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03-16

「まともに戦う必要はない! 森を抜けられさえすればいい!」


 ダリルの側からしてみれば、荷馬車を抜けさせることこそが目的であり、戦闘自体には全く意味がない。

 無理にエルフ達やマイン達を倒す必要というものがなく、できるものならば適当にあしらって追い返せればそれでよかった。

 それに対するマイン達の方はやや微妙だ。

 ダリル達を皆殺しにする必要はないものの、あまり手加減をして逃げられてしまったのでは負けに等しい。


「なんだか面倒だな?」


 最良の結果を考えるのであれば、敵側の全員を捕縛できればいいのだろうが、それを実行するための手間を考えるとマインとしては他の方法を考えたくなる。


「マスター、ご指示を」


「適当に始末。最悪でもダリルだけ生きてればエルフに引き渡すのに申し訳は立つ」


「了解。荷馬車の足止めはお願いしてもよろしいでしょうか?」


「はいはい。<スパイダー・ウェブ>」


 使った魔術は第一位階。

 マインの指先から生じて飛んだのは白い粘液のようなもので、これが荷馬車の車輪に直撃するとその粘性でもって車輪が回らないようにしてしまう。

 すぐさま近くにいた冒険者達が車輪からその粘液を引きはがそうとしたのだが、引きはがすどころか触れた手が粘液から離れなくなり、周りの仲間に助けを求め始める。

 そこへアイが切り込んだ。

 左右の手に一振りずつナイフを握り、エプロンドレスの裾をはためかせながら、歴戦の剣士もかくやと思うような鋭さをもって、十数名いる冒険者の真っただ中へ単身でである。

 まさかメイドが単身で、しかも正面から切り込んでくるとは思わなかったのか、冒険者達の反応は遅れた。

 武器を構えて前へ出るには、アイの踏み込みはあまりにも鋭すぎていて、その場から後退しようにも、相手はたかがメイドと侮りすぎていて。

 どちらの行動も取れなかった冒険者の首の左右を二条の銀光が掠める。

 一拍遅れてぱっくりと口を開いた傷口から勢いよく赤い血を噴き出し、くるりと白目を剥いた冒険者が地面に膝をついたときにはもう、アイは次の冒険者の両目と喉とを横一文字に切り裂いており、新たに噴き出した血の一滴を浴びることもなく身を翻す。


「なんだあのメイド!? 馬鹿みてぇに速くて強いぞ!?」


「誰か止めらんねぇのかあれ!」


 口々に叫び喚く冒険者達の間を、エプロンドレス姿のメイドが疾走する。

 生い茂る木立も、本来ならば服に引っかかりそうな下草も、その速度を落とす役には立たず、アイが駆け抜けた後には鎧などで守られていない所に無数の切り傷をつけられた冒険者達がのたうち回った。


「痛ぇっ!」


「野郎! すれ違いざまにこんな切り付けて行きやがったのか!」


 致命傷からは程遠い傷ではあっても、出血は確実に体力をそぎ落とし、切られたという事実は被害者の精神へダメージを与える。

 さらに浅く数の多い傷は処置をするにも手間がかかるが、きちんと手当をしなければ体を動かすたびに痛みが走り、まともな行動がままならなくなってしまう。


「畜生! 誰かポーションもってねぇのか!」


「おい! <ヒール>をよこせっ!」


 傷口にかけるか、飲むかすれば傷を治すことができるポーション。

 あるいは法術である<ヒール>ならば素早く手当てができると声を掛け合う冒険者達であったのだが、そんなことはアイも承知の上である。

 冒険者達が荷物や腰に巻いたポーチから取り出そうとしていたポーションの瓶は投げつけられた小石によってことごとくが割られ、神に祈りの言葉を捧げて法術を行使しようとしていた若い神官らしき男は即座に接近してきたアイによって、眉間をナイフの柄頭に打たれて失神。

 回復の手段をきっちりと潰してから、アイはエプロンドレスのポケットへ手を突っ込むと中から何かを掴みだし、冒険者達へ叩きつけるように投げつけた。


「何だ!?」


 冒険者達の体に当たってぱっと散ったのは、白くて小さな粒。

 砂のようなそれは大きく広がって冒険者達の体へと付着し、一部は口を開いていた冒険者の、その口の中へ飛び込んでいった。


「ぺっ! ぺっ! なんだこれ……しょっぱ……」


「これ、塩じゃ……」


 白くて小さな砂のような粒で、口に入るとしょっぱく感じるものといえば、やはり塩だ。

 そう考えた冒険者達は何故そんな物をメイドは自分達に向けて投げつけたというのか疑問に思い、その疑問に対する答えが出る前に冒険者達はその答えを体で知ることになる。


「痛ぇっ! 沁みるっ!」


「傷口に塩がっ!?」


「水くれ、水っ!」


 小さくて浅いとはいえ数多くある傷口に塩をぶちまけられたのだ。

 当然そこには激痛が走り、冒険者達は傷口から塩を叩き落とそうとするのだが、粒が小さい上に汗や傷口から流れた血に濡れた塩粒は叩いたくらいでは落ちてくれない。

 万全を期すのであれば、たっぷりの水で洗い流したいところではあるのだが、そんな大量の水を持ち込んでいる冒険者などいるわけがなかった。


「マスター、大体終わりました」


 まだ元気そうな冒険者には改めて傷口を作り、塩と途中からカラシまで一緒に塗り込んで、一人残さず悶絶させたアイがどことなく満足そうにマインへ告げる。

 一方のマインはと言えば、アイが冒険者達を相手にしている間にダリルとその使用人達を相手にしていた。

 相手にとは言ってもこちらは一方的で、最初に<ホールド・パーソン>という拘束用の第二位階の魔術で全員の動きを止め、自由を奪った後でその辺に生えていたツルを使ってダリル達を縛り上げ、地面へ転がしておいただけである。


「ツルを取るのが一番大変だった」


「レジストに失敗すると身も蓋もない展開にしかならないですね」


「レジストされると一大事だがな」


「マスターの魔術をレジストできるのって、かなりの手練れですよ?」


「いないとは限らないだろ」


 どうかなと首を傾げるアイに、冒険者達を縛っておくように指示をして、マインはこちらを見守っているエルフ男性の方を見る。


「さて、会話は可能か?」


 マインの問いかけにエルフ男性はただこくりと一度、頷いてみせたのであった。

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