第8章 宿敵(2)
三、
針摺原の戦いで征西府が一色軍を打ち破ったという報は遠く京にもたらされ、征西将軍の一味が勝ちに乗って京に攻め上ってくるとの噂が立ち、京では戦々恐々として震え上がった。だが、むろんそれほどの実力はまだ征西府にはない。
ひたすら一色軍を追って各地に転戦し続けるのみの武光と懐良親王だった。
そして今日、幾多のいくさで勝利を得て菊池へ戻った武光と親王の軍勢が台台地を行く。それぞれの愛馬にまたがった武光と親王が先頭に立って歩みを進める。
夏の雲が白く巨大に湧き上がる空の下だった。
左は八方が岳につながる山岳地で、右は大きく落ち込んだ七城の平地となっている。
太古の昔、菊鹿盆地は巨大な湖だったもので、その時期七城あたりは水の底、現台台地は湖水の岸辺だった。水が引いた後の七城は足場が悪く行軍には適しておらず、武光は進撃、帰着は必ずこの大地を使った。そのうてな台地へ菊池の人々が出迎えて万歳を叫ぶ。
「宮さま!よかいくさ、しなったあ、勝利、おめでとうございます」
「お二人がおれば菊池は無敵じゃ!」
「征西府、万歳!」
と叫ぶ人々は武光と親王のタッグに希望を見出している。
菊池にある意味バブル期が訪れようとしていた。かつてない繁栄に向かっているという実感が皆にみなぎり始めている。皇室の皇子を迎えて政府がおかれた。そのうえ、未曽有の好景気、未曽有の発展、未曽有の未来像が見えている。不安な要素は勢いの元に姿が見えなくなっており、菊池の青春時代であったといえるかもしれない。
ただ、その財政の内実がまだ盤石ではなく脆いことには誰も気づいていない。懐良の顔に穏やかな笑みが浮かんだ。
「武光、皆の者がわしの名を呼んでくれておる、そなたのお陰だな」
「親王様がご自身で勝ち取られた信頼ですばい」
懐良親王がふと、遠い目をする。
「…いくさ場で武士の真似ごとをしてみたところで、…わしは満たされぬよ」
これまで何度か武光に漏らし、そのたび武光がやさしく受け止めてくれた。
「その迷い、武光以外にお見せになられますな」
「…武光、…わたしは京の都へは幼き頃、わずかしか住んだことはない、…頼元によればそれは華やかな土地柄じゃそうな、…頼元は一刻も早う京へ上りたがっておる」
「でしょうなあ」
「宮家のものである以上、京こそが本来生きるべき場所であると、頼元は言う、…歌を詠み、宮廷で公卿としての儀式を執り行い、蹴鞠をし、しかる後にまつりごとに目を配る」
「…なるほど、おいには想像もつきもさぬ」
「…わたしにもそうじゃ、…ただな、母が生きた都じゃ」
武光は懐良の顔を見やった。
「…後醍醐帝崩御以来、母の二条藤子は行方不明じゃそうな、…どこかで生きておられたとしても、南朝が押し込まれて、このまま押し潰されてしまうなら、母の立つ瀬はない、…武光、母は私に紙でお雛様を折ってくださったことがある」
武光ははっとなり、懐に触った。この折り紙か。
武光は宇土の津以来、懐良の捨てた紙のお雛様を懐紙に包んで肌身離さず持ち歩いている。何か親王の奥深いところに関係するもののような気がして、拾ってしまった以上、捨てられない思いとなったからだ。
「しかし、私はそれを捨てた、…都を思いきり、この九州に生きる道を見出そうと思ったからだ、この九州で、荒くれた武士たちを相手に渡り合うには、甘い感傷に浸っている場合ではない、強くならねばと焦ったのじゃ、この九州で生き延びねばと、…だが、間違っていたかもしれぬ、…私の使命はやはり京へ上ることにあるのだろう」
武光は懐良が矢筈岳で吐露した虚無の想いを脱しつつあるのか、と感じた。
親王は後ろ向きの姿勢を脱し、前を向いたようだ。
前を向いてみればそこには母の面影があり、その母への思慕から新しい自分の生きるテーマを見出そうとしている。武光はそう感じた。
「…皆の力を借りねばならぬな、九州人の力を合力してもらい、京へ攻め上る、皇統統一をなす、…これまで本気ではなかった、…まず、わしが本気で腹をくくらねばならぬ。…そうであろう武光」
その表情は迷いを断ち切り、決断しようと己を鼓舞しているようにみえる。
武光はまぶしいような思いで懐良の横顔を見やった。
同時に目的意識として同じ東征をテーマに持てたと感じていた。
共に一つの行く先を共有している。同じ目的のために命を懸けて進む。
命を懸ける道筋として不足はない。夏の太陽の下、二人は命の真っただ中でつながり合っている。武光はそう感じていた。
菊池に戻ったからと言って、羽を伸ばす暇はない。
この年から、正月の興行だった御松囃子能が、いくさに出た武光と懐良が不在だった為、夏に演じられるようになった。その演舞会への出席予定など、菊池の棟梁として公式行事をこなさなければならない。
また、武光は直轄領内の村々を回って年貢おさめの内検に自ら立ち会った。全村に立ち会いはできないが、田の出来具合により、翌年の年貢の損免を決める内検を実見することで百姓たちの実情を自分の目で確かめるのが武光のやり方だった。
各村の天神様や八幡様など、信仰する神社でみそぎの儀式が行われ、続いて村長の家の庭で百姓たちが役人に実情を訴え、損免の願いを出して交渉する。
通常この間に役人によって賄賂が取られたり、強引な取り立てで百姓が追い詰められたりする。あるいはやけくそになった百姓がいれば、あまり押さえつけられれば逃散するぞ、とはね返る、そんなトラブルが発生しがちだ。
意地を張り合えば揉め事となり、事が大きくなれば、結果領主にも損が生じる。ほどほどに互いの落としどころを探らなければ角が立つ。
そこに武光は立ち会うのだが、細かいことを何か言うわけではない。いつも冗談を言ったり、会が終わってから皆で酒盛りをしたりして、和気あいあいたる気分を醸し出した。
年貢に絡んだ催事で百姓と酒盛りをする領主は稀だろう。
豊田の時代から年貢取り立ての役回りをこなしてきて、武光は現場に通じていた。
そもそも武光が商業を振興させたので菊池は豊かになってきており、穀物を商人に買い上げてもらって銭で年貢を治める道もできてきて、百姓衆が楽になってきているせいもあり、武光のいく先はいつも笑い声が絶えなかった。
そういう仕事を終えてから、武光はやっと屋敷に落ち着いて数日を寝転んですごす。
遅く目を覚ましてから、武光は屋敷の庭先へ出て、迫間川の断崖越し遥か彼方に袈裟尾の森を見やった。
そこでは美夜受がおえいと子を養い暮らしているはずだった。
だが、美夜受との関係をこの先どうすればいいのか、武光には見えていない。
美夜受を失った後、武光は貞操を守っていたわけではない。
有り余る精力を発散すべく、多くの女性と契りを交わした。七城松島の豪農の娘、のちに松島御前と呼ばれた女性などの存在が今に伝わっている。
そういう女性たちとの間に子も数人なした。十郎と名乗っていた時代の子もいる。
豊田の十郎時代の子も含め、その子供たちは屋敷へ引き取って乳母をつけて育てさせている。母たちとの面会は自由にさせて寂しくないように気配りした。
武光は孤独ではなくなっていた。
自分が飛び地に捨て置かれて寂しかった体験を、子供たちには絶対にさせたくなかったからだ。武光はその後も生涯正妻は持たなかった。
それが美夜受への真心からの行動であったかどうかは定かでない。
正観寺はさらに拡大されていきつつあった。
修行僧が増え、伽藍が建て増されている。
そんな正観寺へ今は管主となった大方元恢を訪ね、武光は座らせてくれという。
「ほほう、いくさの中で何か感ずるところがあったのかな?」
元恢は冷やかすように言ったが、特別に山門へ案内してくれた。
その山門上で武光は座禅を組む。
夏の日差しも薄暗いここまでは灼熱を届けてはこない。
蝉がわしわしとうるさく鳴いている。
なぜ座るのか、武光に理屈はない。
ただ、菊池を担いで行けるところまで行く、というおのれの信念の傍に、どす黒い落とし穴のような渦巻きがあって、それになにもかもが吸い込まれそうな不安があった。
牧の宮懐良親王と二人、南朝の金烏の御旗を奉じ、戦い続けること、その先で皇統統一を果たし、この国を統一すること、そのゴールを目指す以外、生き残る道はない、と思い定めた。そこに迷いはない。だが、恐れがある、と自分で気づいていた。
おいは何を怖がっておるのか。と、自問自答した。
恐怖の源はあれだ、と武光は思った。
博多街頭の武時、炎を背にした悪魔少弐貞経の狂笑。
恐怖して菊池軍の危機に背を向けて逃げた、と武光は突きつけられる。
死にゆく武時をその場に残し、自分は逃げた、と感じている。
幼い自分に何ができた、仕方なかった、とは思えず、己の内部の怯懦を武光は恥じた。
実のところ、己の弱さへの嫌悪こそが武光の恐怖の正体だったかもしれない。
大方元恢がきて、よだれを垂らさんばかりにしながら、武光に誘いをかける。
「いつまで座る気じゃ、たいがいにして、一杯、いけ」
徳利をどんとおいて、持参の杯二つに酒を注いだ。
武光も座禅を解き、盃に手を出した。
「悩みか?…ガキのうちは勢いで突っ走れようが、重荷が増えていけば迷いが出る、当然のことじゃ、…じゃがのう、迷いにも色々ある、…見極めよ」
「何を見極めたら良いのじゃ」
「おいに訊くな、他人のことが分かるか」
「言いたい放題か、坊主は気楽で良か」
酒を口に運び、武光は博多で大方限界に鍛えられた時代を思い返した。
ふと、素直な気持ちになっていた。
「大智禅師にも言われた、…見性成仏を果たせ、慈悲の覇者となれと」
「ほう、大智禅師様か」
「…じゃが、意味が分からん、…言葉では理解できた気がしても、…わしには無縁の境涯のような気がする」
「なるほど、…菩提心は萌したようじゃの」
「…菊池の行く手を阻むものは倒す、わしにはそれがやれる、武将どもを打倒し、仲間に組み入れ、征西府で九州に覇を唱える、菊池を繁栄させてわしの器量を天下に示す、本来の面目なぞしったこつか!…じゃのに、わしは何を恐れておるのか!?」
自身内部の恐怖心を持て余して、顔を歪めた。
「…恐れる?」
「本来の面目とは何だ!見性成仏とは何だ!慈悲をなぜ持たねばならん⁉…おいはそれどころではない、おいはもう悪夢を見とうない、眠れぬのじゃ」
堂々巡りのやるせない思いにさいなまれていることを武光は白状している。
「良い傾向じゃ、…大疑団なきところに悟りなし」
「知らぬわ!おいは少弐を討つ、まずはそこからじゃ」
憎しみに捉われている武光の顔に執念のような憎悪が浮かんでいる。
武光の脳裏に再び少弐貞経の姿が浮かんでくる。
炎を背に悪魔のように笑った少弐貞経。
「…少弐貞経、あの姿が忘れられぬのじゃ、…あいつは親父を呪い、わしを呪うた、…あいつを殺せぬなら倅の頼尚を殺す、でなければ親父は浮かばれぬ、わしの呪いも解けぬ!」
「ああ、そこでねじれが生じておるのじゃな」
「なに⁉」
「今は亡き秀山元中老師のお言葉を忘れたか、…恐れは汝が作り出す幻じゃ、父母未生以前本来の面目に恐れなし!」
「ふん、…仏書も読んでみたがの、…見性成仏なぞ、簡単にできるか」
「それでも見性成仏せよ、武光、…おのれの命の正体を思え、…それが分かれば、何がお前を迷わせるのか、それも分かる、…それが分かればどう生きればよいのか、それも分かる」
「禅坊主の悪癖じゃ、謎かけはよせ!」
「お前はなぜ戦う?いくさで勝ってもいつかは敗れる、敗れなくとも滅ぶ、永遠はない、だが、お前はいくさをする、武将はいくさで大勢を殺す、敵も味方もじゃ、大勢の喜びや悲しみを奪いつくすのが武将じゃろう、答えを持て十郎、わたくしの為にいくさをしてもよいのか、なんのために戦うのじゃ?」
「!」
「いつか雑兵の霊魂に問い詰められる日が来るぞ、わしはなぜ死なねばならん、なぜあなたはわしに死ねと命じたのか、とな」
武光が硬直して大方元恢を睨みつけた。
その言葉がまともに胸に突き刺さっていた。
四、
一三五五年 正平一〇年頃からの数年間はいくさ漬けの毎日となった。
武光は南九州経略の為に転戦していた。
親王は武光を頼らず、自ら軍勢を率いてこれも各地を転戦している。
菊池武澄、五条良氏、南朝方についた少弐頼資、木屋行実、有馬澄明らを率いて肥前、豊後を経て、ついには大友氏秦を降伏させた。
その後博多に攻め入って、一色範氏親子を長門へ駆逐した。
一色一族は九州を墜ちていった。
その活躍に力付けられた後小松天皇は懐良親王に吉野へ登って朝議に参画するよう要請された。しかし、やはり征西府にそのゆとりはなかった。
それでもこの時期の遠征成功によって、九州の主だった武将たちが相当数南朝に鞍替えしてきた。征西府にはますます勢いが付き始めていた。
「棟梁が鬼神に見えて参った、まさにいくさ神じゃ」
共に出撃した赤星武貫が武光を認める言葉を吐くが、しかし、颯天鞍上の武光は油断していない。
「本州の南朝勢は全滅じゃ、九州の武将どもは風向きを見ておるじゃろう、勢いを失えば皆が敵に回る、詰めたいのう、一転突破の機を掴まぬ限り、我らに息はつけんでのう」
武光は憑かれたように千載一遇のチャンスを待っている。
そうやって敵を求めながら、武光は筑紫坊から親王の活躍について逐一報告を受けている。
懐良の成長が武光にはたまらなく嬉しい。
もはや立派な武将であり、危ぶむ必要はないはずだと思った。
合流しての軍議でいかに敵を抜くかの相談をしているとき、生きている実感が満ちてくる。懐良と意見を戦わせている時だけは、先の心配も後顧の憂いも消えた。
未来も過去もなく、その瞬間の充実に武光は満たされていた。
だが、五条頼元は違った。
歳のためにいくさ場に出ることは少なくなり、留守を守って菊池本城御殿で政務をとることの多くなった五条頼元は、一人客観的に状況分析を繰り返した。
「皇統統一の夢は遠い…」
五条頼元は菊池都に快適さを感じていたが、京への思いも強かった。
問題は九州計略に征西府の力のすべてが割かれることだ。
九州の男たちは一筋縄ではいかないしぶとさがある。
利次第で南を裏切り、北に反旗を翻す、武士の習いとはいえ節操のないものよ、と嘆じた。
いくら力押しにしても、錦の御旗にもなびかないのではないか、との疑念がわく。
本当に九州統一はなるのか。その先に皇統統一はあるのか。
五条頼元と息子頼氏や池尻胤房、坊門資世たち都人たちには疲れが見え始めている。
一三五八年、正平一三年、菊池に戻っていた武光(三〇)が全武将に緊急呼集をかけた、
筑紫坊により、足利尊氏死去の報がもたらされたのだった。
五条頼元は絶句した。
正平八年にはすでに本州南朝の指導者と言われた北畠親房が鬼籍に入っている。
そして今、足利尊氏も病没。南北朝の動乱も世代替わりしようとしていた。
「尊氏が、死んだ?」
後醍醐帝に逆らい、今日の歪んだ国情を作り出した張本人、と頼元には思えていた。
懐良親王が幼くして親元を離れ、荒くれ武士共の中に入ってここまで苦労をしているのは紛れもなく足利尊氏のためだったろう。征西府が目指した皇統統一とは、実質足利尊氏打倒という意味合いであったはずだ。なのに、その当の尊氏が死んだとは!
「…なに、気を抜くこともなければ、焦るこつもなかです」
「そげんこつばい、我ら征西府の置かれた状況に大きな変化はなか」
武澄も城隆顕も、赤星武貫も動じていない。
だが、頼元にはそれがじれったい。
「何を悠長に構えておられるのか、これを機に急がねばなるまい、足利一味が動揺するなら、そこをついて攻め寄せる手立てを考えるべきであろう!」
「お待ちあれ、頼元殿、気持ちは分かる、じゃが、やはり京はとおか、九州と本州の距離はいかんともなしがたい、足元を見ねばなりますまい」
病やつれした武澄の言葉が頼元をいらだたせる。
既に尊氏には義詮という後継者がおり、北朝を支えて南朝滅亡の策謀を巡らせている。吉野や紀伊半島を隠れさまよいながら、後小松天皇は必死にしのいでいる。
頼元は武光に皇統統一の使命にあくまで順ぜよ、と念押しをした。
武光は深くうなずくことで答えた。
巨大な壁と思えた尊氏の死は足利勢力も神がかった存在ではないと思わせてくれた。
その子義詮が二代目将軍を継いだというが、敵も盤石ではないという事だろう。
「京へ攻め上るのは時期尚早じゃ、じゃが動揺する九州北朝勢に攻勢をかけるにしくはなし、動くぞ」
武光の眼差しに、菊池の一党が頷いた。
「今こそ南朝復興の時ぞ!」
赤星武貫が吠え立てて、おーっと一同の意気が上がった。
菊池軍はすぐさま出撃していった。
菊池一族は麻生山の戦いで圧勝を飾り、継いで日向攻めでは島津群を圧倒した。
菊池は勢いに乗って快進撃を続けた。
諸族は続々と南軍の旗下に下ってきた。
畑の先の丘にどまんじゅうを作っている美夜受の顔はやつれ切っている。
袈裟尾の丘を、汗をふきふき荷物を運んできた太郎太夫がはっと見やった。
かなたに座り込んだ美夜受の前の土饅頭二つに風が吹き付け、埃が舞い散る。明らかにおえいと子供のものだろう。
ああ!と太郎はあえいだ。間に合わなかった。
緒方太郎太夫となった太郎は穴川に領地を与えられ、武光について転戦することなく、菊池防衛の任務にあたっていた。その隠された任務に美夜受の保護があった。
だが、不意打ちを食らった。
菊池の村々に疫病がはやりだしたのは突然のことだった。
疫病の正体など分かりようがない。動物が媒介した菌なのか。
当時の医者に対処できる問題ではなく、祈祷師が活躍した。
なのにその甲斐もなく、次々に村の者が倒れ、死んでいった。
御殿内にも死者が出ているし、各村の子供や年寄りが多く死んだことを見て、太郎は美夜受の一家を心配した。武光はいくさに出て不在だ。太郎は急ぎ駆けつけてきた。
だが、あまりにも病の蔓延が早すぎた。
太郎は近づいていき、逡巡したが、横から美夜受の顔を覗き込んだ。
涙も乾き果てて、美夜受は土気色の顔に表情を失っている。
「美夜受」
美夜受が胡乱な目で見かえった。
母も亡くなり、子供も死んだ。その事実を前に精神のバランスが極限に来ていたのだろう、太郎を見やってそのまま崩れ落ちて号泣した。
太郎太夫は肩を抱き、なんと言葉をかければいいか迷った。
「武光様の屋敷へ行こう、おいが戦地の棟梁へ手紙を出すばいた」
というが、瞬時に美夜受が絶叫した。
「十郎には何もいうな!あ奴には関わりない!」
太郎は美夜受のあまりの意地の強さにどう言葉を返せばいいのかわからない。
美夜受は太郎太夫に縋り付いて泣く。
太郎太夫がその肩を抱きしめ、思わぬ言葉が口をついて出ていた。
「…昔から好きじゃった」
美夜受が太郎を見上げた。
「おいな、…こどもん頃から、ぬしが」
太郎と美夜受が見つめ合った。
太郎が引き寄せ、口を吸った。
「美夜受、こげな時にすまん!やらせてくりやい」
太郎太夫は理性を失い、あたふたと美夜受を求めて組み敷いていく。
美夜受はやがて太郎の背に手をまわし、しがみついていく。




