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03-25

 森の中に悲鳴が響き渡る。

 それは何かに襲われるエルフ達の悲鳴だ。

 悲鳴と悲鳴が重なり合う中に、時たま乾いた木立の枝が折れるような音や、湿った何かを力任せに潰したような音が混じる。


「なるほどなぁ。これが目的だったか」


「異常事態だと思うんだけど、マインを見てるとそんな気がしてこない」


 感心したようにつぶやくマインの横で、周囲の惨状に比べると比較的平然としているように見えるリドルがそんな呟きを漏らす。


「何だ!? 何が起きていると言うんだ!?」


「マスター、一人で納得されていないで説明をお願いします。こちらのエルフが何か暴発する前がよろしいかと」


 もう少しで錯乱状態に陥るのではないかと心配するくらいに混乱しているエルドアの横で、周囲の状況などまるで気にした様子もないアイが、淡々とそんなことを言いながら自分達の方へ伸びて来ようとする黒い触手を、無数のナイフで迎撃している。

 エルフ達が触手に対して振るう剣やナイフ、弓矢といった武器はその全てが外れるか、当たっても触手に何の痛手も負わせることなく表面で弾かれているのに対して、アイがどこからともなく出現させているナイフは、浅くではあるのだが触手に対して突き刺さり、そのナイフが突き刺さるたびに触手がびくりと震えては箱の内側へと引っ込んでいく。


「何故だ!? 何故こちらの攻撃が通らない!?」


「品質、というよりは武器そのものにかけられている魔術付与のおかげかと。私のナイフはマスターのお手製ですので」


「おかしいだろ!? その数のナイフ全てが魔術付与品だと!?」


「はい。全てに貫通特化とダメージ増加の魔術付与が行われております」


「使い捨てみたいに使ってるじゃないか!」


 エルドアに言われてアイは、平坦な視線を暴れまわっている触手へと向ける。

 アイのナイフは触手に刺さると、触手と一緒に箱の中へと引きずり込まれており、回収できていない。

 回収できる見込みもない以上は、確かに使い捨てだと言われてもおかしくはなかった。

 当たり前のことなのだが、魔術付与品というものは非常に高い。

 ナイフといえどもアイの口にした効果が付与されていれば、相当な値段がするはずで、アイはそれを湯水のごとく使い捨てているようなもので、エルドアが激高するのも無理のない話であった。


「装備は使ってこそ意味があります。そもそも投げナイフ自体が使い捨てのようなところのある装備ですので、魔術付与されていたとしてもそれは変わりません」


「エルフでもやらんぞそんなことは!」


「エルフではできない、の間違いなのでは?」


 意識してなのか無自覚になのか、アイがエルドアを煽るような言動をすることでその注意を引きつけている間に、マインはリドルを安全な場所へ移動させるべくその手を引いてその場から少し離れていく。


「え? いいの?」


「別段、あれをどうにかしなけりゃならない義理とかないしなぁ」


「それはそうだと思うんだけど、そもそもあれは何?」


 リドルが指さした先にある箱は表面が真っ黒に染まり、開いた口からは無数の触手が吐き出されてゆらゆらと揺れている、とても現実離れした状態になっていた。

 時たま触手に絡みつかれたエルフが生きたまま引きずり込まれたり、その触手に貫かれたり叩き潰されたりして絶命した状態で箱の中へと引きずり込まれたりしている。

 ダリルとダリルの使用人達、それに冒険者達の死体を飲み込んだ上でさらにエルフ達を引きずり込んでいるその箱は、明らかに大きさから考えられる収容限界を超えているはずだというのに、中身があふれ出てくるようなことがない。


「あれは罠だな」


「罠?」


「そう。おそらくはダリルの依頼主とやらが箱に細工をしていたのだと思われる」


 箱に異常が起きてようやく、マインはその箱が何を目的としてダリルに運ばせようとしたのかということを理解していた。

 おそらく罠自体は、箱の床部分に仕込まれていたのだと思われる。

 そこに描かれた術式に、箱の中へ詰め込まれた犠牲者の命を捧げることで術式が起動し、何かしらの異形をこの場に呼び寄せた、という現象が目の前で起きているらしい。

 つまりダリルの依頼者は本来この現象を、インダストロール王国の王都エイアンで起こす気だったのだろう。

 その依頼主にとって計算違いだったのは、箱自体が王都に着く前にエルフとマイン達の手によって止められてしまったことに加えて、エルフ達がエルフの子供らではなくダリルやダリルの使用人、敵方に寝返った冒険者などを放り込んでしまったということである。

 その辺りをマインがリドルに説明すると、リドルは首を傾げた。


「なんでエルフの子供を箱詰めしたの?」


「さて、そいつは……黒の森に何か用があったのかもしれないが……」


 ダリル達がエルフの子供を誘拐し、箱詰めして連れて来たせいでそれを追いかけるエルフがそれなりの数、黒の森を出てしまっている。

 それは出たエルフの分だけ黒の森に残っている戦力が低下しているということで、黒の森で何かするつもりであるならば、これと似たようなことを何件か同時に発生させていれば結構な数のエルフを黒の森の外へ出してしまうことができるかもしれない。


「子供を箱詰めにしたのはたぶん、時限装置だな」


「じげんそうち?」


「術式に捧げられる命が一定値を超えると、術式が起動する細工だな。おそらく王都で発動するように調整していたんだと思うが」


「何故、エルフの子供を?」


「大人だと王都まで誰も死なないまま着くかもしれないだろ?」


「酷い話になっちゃうけど。王都でその術式とかいうのに命を捧げて発動させればよかったんじゃないの?」


「黒の森に用があって、王都に割く人員がなかったのかもしれないし。仮に失敗して途中で箱の中身をみられるようなことがあっても、箱の床に仕込まれた術式には気付かないかもしれないから事が露見しにくいだろ」


 マインとて、エルフ達が箱の中に死体を放り込んで無理やり術式を発動させたりしなければこれには気付かなかったに違いない。

 誰が好きと好んで汚物やら何やらで汚れた箱の床などを調べようと思うだろうか。


「問題は、この術式が何を呼ぶつもりなのかってことなんだよな」


「え? この触手じゃないの?」


「こいつは術式が起動した後、さらにイケニエを引きずり込むためだけのものだから……術式が呼んでる代物とはまた別なんだよな」


 犠牲者に子供のエルフが選ばれたというのは保有する魔力が高い割に、体が未熟であるために生命力がやや低く、劣悪な環境に置いては命を失いやすいという部分があったのだろうなと、これはリドルに説明することなくマインは心の中で思う。


「止められないの!?」


「術式自体は起動しているから、追加の生贄がなくとも呼ぶモノは呼んでしまうんだよなぁ」


 いやはやまいったねとばかりにマインが苦笑いしつつ肩を竦めて見せると、リドルは打つ手なしとばかりに自分の額に手を当てて、諦観と共に空を見上げたのであった。

現在、毎日更新継続中。

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