々人の目を避けて通って来た道とも言えないような場所での出来事であったので、誰かに見られてどこかに通報されるような危険もないだろうと思う。

 ただ問題はあった。

 今いる土地から隣の領地へと抜けるために参加したダリルの商隊は悪魔を呼び出すための生贄となって全滅してしまっている。

 そのダリルの商隊を止めるために、道案内と引き換えに助力したエルフ達はダリル達同様に悪魔の生贄として喰われてしまったか、その後に呼び出された悪魔によって殺されてしまっていた。

 たとえ幸運にも難を逃れてその辺に潜伏しているエルフがいたとしても、悪魔の放つ瘴気の前に、あっさりと絶命してしまっていることだろう。

 つまり、この場で生きているのはマイン達だけであり、ここから先にマイン達を道案内してくれるような誰かがいなくなってしまったのである。


「これもどうにかしなくちゃならんし、困ったもんだ」


 体の外側や内側を問わず、あちこちを剥ぎ取られた悪魔のなれの果てをつま先で蹴ったマインは、ふと震える肉塊の近くに、絶命しているエルフが転がっているのに気が付いた。

 体の凹凸がない上に顔立ちがみんな整っているので男女の区別がつきにくいエルフではあるのだが、スカートを穿いているいることからおそらく女性なのだろうと思われるエルフの死体。

 それを発見したマインが、何か思いついたようにはっとした顔になる。


「いいことを……」


「絶対にいいことではないですね」


「マイン、私もそれはアイに同意する」


 言葉を途中で遮る形で、二人から否定の言葉を投げかけられたマインは、自分の顔からそんなろくでもない雰囲気が漏れ出ていたのだろうかと、愕然とするのであった。

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