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武光と懐良・敗れざる者  作者: 橋本以蔵
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第2章 菊池奪回戦(2)

四、


 深川の水面を泳ぎ渡ってくる黒い影がある。

 真夜中の菊池氏のおひざ元、菊の城の前に展開する深川湊(ふかがわみなと)でのことだ。

 その影は桟橋にとりつき、這い上がって進み、山刀を引き抜いた。

 菊池側の逆襲がなく、城下を占領して奪取した食い物や酒を食らい、女を手籠めにして浮かれ切った合志の兵士たちには油断があり、一部の見張りを除いては眠りこけている。

 (むしろ)で覆った仮小屋が急ごしらえで設置され、大勢の将兵が野宿している。

 奪い取った商家や湊の倉庫群、神社や寺などにそれぞれ勝手に居場所を定めて眠る者もあり、一部にはまだ酔って騒いでいる一団もある。

 黒い影は物陰伝いに見張り達に音もなく迫り、口を押さえて喉首を切り裂いた。

「げっ」

 と、声を手で塞がれて、見張りが崩れ落ちた。

 小便に起きてきて寝ぼけまなこをこする相手をも、殺した。

 それは(ふんどし)一つの筑紫坊で、上陸先の安全を確保した。

 次いで(いかだ)を押して泳ぎ寄せる影たちがある。

 筏に武器や鎧を積んでこもをかぶせ、菊池川を越えて来る。

 陸地に這い上がるや、その影たちも密やかに見張りの合志軍兵士たちを、一人、また一人と、殺していく。脱いで運んできた筒袖の着物を着こみ、小袴(こばかま)をつけていく。

 七人ほどの男たちの正体は夜目に紛らす黒い衣装を着けてみれば鬼面党の面々だ。

 口を塞ぎながら鎧通しで声を立てさせずに殺しては崩れ落ちた遺体を物陰に転がし込む。

 一通り辺りを制圧し終わると、さらに筏から運び上げた刀や弓矢などの武具を手早く手渡しし、間もなく倉庫の陰に勢ぞろいした。

 これも黒い衣装を着けた筑紫坊が皆の無事を確認、籠包(こもつつみ)を指さした。

 (いかだ)からは大量の籠包が運び上げられており、皆が背負った。

 筑紫坊が手振りで次の合図を出す。

 城下の各方面へ散っていく鬼面党の男たち。

 ご城下には合志勢によって戒厳令が敷かれており、町人は歩いていない。

 そこを音もなく走り、見張りがいればこれを殺した。

 筑紫坊が町の見取り図をもとに、細かく皆に指示を与えて打ち合わせは済んでいる。

 鬼面党員たちは所定の場所について籠包をおろす。

 包みをほどくと水除の油紙に包まれていた油を沁み込ませたぼろ布が出てくる。

 それを鬼面党の面々が傍の焼け残った建物にまき散らしていく。

 菊の城に筑紫坊他四人の鬼面党が走った。

 筑紫坊は湊から持参した竿(さお)を杖に菊の城の濠を飛び越え、土手を這いあがり、城の板塀にぼろ布を張り付けていく。他の面々も別な方向から取り付いて同じ工作をした。

 深川の湊には次いで船が来る。船頭が竿を操り、ゆっくりと遡上してくる。

 数艘の小型商船に(むしろ)をかぶって身を伏せているのは十郎と伊右衛門や弥兵衛たち、豊田の武士たちだ。太郎もいる。皆、鎧武具を付けず、狩衣(かりぎぬ)に身を包み、軽装に武器を携えている。総勢三十名程度の武士たちだ。

 湊の見張りは既に始末されて邪魔者はいない。

 桟橋につけ、鬼面党の手引きで音もなく上陸し、皆、十郎と共に待機した。

「目指すは合志幸隆(こうしゆきたか)の首一つ、他のものには目もくれるな、刻限との勝負じゃぞ、数ではかなわぬ、相手が状況を把握して反撃に出る前に、事を終える、まっすぐ菊の城へ向かい、まっすぐ合志幸隆を探し出す、よかな」

 皆が黙って頷いた。

 間もなく、頃合い十分とみて、十郎が腰を上げた。

 十郎に目で指示されて、太郎が火縄に火をおこし、油をしみこませて矢じりに巻いた布に火をつけた。それを上空に向けて放った。

 大きく弧を描いて火矢が上空を飛んだ。

 その火が合図となって、鬼面党の面々が市街各所に仕掛けた油の布に火をつけた。

 各人の懐に火縄が用意されており、素早く点火された。

 布たちは燃え上がり、あっという間に炎が広がっていく。

 間もなく市街地の各所が燃え上がり、菊の城からも火の手が上がった。

 十郎が抜刀して伊右衛門たちに合図した。

「行くぞ」

 皆、抜刀して菊の城へ駆けだしていく。

 火事が広がっていく中、それと競争するように駆け抜けていく豊田の武士たち。

「あや、なんかあ?」

 眠っていた合志の兵士たちが寝ぼけまなこをこすりつつ、起き出してくる。

 それへ襲い掛かり、次々に切り殺していく豊田勢。

「て、敵襲っ」

 と、叫ぼうとする喉を、弥兵衛が太刀で貫いて未然に防ぐ。

 一散に菊の城へ駆けていく伊右衛門や弥兵衛たち。

 十郎がその先頭を突っ走った。

 城の塀が燃え広がっていく。

 筑紫坊たちが隠し持った矢を火矢にして城内武家屋敷の檜皮葺(ひわだぶき)の屋根に放つ。

 矢が刺さった場所からあっという間に火が燃え広がっていく。

「火事じゃ、火事じゃ、水、水!」

 見張りが叫び、慌てふためく菊の城から郎党や小物たちが飛び出してきて、堀から水をくみ上げようとする。筑紫坊がそれへ駆け寄り、合力すると見せかけ、殺した。

 桶を手に城内へ駆け込む筑紫坊たち。

「火事じゃぞう、皆、火を消せ、水を汲んで来い!」

 今度は火事騒ぎに輪をかけてうろたえさせようという魂胆だった。

「火事!?火事はどこ?」

 なぞと、引き入れられていた白拍子や女房達が騒ぎ出す。

 皆が右往左往し始めた混乱に乗じて、鬼面党の面々が城内へ潜入、一気に内部から切り崩す。狼狽しながら駆け出てきた武士たちを次々に切り殺していく。

 筑紫坊が腰に差してきた松明を持ち出す。

 城門を開け放ち、火を付けた松明を振って後から来る十郎たちに合図した。

「筑紫坊の合図じゃ、突入するぞ!」

 十郎たちが城内に駆け込んでいく。

 一閃、二閃、十郎の白刃に行き会う相手が倒されていく。

「こ、これは!?」

 ようやくこれが敵襲であることに気づき、喚き始める合志の将士たち。

「敵襲じゃ!」

「夜襲じゃ!」

「出会え!」

 太刀や薙刀を持ち出して来て迎撃しようとする合志の衆と豊田の衆が乱戦となる。

 奥の間で眠っていた合志幸隆がはね起き、太刀を取った。

「なんごつかい!?」

 幸隆の目に表の炎が飛び込んできた。

「とのさあ、菊池勢の夜襲じゃ、火をかけられ申したわい」

 幸隆を守るために駆け寄り、幸隆を背にして迎撃態勢を取った武将たち。

「おのれえ、そげな余力があったつか、菊池の誰じゃ!?大将はだれか!?」

 薙刀(なぎなた)を持った郎党達は死に物狂いで幸隆を守ろうとし、表へ駆けだした。

 合志の侍たちの反応は想定より早く、数に勝る合志勢の守りは固い。

 豊田の勢は乱戦の中をなかなか突破できなくなった。

「くそおお、数が多すぎるわい!」

 伊右衛門や弥兵衛が焦り始めた。

「こ、こりゃまずかぞ」

 太郎がおろおろして辺りを見回す。

 十郎が奥へ走るが、それへも敵襲とはっきり認識した相手が武器を持って駆けだしてきて、応戦し始めた。もはやスピードで突入を敢行してしまうことが難しい。

「しまった、機を逃したか」

 相手は増えるばかりで豊田勢は押され始めた。

 伊右衛門も弥兵衛も必死に太刀をふるうが、もはやこれまでと思われた。

「失敗か!?」

 その混乱のさ中に早馬が来る。

 菊池川沿いに来て渡河し、菊の池を回って疾駆してきたものだ。

 伝令の騎馬武者は城下の火事騒ぎを見て驚くが、とっさに馬に鞭をくれた。

「ええ、くそ、南無さん!」

 城門が燃える下を突っ切って菊の城に駆け込んでいく。

「伝令、伝令!幸隆さまっ」

 城内も火事騒ぎで騒乱状態だが、そのまま奥へ突っ走って馬を捨て、庭前へ膝まづいた、

 伝令の武者が叫ぶ。

「申し上げます!合志(こうし)本城竹迫(たかば)城、敵勢力に攻撃を受け、苦戦中ですばいた」

 奥から寝巻のままの合志幸隆と配下が駆けだしてきた。

竹迫城(たかばじょう)が攻められているじゃと⁉相手はだれか⁉」

「恵良惟澄の手のものにござります、ご城下に火をかけ、敵勢の数は不明」

 重臣たちと顔を見合わせた幸隆。

「留守を狙われ申したな!」

「何で恵良惟澄がこげな時期に攻めてくるのじゃ!?」

「この夜襲と呼応しておるのかもしれませんぞ」

「本城を落とされては菊池攻略どころではありまっせんばい」

 ううう、と唸り声を上げた合志幸隆が、迷った挙句ついに叫んだ。

「撤退じゃ、兵をまとめよ!」


五、


 武光ら豊田勢が菊池本城菊の城を襲っているその頃。

 恵良惟澄(えらこれすみ)が夜戦をかけて手勢五百騎で竹迫城を攻撃している。

 竹迫城(たかばじょう)は菊池からは目と鼻の先、合志(こうし)郡の竹迫に築かれた城だ。合志一族の本城で、ここから合志一族は領地経営をしている。

 恵良惟澄の地元御船からは菊池へ向かう途上にある。

 惟澄は干し草を山と積み上げて火を放ち、城内からの討手をけん制しながらやたらに騎馬武者を駆けまわらせ、気勢を上げさせた。本気で攻撃する気はない。

「騒げ、騒げ!十郎の門出の祝いじゃ、思い切り騒ぎ立てろや!」

 城内の混乱と慌てぶりが向かい陣にいても伝わってくる。

 それを見やりながら、うふふと笑う惟澄。

 竹迫城の背後を探らせていた物見の兵から数刻前に報告を受けていた。

「城の背後から早馬が駆け出て行き申した」

「行ったか、本城が危ないと城内のものを蒼ざめさせ、菊池の合志幸隆に伝令が走ればそれでよか、…十郎は策士じゃ」

 十郎は菊池の本城に合志幸隆の首を狙って特別隊を組織したが、失敗した場合に備え、合志一族の本拠を惟澄に攻めさせ、その伝令を持って撤退させることを図っていたのだ。

 惟澄は城からの伝令出発の報告を受けてからもたっぷりと兵共を暴れ回らせておいた。

「敵の伝令は今頃は菊池深川にたどり着いて居りましょう」

 副将にそういわれて、十郎の手腕を面白がっていた惟澄が我に返った。

「分かった、ぼちぼち撤退しようかの」

 十郎、うまくやれ、と笑う惟澄。


 その翌日―。

 颯天(はやて)も足場の悪い山岳部では飛ぶように疾走するという訳にはいかない。

 鷹取城へ向かっている颯天の十郎と騎馬の筑紫坊、そして徒歩の太郎だ。

 太郎がふうふう言いながら駆けて追う。

「危なかったのう、間一髪で全滅の憂き目を見るところじゃった」

「菊の城から合志幸隆は追い払え申したが、首を上げることはできませなんだ」

 均吾の筑紫坊は十郎に対して言葉を改めている。

「なに、本城を奪い返したのじゃから、手土産は十分」

 迫間川沿いの小道から岩場を超え、大木戸前で豊田の十郎と叫んで大門を開けさせた。

 そこから山城を背後にした御屋形前へ進むと櫓の上から矢をつがえた兵士に誰何(すいか)された。

「何者か!?」

「豊田の十郎、見参!」

 十郎主従は一の(くるわ)の詰め本陣へ案内された。

 そこには城代の原田左門兵衛、寺尾野八郎達、慈春尼(じしゅんに)武隆(たけたか)、そして十四代当主武士(たけひと)がいた。

 赤星武貫(あかぼしたけつら)武澄(たけすみ)武尚(たけひさ)武義(たけよし)らはそれぞれ反撃の為の兵の準備や情報収集のためにこの城を出ていて今はいない。

「菊の池の本城を取り返したと?」

「おまんがか?」

 あまりの思いがけない報告に、唖然となって顔を見合わせた一同。

「菊の城に火をかけたのか、豊田の十郎、おまんは誰の許しを得てそがいな真似を!?」

 慈春尼が激怒して腰を浮かしたが、十郎は平然と見返す。

「屋敷はふるうござった、そろそろ立て直しの時期かと」

「なんてや!?」

 あまりに人を食った物言いに、慈春尼はわなわなと震えて後の句が継げない。

「まさか本家の城に火を放つとは、思い切った手を打ちよるわい」

 武澄は呆れ果てながらも半分は感心していた。

 菊池本城から合志勢が引き上げていき、豊田の武士たちや鬼面党の面々は城を確保して詰めている。だが、まだ菊池の各地には敵勢が盤踞(ばんきょ)しており、いくさは続いている。十郎は武士ににじり寄る。

「合志幸隆は竹迫(たかば)城に引き揚げたつが、まだ、敵勢力は菊池中にたむろしておる、打ち払うべし、棟梁(とうりょう)、戦術や如何に?」

「そ、それは」

 青ざめた武士の顔色を見て、十郎は内心、にやりと笑った。

「腰を抜かしておらるっとか?」

「庶流末端の分際で、棟梁に向かってなんち口をききよるか!」

 菊池分家の立場を持つ武将として寺尾野八郎が怒鳴りつけた。

 だが、十郎は意に介しない。

「武家方に(くみ)する部族は周囲に数知れず、時が経てば奴らに加勢が増え、それだけ奪回が難しゅうなろう、すぐさま反撃すべし」

「し、しかし」

 武士はもはやノイローゼ寸前で、判断力を失っている。

 じっと見ておもむろに十郎が言う。

「よか、菊池本家の手勢はわしが率いる」

 十郎が軽く言い放った言葉は再び全員を唖然とさせた。

「そぎゃんこつは私が許さんばい」

 本家に対等な口を利く末端の妾の子を慈春尼が睨み付けた。

 だが、十郎は無視して続ける。

「武澄兄者、全軍へ書面をもって通達をよろしく」

 武澄(たけすみ)が返事をする前に、表廊下に平伏した筑紫坊に向かって言う十郎。

「筑紫坊、武尚殿と武義殿に伝令を出せ、わしが指揮をとるゆえ、深川湊に合流せよと、他家の武将どもには敵の動きを逐一わしに報告させよ、と、これも武尚(たけひさ)殿、武義(たけよし)殿にお伝えしておけ」

「十郎、なに勝手な指図を、分をわきまえよ!」

 慈春尼が金切り声を上げるが、武澄がこれを抑えた。

「良い、十郎、そのようにせよ、ぬしの言うとおりにしよう」

「武澄、お前はいったい!?」

 慈春尼(じしゅんに)が気色ばむが、武澄が穏やかなまなざしでいう。

「火急の際じゃ、母上、まずは菊池を取り返すことが肝心でござるぞ」

 武澄にそう言われて、寺尾野八郎にも原田城代にも、慈春尼にも言葉はない。

 筑紫坊は既に姿を消し、太郎だけが平伏して表廊下に残っている。

「太郎、深川に帰るぞ」

 もう腰を上げた十郎を、武士が卑屈な表情で見上げる。

 次の瞬間、十郎は得意満面、いたずらっこのような笑顔でにっこり笑って見せた。

「棟梁、あとは任せない」


 深川からさほど遠くない広瀬辺りの菊池川ほとりで、合志勢と反撃に出た菊池軍の激突が展開されている。

 幸隆から後を任された合志の主力部隊が新たに展開し直そうとするその動きを掴んで、その阻止に出た赤星一族の勢力だった。

「こなたは赤星一族、赤星有武が一子、赤星武貫(あかぼしたけつら)ぞ、手柄が欲しくばわが首、打ち取って見せよ!どやつも一騎打ちの勇士はおらんのか!?」

 古風に喚きながら指揮を執るのは鍬形兜(くわがたかぶと)に大鎧で武装した、ひげ面が仁王の様相を見せる巨大漢、赤星武貫(あかぼしたけつら)だ。

「者ども、我が赤星館を何としても取り返せ、蹴散らせ!引くなよ!押せ!」

 武貫(たけつら)は武辺一辺倒の家の子で、豪遊無双で鳴らした家臣団の雄だった。

 何者かが菊の城に合志勢を襲い、なぜか合志勢が移動を始めたという状況だけは掴めていたが、誰が何をどうやってこの事態を引き起こしたのかを赤星武貫はまだ知らない。

 武貫の一歩も引かせぬ号令で、赤星の将士たちは死に物狂いで敵に打ちかかる。

 激しい乱戦が展開されている。

 だが、相手の勢力が多すぎて、次第に押されてゆく。

「くそ、合志勢だけならともかく、川尻勢や宅間勢までおっては、わしらだけでは」

 その時、脇手の丘の上に颯天(はやて)が姿を現す。

 その鞍上で十郎が叫んだ。

「武貫どん、待たせたのう」

「なんか、あやつは」

 十郎が背後に向かって叫ぶ。

「赤星に加勢せよ!回り込んで挟み撃ちにせい!」

 その声を聴いて並び鷹の羽の軍旗が揺れながら見え始める。

 丘の向こうから姿を現してくるのは菊池本家の軍勢だった。

 一気に馬を駆けさせ、合志勢の背後に回り込んで行く。

「あれは、菊池本家の手勢、なんしたこつかい!?」

 武貫は驚くが、その間にも菊池本家の手勢は合志勢に打ちかかっていく。

 慌てて混乱した合志と宅間、川尻勢たちが押され敵の勢いはそがれた。

 相手方の武将が次々と討ちとられていく。

 十郎は全身に暴れることの楽しさを表現して颯天を駆る。

 打突を繰り返して敵を倒していく十郎だった。

「うおうりゃああーっ!」

 ぬけのいい気合が発せられる。

 颯天の体の頑健さ、気の強さに相手が当たり負けして転がり落ちる。

 十郎がそれへ抜いた太刀を打ち下ろして斬撃する。

 赤星武貫(あかぼしたけつら)はそれを横目で見ながら、内心舌を巻いた。

「強か、顔に見覚えがあるが…?」

 十郎に続くのは豊田の郎党達で、伊右衛門や弥兵衛たち豊田の侍たちは誰もが技よりなにより、勢いで勝負した。百姓仕事で培った体力もものをいう。

 武士同士、共に転がり落ちれば重い(よろい)で動きは取れず、鎧が重装備なので太刀も使えず、組み打ちとなって鎧通しで鎧の隙をついて刺し殺す。

 それでも相手が生きて暴れていれば、追いついた徒歩の郎党たちが襲い掛かって薙刀(なぎなた)やこん棒で滅多打ちにして殺す。豊田の男たちは強い。

 太郎も必死で駆け、戦った。

 首が欲しかった。

 家と馬が欲しい、従者を持つ身分になりたかった。

 颯天(はやて)と共に小回りしながら激しく戦う十郎の姿を見て赤星武貫はあっとなった。

「本家の納屋で寝泊まりする豊田のこわっぱか⁉」

 と驚く。

 敵勢が完全に圧されて足並みを乱したとみて取り、武貫(たけつら)へ颯天で駆け寄る十郎。

「久しぶりじゃの、武貫どん」

 軽く声をかけられて、武貫は真っ赤な顔になって鼻息を荒くした。

「豊田のこわっぱが、おいをどの呼ばわりとは、分際を知れ!生意気な!」

 赤星家は菊池本家に何度も嫁を出して来て、親戚筋では最上位の誇りを持っている。

 慈春の尼も赤星家出身だ。武時公の実子とはいえ、庶家末流なぞ歯牙にもかけない。

 だが、十郎はけらけらと笑って問題にしない。

 そこへ新たな勢力が寄せてきた。

 十郎と武貫がはっと身構えて見返るが、旗印は並び鷹の羽、菊池本家のものだった。

 筑紫坊から事態を報告され、武尚や武義などの手勢が集結して来たのだった。

 武光たちのところに馬で駆け寄せてくる武尚(たけひさ)武義(たけよし)

 両者とも若手の流行りで大兜はつけず、折れ烏帽子(えぼし)に鉢巻を巻いている。

「十郎どん!」

「十郎兄者!」

「武尚どん、武義どん、元気じゃったつか、久しいのう」

 若い武尚と武義は、幼いころからの遊び友達、同世代の異母兄十郎に親近感を持っており、素直に加勢を喜んでいた。

 本城奪回の手柄も聞いている。

「合志勢を叩き出されましたな、十郎どんはすごかあ!」

「豊田では恵良惟澄さまと組んで暴れ回っておられるそうじゃなかか」

「十郎兄者が帰ってくれたなら心強い、合志幸隆めも慌てましつろう」

「ぎゃんこつぎゃんこつ、こいを機に、武家方なぞ、蹴散らしてくれようわいの」

 たちまちとろけるような笑顔を見せて、調子づく十郎だ。

「わははは、こんさきは大船に乗った気で、おいにまかせときない」

 十郎の胸には黒い奔流のような胸の高まりがあった。

 いよいよじゃ、と十郎は思った。

 親父殿、菊池を頼むと申されたな、わしはわしのやり方で菊池を背負うて行く、見て御座れや、と、二〇の青年武将が不敵に笑った。


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