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サブタイトルまで手が回らないのです。

 その日は、魔術師マインにとってはいつもと特に変わったこともない平凡な日常の中の一日であるはずだった。

 王都の魔術学院を卒業し、生まれ故郷の村へと帰って来ていたマインは、他の学生達のように金や知識、刺激を求めて冒険者と呼ばれる魔物退治や遺跡探索を行う職業に就いたり、収入と安定を求めて研究所や王宮に務めたりすることなく、こじんまりとした家にそこそこの量の書物を詰め込み、のんびりと読書をしてみたり、少しばかり畑仕事に精を出してみたり、気まぐれに村の子供達に文字や簡単な計算を教えたりするような生活を送っている。

 その日もマインは村の子供達に簡単な計算をいくつか教えていた。

 この授業は子供達からの受けはまぁまぁなものであったのだが、その親達からの評判はかなり悪い。

 そんな知識を得たとしても、使い道が農村で農民をやる分にはほとんどないじゃないかという意見。

 そして、農村においては子供と言う存在も立派な労働力の一つであり、それを多少の時間とはいえ拘束されてしまうということのしわ寄せは親の方に来る。

 そう考えれば勉強を教えるというマインの行為は好意的に受け入れられなくとも、仕方のないことであった。

 マインがそこをどのようにしてクリアしたのかというと、まず授業料を取るようなことをせず、参加してくれた子供にはおやつ程度の軽食を出すようにしたのである。

 無料な上に軽くとはいえ一食浮くとなれば、村人達の間からマインが子供達に授業を行うようなことを拒絶するような話は出なくなった。

 代わりに授業料も取らずに子供達に勉強を教えているマインへの変人という噂や、いったいどのようにして生計を立てているというのかという疑惑の目やらが生じることになったのだが、本人が学院の生徒時代に作ったり、発表したりしたものがそれなりの利益を生み、食うには困っていないので自分が育った村へ少しでも貢献したいと考えたのだという説明を行うと、彼への評価はお人好しの変人という所に落ち着く。

 そんな彼が、今日も今日とて村の子供達に勉強を教え、勉強の終わりに芋を蒸かした物やゆでた豆、野草から作ったと思われるお茶などを子供達へと振舞っている時のことであった。

 子供達の食欲という物はすさまじい。

 その体の中で胃が占めている割合はどれだけのものなのかと問い質したくなるくらいにとにかく食べる。

 育ち盛りということもあるのだろうが、マインが教室として使っているマインの自宅の庭から子供達が自分の家へと戻れば、かなり大変な労働が待っているのだから、今のうちに食べられるだけ食べておいて体に力をつけなくてはと考えている子もいるのだろうし、どれだけ食べても無料なのだから、ここで食べておかなければ損だろうと考えている子もいるのだろう。

 総じて、マインが勉強を教えている子供達は食欲が旺盛で、用意されていた食料はみるみるうちにその量を減らしていく。


「足りるかこれ……?」


 家にやってきている子供達の数と、これまでに彼らが消費した食料の量から十分足りるだろうと思われる量を用意していたマインなのだが、子供達が一心不乱に食料を消費していく姿を目にすると、目算が少しばかり甘すぎたかもしれないという思いを抱いてしまう。

 本日は献立は蒸したトウモロコシに根野菜のスープ。

 それにお茶がつくというものであったが、何か腹に溜まりそうですぐに作れるような物を追加で用意しておいた方がいいかと自宅のかまどに火を入れなおそうと考えたマインは、自宅へと戻ろうとしたところで身に着けている灰色のローブを誰かが掴んで引き止めたのに気が付いた。

 何事かとそちらを向けば、そこにいたのはマインよりも目線二つばかり背丈の小さな少女である。

 大きな目に赤い瞳。

 農作業で汚れる上に洗うこともあまりないせいで、くすんだ感じのする赤い髪を頭の高い位置で無造作に麻紐で結わえたその少女は、マインのローブの袖を掴み、真っすぐにマインのことを見ている。

 確か、とマインは自分の記憶を探った。

 マインのいる村はそれほど規模の大きな村ではなく、村人の名前と顔をマインはほぼ全て記憶している。

 その記憶によれば、少女の名前はリドルと言った。

 年齢は確か十六歳のはずで、子供と呼ぶには多少ためらわれる年齢であるのだが、成人していない以上は子供と呼んでも差し支えないはずである。

 とは言っても成人間近な年齢でもあるので完全に子供扱いするというのもいささか躊躇われる、そんな年頃でもあった。

 そんな彼女についての情報を、マインはさらに自分の記憶を手繰る。

 地方により多少の違いはあれど、大体の地域で成人年齢というものは十六歳と定められており、十六歳になった年の成人の儀式というものを経て、人はルール上は大人になったと認められることになっていた。

 リドルの場合、年齢の方は既に成人のレベルをクリアしており、あとはその成人の儀式というものを通過すれば、大人の村人として認められるはずである。

 ただ、リドルという少女に関しては少しばかりその生い立ちに問題があり、果たしてすんなりと成人として認めてもらえるのだろうかと、マインはやや心配していた。


「リドル。どうかしたか?」


 袖を引いたということは、何かしら自分に用事があるのだろうと考えて、マインは年長者として落ち着いた口調で尋ねた。

 マインの年齢は二十一歳ということになっている。

 なっているというのには事情があり、実はその事情というものはリドルが抱えている年齢に関する事情とおなじだったりするのだ。

 つまりマインの心配は自らの経験に基づくものなのだが、同時に自分という前例があるので多分大丈夫だろうとも思っている。

 その事情とは、マインもリドルもどちらも孤児なのだ。

 マインは自分の場合の事情をよく知らないのだが、リドルの場合は村の入り口にカゴに入れられた状態で放置されていた。

 普通そう言った子供は、大体の場合は何らかの不幸な結末を迎えるものなのだが、この村の場合はマインという前例があったことから分かるように、そういった子を身請けするだけの余裕がある者がいて、リドルはそこに引き取られることによって不幸なことになるという運命を回避することができている。

 つまりリドルの年齢というものはややあやふやなもので、本当に成人としての年齢をクリアしているのかがやや微妙というところなのだ。

 とりあえず、赤ん坊の時に村で拾われて、そこから十六年経ったのでたぶん十六歳だろうということになっている。

 実際はもう少し上なのかもしれない。

 その場合色々と面倒なことが発生しかねないのだが、それには目を瞑るような形でリドルは今年、成人の儀式を迎える。

 正確な年齢が分かればいいのだが、それを知る術などないのだろうなと少しばかりしんみりと考えるマインに、リドルはそんなマインの心中など知る由もないといった様子で突然、とんでもないことをマインに向けて言い放ったのだった。

書き始めてみました。


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