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03-23

「依頼を受けた時点で前金として金貨五千枚。成功すれば追加で一万枚出そう」


 唐突に聞こえて来た若い男の声。

 その内容にリドルは思わずぽかんと口を開けてしまった。

 提示されている金額が、あまりに多過ぎると感じたのだが若い男の声はそんなとんでもない条件いさらにとんでもない条件を付けくわえる。


「それと別に、支度金として金貨三千枚を出そう」


 要はこの依頼を引き受けた時点で仕事をする前に金貨八千枚。

 仕事が成功すればさらに一万枚が追加されるという破格の報酬の提示であった。

 確かにこれだけの報酬を約束されていたのであれば、数千枚程度の費用は許容範囲内であってもおかしくはない。

 そんな常識外れの依頼をダリルへ行ったのはどこの誰なのか。

 リドルもエルドアもダリルの相手である、おそらく若い男性と思われる人物を注意深く見たのだが、その顔は何やらぼんやりと映ったり、影のようなものが差したりしてと、はっきりと見ることができなかった。


「マイン、これ……」


「ダリルの認識が阻害されてたみたいだな。ダリル自身は気が付いてなかったようだが……余程の恥ずかしがりやだったのかね」


 冗談めかしてマインがそう言うと、エルドアが眉根を寄せる。

 当然、マインが言ったことが真実であるわけがなく、ダリルの相手が何らかの方法でダリルの認識を邪魔しているというのは、その人物に何かしらの後ろめたいことがあるからに違いなかった。

 さらにそのような処置をしていたということは、この人物はダリルの記憶を何らかの方法で覗かれる危険性があるということを認識していたということになる。


「本当にそれでよろしいのですか?」


 一体こいつはどこの誰なんだとダリルが相手にしている人影を目を凝らしてみていたマインは、ダリルが相手に話しかけたのを聞いて、意識をそちらへと戻す。


「ご依頼は箱一杯のエルフの子供。これを王都まで運んでそちらの手の方に引き渡す、と」


「それで間違いない」


「箱はそちらから提供して頂いた物を使うと。しかし、あの箱ではエルフの子供などいくらもしない内にみんな死んでしまうのではありませんか?」


 運ぶエルフ達がすぐに死んでしまったのでは依頼が達成できず、報酬をもらい損ねてしまう。

 そう考えたらしいダリルの質問に、対面の若い男が笑いながら答える。


「そこは気にしなくていい。私からの依頼はあくまでも、エルフの子供らを捕えてこの箱をいっぱいにし、インダストロール王国の王都エイアンまで運ぶ。ということだ」


「妙な話だ」


 マインがそう呟くのも無理はなかった。

 当初マイン達はダリルやダリルに依頼をした者を違法な奴隷商人か何かではないかと考えていたのだが、依頼主らしき人物の言葉でその考えが少々違うのではないかという線が浮かび上がってくる。


「これじゃこの箱にエルフを詰めて運ぶこと自体が目的だったみたいじゃないか」


「私にもそう聞こえたけど?」


「リドル、考えてみてくれ。あの箱にエルフの子供をぎっしりと詰め込むことの是非はとりあえず考えないことにしてだ。その箱を王都まで運んだだけで金貨一万八千枚だぞ?」


 それがどれだけ異常なことかとマインが強めに言うと、リドルの表情に理解の色が浮かぶ。


「そっか。依頼主の利益がどこにあるのか全然見えてこないんだ」


「見えないというか、この依頼主は金貨一万八千枚もの出費をどこで埋め合わせするつもりだったんだ?」


 正直に取引をするのであれば、ダリルの話を持ち掛けたこの人物は成功報酬などで一万八千枚もの金貨をダリルに支払うことになっていたのだが、何の見返りも自分に発生していないのだとすれば、ただ金貨を消費しただけの愚かな行為だ。

 まともに取引をする気がなく、後金に関してはこれを最初から踏み倒す気だったのだとしても、前金と支度金とでダリルに金貨八千枚を渡しているのである。

 それ以上の見返りがこの人物にないのであれば、完全に赤字の意味不明な依頼ということになるのだが、そうなってくるとダリルの依頼主の狙いは営利的なもの以外であった、としか考えられない。


「箱を運ぶこと自体が目的だった、としか聞こえないよね?」


「我々の子供らを箱詰めにして運ぶことにどんな意味があるというのだ?」


「それは分からないけれど、というかこの人もよくこんな怪しい依頼を受ける気になったよね」


 リドルは商人ではなく、元々は普通の村娘でしかなかったが、それにした所でダリルの所に持ち込まれたこの話が仕事として引き受けるにはあまりにも怪しい代物だということは、誰かに教えてもらわなくとも分かる。

 そのリドルよりも損益についてはうるさく、敏感であろうダリルがこんな怪しげな依頼を引き受けたというのは、確かにおかしな話であった。


「それもたぶん、魔術なんだろうなぁ」


「そんな魔術まであるの?」


 通常ならば引き受けてもらそうにない話を引き受けさせるような魔術があるのだとすれば、取引については魔術師こそが最強なのではないか、とリドルは思ってしまう。


「精神系の魔術を使えば契約書にサインをさせることくらいは簡単だ。ただ持続性がないから後々揉めるかもしれないな。今回の場合は<ガイドポスト>という第三位階の魔術で思考を誘導した結果だと思われる」


 <ガイドポスト>自体はそれほど強力な魔術ではないとマインは言う。

 ただ対象は術者の話をよく聞くようになり、なんとなく言う通りにしてもいいかなと思いやすくなる。


「後は話し方と高額な報酬とで釣ったんだろうな。やはりこいつは結構な手練れだ」


 精神系の魔術は抵抗できるかできないかに関係なく、術の対象は自分が術にかけられているのだと気付きやすい。

 高位の魔術であれば気付かれたとしても強引に押し切ることができるのだが、低位の魔術で望む結果を導き出そうとするとそれなりの手練手管が必要になる。


「俺は苦手だ」


「マスターの場合なら最初から<ドミネイション>の魔術で完全に支配した方が手っ取り早いでしょうから」


「お前ら、そんな高位魔術をぽんぽんと……一体何者なんだ?」


「通りすがりの魔術師にメイド。それと英雄志望の冒険者だよ」


 これ以上なく簡略化、かつ適切な自己紹介だろうと自負するマインへエルドアは全く納得のいっていない目を向けるのであった。

現在、毎日更新継続中。

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