03-21
ダリルへの施術はそれほど長い時間は行われず、術式を書き込んだ円がダリルの頭部を一往復しただけで終わる。
頭部に生えていた毛という毛が全て消されてしまい、口からは血の混じった泡を吹き、目と鼻から色々な物を垂れ流した状態でぴくりとも動かず、下半身の方はなにやら垂れ流したモノと地面の土とが混ざりあった泥で、かなり酷い状態になっていた。
「どうすればいいんだこれ?」
「さぁな。俺に聞くなよ。好きにすればいい」
あまり近寄りたくも触りたくもないような状態のダリルをエルドアが指さしつつ尋ねるのを軽くあしらって、マインはダリルの頭の上に滞空していた術式の円を自分の掌の上へと回収する。
後はお好きにどうぞとばかりにマインがダリルに全く興味を示さないのを見て、エルドアは深く溜息を吐いた。
「勝手な奴だ。仕方ない。これならばもう十分に苦しんだだろうから、楽にしてやれ」
エルドアの指示で、二人のエルフがてきぱきとダリルの体を木立に縛り付けていたツルを切り、ついでとばかりにダリルのノドをさくりと切り裂いてしまう。
既に痛みをかんじるようなまともな精神が残っていなかったのか。
あるいはそれまでにマインの術によって与えられた責め苦に叫ばされすぎて、ノドが潰れて声も出せなくなっていたのか。
いずれにせよダリルは一言も発することなく、裂かれた傷口から一度だけ勢いよく赤い血を噴き出したかと思うとそれきり全く動かなくなった。
「エルドア、残りの人間はどうする?」
「全員始末しろ。知らずに参加しただけならば見逃すことも考えたが、金に目がくらんで敵に回るような奴らだ。我々の敵になった時点で生きて戻れる目などなくなったのだと教えてやれ」
ダリルとは違い、まだ何もされていなかった冒険者達や使用人達が、全員この場で殺されてしまうと知って口々に命乞いをしたり、この期に及んで恫喝をしたり、取引を持ち掛けようとし始めたのだが、エルドアは部下らしきエルフに処理を命じた後はそれら全てを黙殺し、何にも応じようとはしなかった。
「エルドア、あちらの三人は?」
「取引相手だ、手を出すな。というか……アレに手を出した場合、我々はここから無事に森へ戻れると思うか?」
エルドアに尋ねられて、エルフ達はそれぞれが首を横に振る。
三人いる内の赤毛の人族の少女については不明だが、銀髪のメイドと黒髪の魔術師についてその実力は、エルフ達の誰と比較しても圧倒的にエルフ達の方が負けていると彼らは悟っていたのだ。
「あの銀髪メイド一人でこちらが皆殺しにされかねません」
「第六位階魔術なんて……うちの長老ですら使える方がどれだけいたか……」
「見えているリュンクスの尾を踏む馬鹿にはなりたくありません」
皆が口々に恐れや驚きを言葉にするのを聞いて、エルドアは頷く。
ちなみにリュンクスとは体長が人の背丈の二人分もあるような巨大な猫で、夜をも見通す目と風のような俊敏さを持ち、鋭い牙と爪とで得物を屠る森にすむ獣だ。
襲われれば手練れのエルフとて、まず無事には済まないと恐れられている。
そんなエルフ達の評価を聞くとはなしに耳にしながら、マインはエルフ達が冒険者や使用人達の処理を始めるのを横目で見つつ、手の中にあるダリルの知識や記憶を転写した術式をゆっくりと解きにかかった。
「マイン、それは見てていい?」
声をかけられた方へ目をやれば、アイを連れたリドルがなるべくエルフ達の方を見ないようにしながら近づいてくる姿があった。
「あぁこれは多分大丈夫だ。情報共有という点からも見ていたもらった方がいいかもな」
後でわざわざ言葉で説明することで情報を共有するよりも、ここで見ていてもらった方が手っ取り早いだろうとマインが頷くと、リドルは近寄ってきてマインの手の中でまだ回転している円を興味深そうにのぞき込んだ。
「アイも見ていていいが、周囲の警戒を同時に実行しておいてくれ」
「お任せ下さい」
一応大きなトラブルは過ぎ去ったとは言え、マイン達の周囲にいるのはエルフばかりが子供も合わせて数十人である。
彼らが急に心変わりし、マイン達に襲い掛かって来た場合、術式の展開の集中しているマインやそれを見ているリドルでは反応が遅れてしまうかもしれない。
そうならないよう万が一の備えとして、マインはアイに警戒を命じたのだが、アイがマインに一礼してから油断なく周囲に目を向け始めると、エルフの内の何人かがとんでもないとばかりに激しく首を横に振る姿があった。
そんなつもりはなかったのだが、アイ一人で冒険者達全員を無力化させてしまったのは、エルフ達にとっては少々脅し過ぎたような結果になってしまったと、マインは苦笑しながら手の中の円へと意識を向ける。
今、マインの手の中にあるのはダリルの頭の中身を転写した代物だ。
しかし、今のままでは情報として閲覧することができない。
人一人の頭が内包している情報を全て取り出すために、かなり圧縮した状態にする必要胃があったからだ。
故にこれを見るためには展開するという作業が必要になるのだが、ゆっくりと解けていく情報の塊をマインは雑な手つきで選り分けていく。
<ブレイン・ハック>の魔術はダリルの持つ情報全てを抜き出してくるため、マインが必要としていない余計な情報まで根こそぎ抜き取ってしまうのだ。
時間があれば、人一人の人生一回分の情報であるので、ゆっくり鑑賞してもよかったのだが、今は時間がなさ過ぎた。
だから必要のない部分を削除し、必要な情報だけを見れるようにしようとマインは作業しているのである。
「何か不思議だねこれ」
円の中から白いもやのようなものが立ち上り、宙に消えていく様子をリドルはそのように評したのだが、消えていってるのはダリルの知識や記憶であり、どちらかというと人が存在した証のようなものを雑に消去しているという殺伐とした光景なのだが、実情を知らなければリドルのような感想を抱くらしい。
特に本当のことを説明する必要性も感じず、不思議な光景で終わるのであればそのままの方がいいだろうと思いながら、マインはダリルの記憶の中から自分が探している情報を見つけるために、情報の選別を続けるのであった。
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