第12章 落日 (2)
三、
「宮さま、遠乗りにでも参りませぬか」
武光は懐良親王を誘い出した。
馬を攻めて、海へでも出れば親王の気鬱晴らしに少しは役に立つのではないかと気遣った。懐良は気乗りのせぬ風を見せたが、あまりに武光が食い下がるので、やむなく承知した。
武光は颯天にまたがり、懐良は愛馬の白馬にまたがって征西府政庁を出た。
従うのは親王親衛隊士一〇数名。
春先の風は冷たいが、陽は照り付けて、次第に汗ばんだ。
「表へ出るのはよか気持ちでござりまっしょう」
武光は馬上から盛んに懐良に言葉をかけたが、懐良は返事さえしない。
武光は懐良が自分に対して扉を閉めてしまっており、なすすべがないと感じた。
博多の賑わいを避け、人気のない海岸を目指した。
海岸へ出て海を眺めながらしばらく走ったが、懐良が美しい海の光景に心を動かされる風はなく、背後からくる親衛隊の疲れを思って武光は休憩を提案した。
すでに陽は西の空に傾いており、少し風があって、海には波がある。
用意した弁当を一緒に食べようとしたが、懐良は武光を置き去りにして歩み去った。
武光は追えなかった。ほかの相手なら強引に肩を掴んで腰を下ろさせ、笑い飛ばして一緒に弁当を使うところだ。だが、武光は懐良に弱かった。
しょんぼりと取り残されていた。
護衛は親衛隊士たちに任せ、自分は離れた岩場に腰を下ろし、一人弁当を使った。
懐良は今では武光の弱みとなっていた。
懐良に振り回されることで、堂々とも強引とも、征西府の指揮をとれていない。
親王を御せないとして、武政ら若手の信頼も失いかけている。
だが、どうしようもなかった。
懐良に拒絶されては手も足も出ない。自分でも情けないと思うが、腹に力が入らない。
弁当を使う箸もとどこおりがちとなった。
その時、騒ぎが起きた。
親衛隊士たちが慌てた様子で何かがなり合いながら駆けまわっている。
武光は腰を上げてそちらに行き、なんごつか、と問うた。
「それが、親王さまのお姿が」
「何⁉」
親王が、来るな、と言いながら立ち去ったが、用足しであろうと思い、見送ったという。
ところがいつまでたっても帰ってこないので、皆で探し回ったが、見つからないと。
武光は慌てた。
「馬鹿め、何としてでもお見つけせよ、おいも行く!」
親衛隊士たちを四方に走らせ、武光は颯天にまたがった。
颯天を駆けさせ、懐良の姿を探し回った。
太陽がかなり下がってきており、海の色が暗くなってきている。
何か不穏なものを感じて武光は焦った。
松林の中へ駆け入り探してのち、再び海際へ出てきた。
懐良の姿はどこにもない。
と、海に突き出した岩場の上に光るものを見た。
颯天を降りて岩に駆け上がった武光は、そこに脱ぎそろえられた履物と、添えておかれた見事な佩刀があるのを確認した。懐良のものだった。
武光は慌てて見回した。陸や波打ち際に親王の姿はない。
では海か⁉と見まわした。
海には波が立っていて、視認が難しい。
近くに親衛隊士はおらず、自分一人で見つけるしかない。
焦りが募った。親王の気鬱を想い、まさかと懸念した。
万が一にも馬鹿な真似はしてはいまいが、と思ったが、胸が動悸する。
喘いで息が苦しくなり、こぶしを握り締めていた。
突然、波間に浮かんでいる帯が見えた。
懐良のものであるかどうかは確信が持てなかったが、もはや猶予はならないと感じた。
武光は烏帽子を脱ぎ、刀をほどいてから着衣を脱ぎ、褌一つになった。
数歩を駆けてジャンプし、海に飛び込んだ。
子供のころから緑川で悪ガキ仲間たちと散々泳いで遊んで、泳法には自信があった。
むろん我流だが、泳ぐ速さと泳続距離には自信があった。
武光は帯に向かってどんどん泳いでいった。
帯に手がかかり、目視したが、確信が持てない。
いずれにせよ、これが懐良のものなら近くにいるはずだと思い、見まわして探した。
だが、波の間に人の姿はない。
武光は大きく息を吸い、体を折って水を掻き、潜った。
全身をばねに使って水中を進み、懐良を探した。
水中はすでにかなり暗く、視界が利かない。
武光は泳ぎ回った。だが見つからず、浮かび上がって息を継いで再び潜った。
何度目かの水中で、前方に人影を認めた。
泳ぎよっていくとそれはまさしく懐良だった。
武光は大きく水を掻き、近づいた。
懐良は無反応であおむけに体を伸ばし、静かに漂っていた。
武光はその身体に手をかけ、抱き寄せて離さぬようにして上へ向かって水を掻いた。
武光は懐良を片腕に確保して水上へ顔を出し、大きく息をした。
懐良は意識不明の状態と見えた。
武光は陸を確認した。波打ち際に颯天が見えた!向こうだ!
颯天が前足で波を掻き、いなないてこちらへ泳ぎ寄れと急き立てる。
武光は懐良を確保したまま片手で水を掻き、陸へ向かった。
波がその邪魔をして武光は何度も水を飲んだ。
進めているのかどうかの確認ができず、武光は焦った。
親衛隊士が駆けつけてくれていないかと素早く視線を走らせたが、海岸に人影は見当たらない。自分でやりきる以外にない、と思った。
水を掻いても掻いても陸は近づかず、疲労感がせりあがってくる。
何度も手を放しそうになって、そのたび懐良を掴みなおした。
懐良が自分の腕から滑り落ちて離れて行ってしまう!
それが恐怖となって武光をおびえさせた。
やはりこの人ははかない、と思った。
意識も薄れかけて、武光は親王の思い出を映像として眼前に見ていた。
始めて会った宇土の津でのかたくなな表情。武光にしごかれ、むきになって馬にまたがろうとした姿。八方が岳のカニのはさみ岩近くで抱き合って凍死の危機をやり過ごした夜。
いくさ場で無茶な突撃をしていく親王の青ざめた顔。
そして笑顔。えも言われず品よく、肌は透き通って美しい。
失いたくない、そう思った時、武光に最後の力がよみがえった。
武光はさらに水を掻いて、ようやく足のつく深さにまで到達していた。
必死に歩いて親王を引っ張り、それから腕にかき抱いて砂浜へ歩きあがった。
颯天が喜んで周囲を駆けまわった。
そこで力尽きて膝から頽れ、親王の身体が砂浜に転がった。
その脇へ武光も倒れこんだ。
すでに陽は海の向こうへ沈みかけており、辺りは夕景となって薄暗い。
武光が荒い息をして肺に空気を送り込む。その空気は冷たかった。
颯天が鼻ずらを寄せてきても、しばらくは動けなかったが、必死に体を起こした。
懐良の脈を診た。脈もなく、呼吸もしていない。
武光は人工呼吸を施そうとした。現代のような知識があるわけではなかったが、川でおぼれた小僧どもを何度も救って我流の蘇生法を試み、何人も救ってきている。
胸を押して水を吐き出させようとし、口から息を吹き込んだ。
懐良の身体は冷え切っていて、唇は青ざめて死の色を思わせた。
武光は焦り、おびえて必死に懐良の唇に自分の唇を合わせた。
あのバラ色に色づいた美しい唇を取り戻したかった。
生き返れ、死ぬな!心に叫びながら呼気を吹き込んだ。
そして胸を叩き、鼓動をよみがえらせようとした。
逝ったのか⁉永遠に自分の手元から去ってしまったのか!
武光が怯え、胸が張り裂けそうになったその瞬間、懐良の腕が武光を突きのけていた。
武光が尻もちをつき、懐良は起き上がり、体を折って水を吐いた。
「宮様…」
「武光、むさくるしい」
武光はしばし呆然となって尻もちをついたまま見つめた。
懐良は水を吐き終わるとぐったりと長く寝そべって荒い息をした。
助かった、と安心して武光は呆けたように懐良を見つめた。
そして怒りがこみ上げ、立膝になって怒鳴りつけていた。
「何というこつをなさるっとか!征西将軍ともあろうお方が入水して命を絶たれようなどと!おのが責務をお考えくだされ、お立場を思われよ!あなたのために菊池をはじめとする各部族は集結しおるのですぞ!」
懐良が力なく笑った。
「…誰が入水自殺をしたのか、私は泳ぎたかっただけじゃ」
「え?」
「疲れたので水の中で休んでおった、そこへお前が現れていきなり組み付いてきたので驚いて水を飲んだ、お前が私を溺れさせたのだ」
「え、…ええ?」
武光は困ってしまって言葉を失い、身体を縮めた。
懐良は太陽が消えて朱の名残りを見せている彼方の空を見やりながらぽつんと言った。
「…上がってはこなかったかもしれぬがな」
「は?」
「…疲れたのでな、…再び陸に戻って征西将軍の務めを果たすのはけだるい、気鬱じゃ、…そう感じていた気がする、…あのままいつまでも水に抱かれていたかった、…そのまま別な世界へ行けるなら、それはそれで構わぬと…」
武光に再び憤りが込み上げた。
「やはり、あなたは!そいがいかんとじゃ!あなたは、あなたという人は!」
無責任だとなじりたかった。共に抱いた目的のために二人で歩いてきた。武光にはそんな思いがあった。途中で自分だけ投げ出すのは裏切りだ。なぜおいを信じない、必ず皇統統一を果たすのに。二人でその結果を掴めるはずなのに!
自分の想いをうまく言葉にできない武光に、懐良が言った。
「…もう疲れたよ、…武光、…お前に出会えて、私は虚無の想いを逃れた、…自分の望みそのものとして皇統統一の夢を抱きなおした、…だがな、この道には果てしがない、…征西府、…九州王朝、…どこまで夢を作り直し、追えばよいのか」
「おやめくだされ!そいは違い申す!あなたは、あなたこそが我らの夢なのでござりまする、あなたこそがおいたつの!」
その言葉を遮るように懐良が叫んだ。
「お前がそう仕向けたのではないか!」
「え?」
「…お前が私を担ぎ上げて運んできたのだ、…ここまで、…もう、勘弁してくれ、武光」
親王の眼から涙が流れ出している。
その涙に消え残りの陽光が残照として光を宿し、武光はこんな際なのに、その美しさに見ほれた。そしてそんな自分を恥じて顔をゆがめた。
「…疲れたよ、…武光、…もうよかろう、…私を解放してくれ、…私をそっと見放してくれ、…頼む、…武光よ」
懐良の胸に改めて絶望感がせりあがってきたようだ。
親王が黙り込み、武光は打ちのめされていた。
自分の力が足りないばかりに、懐良は絶望している。
武光に生涯初めての深い悲しみが込み上げた。懐良の哀しみが武光の心を掻きむしってさいなんだ。今、武光は懐良との夢を失おうとしていた。
おおおお、と武光は吠えた。
悔しくて、悲しくて、同時に怒りがあった。
手が砂を掴んでさらに粉々に砕き散らそうとするかのように、激しく握りしめた。
そしてその指の間から砂が漏れ出して落ちた。
颯天が静かに波打ち際に立ち、波の音が続いている。
夕焼けの名残りが消え、闇が二人を包み込んでいく。
四、
今川了俊は西海道を攻め下るのに、十分な時間をかけている。
一年近い年月をかけて西海道の武士団を自分の哲学に巻き込み、報酬と圧力で自在に操れるよう仕向けた。そしてじっくりと作戦を練った。まず息子の義範に国東から来た九州北朝の将、田原氏能をつけ、豊前、豊後の兵を率いさせ、尾道の津から豊後高崎城へ向かわせようと考えた。
そこから義範に大友勢と呼応させて太宰府の菊池勢を後方から襲わせる計画だった。さらに弟頼秦を肥前に派遣して松浦党と組ませ、西方から大宰府を伺わせようと計画した。
了俊自身は最後に中央豊前から九州に侵入し、併せて三方向から大宰府を抜こうと狙ったのだった。あとは武将どもの自発性に任せた。それこそが了俊の最大の戦略だった。
大友弘世と息子義弘、岩見の周布士心、備後の山内通忠、安芸の毛利元春、吉川経見、永井貞弘らは、露払いを務めるように派手に動いて見せながら、今川了俊が悠然と関門海峡を渡るのをカバーする予定となっている。
「道ゆきぶり」という紀行文をものしながら、今川了俊はゆっくりと九州入りを進めつつ、支配下の軍勢を思うさま操った。文芸作品をものしながらのいくさは片手間のようだが、それでも権勢をフルに用いた圧倒的指揮ぶりで九州へ迫ろうとしていた。
この時、惟澄亡き後の阿蘇大宮司家は惟村と息子たちがとりまわしていたが、了俊の手に乗せられ、いいように使いまわされて征西府攻撃の走狗を務めている。それが阿蘇大宮司家の南北朝時代、最後の光明となった。それらの情報が鬼面党からもたらされ、いよいよ来たか、との思いで武光は迎撃態勢を固めた。
征西府の御殿内、幹部たちによる寄合が開かれている。
「武光様、直ちに反撃に移らねば」
城隆顕が言い、菊池武義が応えた。
「南九州の南朝勢力を秘かに菊池へ呼集し申そう、たとえ北朝軍今川了俊の噂に怯えるものありといえども、棟梁の号令がかかれば、気持ちを盛り返しましょう」
「うむ、総員を呼集して迎え撃つばいた」
武光が言うが、力ない。猿谷坊が言いにくそうに報告を追加する。
「北朝勢が南方より菊池に迫っており申す、大友勢も島津勢も、ひそかに軍勢をまとめ、西海道を下り来る諸軍と合流するために動きおるのは間違いござりませぬ」
「なに!?」
島津、渋谷、日向、土持、相良、海賊小代氏までが寝返ったというのだ。
今川了俊の徹底した勧誘工作の結果だ。
「身内のはずの小代氏までが!?」
武政が信じられぬという表情を見せ青ざめた。今川了俊というのはとてつもない権力を持った、とてつもない策士であると全員が認識した。
西国武将どもの動きと合わせて、もはや敗北間違いなし、とみて動揺する武将の一人が口火を切った。
「こたびの北朝勢の勢いはすさまじいものがござる、もはや降参しかなかではなかろうか、武装解除して恭順の意を表し、親王の助命を願い出ようではござらぬか」
その言葉に弱気派が顔を見合わせ、うなずきあった。
神経をピクリと逆立てた懐良親王が口を出しかけた時、叫んだものがある。
「なん言いよっとか!ふやけたことをぬかすな!」
十二歳と若い賀ヶ丸が激怒していた。
「征西府に、いや、我が菊池に降参などあり得ぬわい、どぎゃん形勢であれ、敵の大将を取ればよかたい、おいがとってみするわい、爺様、親父様、おいに手勢を任せてくいやい、今川了俊の首を取ってくるけん」
息子のはねっかえりに武政は苦い顔をしたが、武光は笑った。
菊池賀ヶ丸は武政の子、武光には孫にあたる。先日菊池から着倒した。
武光の十郎時分によく似た気性で向こう意気が強い。
武光は思わず相好を崩してなだめに回った。
「賀ヶ丸、その意気しばらく取っておきやい、いずれおまんがいくさの先頭に立つ時が来るばいた、じゃが、今川了俊の動きは抜け目がなか、各軍を目くらましにつこうて己は戦線からはるか後方で指揮を執る、こやつはそう簡単には討てぬよ」
それへ日和見派の武将がしたり顔で言う。
「左様、簡単ではござらぬ、分別されたし、あれだけの大軍、あれだけの策士の軍略、こたびばかりはさすがの征西府でも太刀打ちはできますまい、なにしろ九州の武将諸族どもが裏切りおるのでござる、何としても牧の宮様のお命は守らねばなりますまい、とにかく恭順の意を示し、助命嘆願の願いを」
と、命が惜しいのを隠して牧の宮の除名嘆願を口実に言い、それらの意見が武政を怯ませていた。武安もまた知性の悪く勝った意見を述べる。
「…助命嘆願、あながちない策でもないかもしれもはん、北朝には我ら南朝征西府の勢いは脅威であるはず、助命嘆願をきっかけに条件を付け、折り合いを探り合う、少しも好条件で折衷案を編み出し、休戦に持ち込む、いかがでござりましょう」
武政が救われたようにその案に賛成した。
「うむ、上策じゃ、武安、早速使者を立てて交渉にかかろうではないか」
賀ヶ丸がじろりと父親を睨みつけた。
武光は懐良の目を見やった。
その視線の先で、懐良は強張った顔で座っている。
その顔には怯えの色が浮かんでいる。懐良は征西府の先行きに希望を失い、足利幕府からの強烈な攻撃を予測し、敗北を予感しているのだろうと、武光は見た。
懐良が無気力なままに武安の口車に乗せられてしまえば、この場の結論が決まってしまう。そもそも助命嘆願はあり得ない、と武光は思った。この土壇場で今川了俊に対する親王の助命嘆願、条件闘争など、付け入られて征西府が道化になってしまうことなど自明の理だった。征西府は泥田の中で土下座させられる事態に陥る。
そうなってしまえば、懐良の最期はどれだけみじめなものになるだろう。
「使者の口上が問題でござる、助命嘆願の筋を直截に述べながらも、引けぬ条件ということで、南朝側の立場を少しも強く主張し…」
言い募る武安に対し、武光が口を開きかけるが、それより早く、瞑目していて誰もがまた居眠りをしているのであろうと思った中院義定が言う。
「助命嘆願は無理じゃな」
武安や武政が見返った。
「ここまで北朝を苦しめてきて、今更それは虫がよかろう、宮さまは誇り高き道を歩まれた、そこな武光殿もじゃ、道を全うすべし」
髪は白く薄く、すでに老境に入って枯れ果てているようだが、気迫は衰えていない。
その重い言葉には誰もが言い返せず、座は沈黙した。
武光は武時の首がさらされている光景を思い返していた。
博多のあの日の打ち首、さらし首をだ。父の首がさらされてある!
そのとたん、腹の底からとてつもない気力が沸き上がってきた。怒りだったかもしれない。懐良が二人の夢をあきらめたのだとしても、武光は親王をあきらめたくはなかった。武光がゆっくりと立ち上がった。
皆がはっと武光を見やった。
かつての決然たる意志の力が久々にその目にみなぎっていた。
「…征西府に降伏の道はなか、…今川了俊を討つ」
武光は懐良に目を据えて話した。
懐良が見つめ返した。
「…離脱したきものは遠慮なく去れ、だが、おいはあきらめぬ、助命嘆願は論外、迎え撃とう、討ち死になぞはせぬぞ、今川了俊をおびき寄せ、もつれあおうとも奴の首を狙う」
と、武光が決然と言った。
懐良はじっと見つめている。懐良には武光の気持ちがずばりと分かった。
武光は守りきる気なのだと。牧の宮懐良その人を、命に代えても守りきる気だと。
「それがかなわぬなら良きところで菊池へ引き上げる、菊池から反撃の機会を狙う、どこまで転戦しようとも、必ず奴の首を上げる」
「お待ちくだされ、おいの考えは違い申す!」
武政が強い口調で言うが、武光はぴしゃりと押さえた。
「菊池の棟梁はおいじゃ、なまなかな交渉なぞはせぬ、…我らに敗北はない」
武光の全身に殺気がみなぎっている。
城隆顕は久しぶりにかつてのいくさ神を目の当たりにした思いだった。
「城隆顕、策を巡らせよ」
ぎりぎり土壇場の賭けとなろう、しかし、初めからそうやって生きてきたおれたちだ、との思いだった。城隆顕がにやりと笑った。武光の蘇りを感じ、満足している。
武政と武安が視線を交わした。悔しさを押し殺し、耐えた。
武光が気力を回復したことで、場に力がみなぎり始めていた。
真のリーダーに気迫がみなぎる時、総員にとてつもない力が生まれてくる。
瞑目した中院義定が、んがっ、とイビキをかいた。
それで場が和んだ。どっと笑い声が起きた。
十歳ばかりのあどけない良成親王が退屈してあくびをし、にっこり笑った賀ヶ丸が仲良く遊んでやる。子供たちは無邪気で恐れを知らぬありさまだった。
その姿を好もしく微笑んで武光が見やるが、懐良も笑った。
今はまだ幼き彼らに征西府を託す、次の世代を支えて見せる、と武光の目が燃えている。
武政は武光を憎む、越えられない壁であると思った。どこまでいっても土壇場で逆らいきれない。だが、菊池が滅びては意味がない、武光は間違っていると思う。
武政の武光への絶望は絶頂を過ぎて、自虐への内向を始めている。




