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武光と懐良・敗れざる者  作者: 橋本以蔵
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第4章 暗殺隊

一、


三月の冷え込みの厳しい夜中。

菊の城の奥の間に向かって宗十が行く。

奥の間の内部には明かりがともっており、人影がある。

「宗十でございます」

「お入りなされ」

慈春尼(じしゅんに)の声に導かれて宗十が室内へ入ると、そこには慈春尼と武隆がいた。

「大友勢との手筈が整い申した」

と言われ、慈春尼が暗い目を光らせて問う。

「どう整うた?」

長谷部山城守信経はせべやましろのかみのぶつねが手勢三十名と郎党どもを率いて自ら動き申す」

 宗十は菊池へたどり着く前、多くの戦場を転々とした野伏せりだった。

 戦場を転戦するうち、多くの朋輩ができたが、その中の一人が大友に取り入って領地を賜った。それが偶然にも津江、菊池の国境に隣接した地域であったと知り、いつか利用できるとよしみを通じてあった。そのつながりを今回利用した宗十なのだった。

 宗十からその武将、津江を領する長谷部山城守信経はせべやましろのかみのぶつねとのつながりを伝えられ、それを使って武光を除こうと持ち掛けられ、慈春尼は考えた末に、結局は乗った。

 慈春尼(じしゅんに)の了承を得て、宗十はひそかに津江へ出向いた。

 何度もの打ち合わせを経て、宗十と長谷部に計画が出来上がってきた。

 親王牧の宮と菊池武光の暗殺計画だった。

 長谷部はすでに大友主家の了承も取り付けていた。

 長谷部にしてみれば、菊池入りした牧の宮と菊池武光の首を上げればその実績で大友から領地を増やしてもらえもしようし、出世の大きな糸口になる。

 大友としては武光亡き後の菊池の棟梁に武隆を押して恩を売り、菊池という大きな一族を味方につけることができていうことはない、と宗十は慈春尼に説明した。

 長谷部によれば大友は至極乗り気になっているという。互いの利害が一致して長谷部と宗十は計画成功の見込みを掴んでいる。そして今夜となっていた。

「穴川奥の国境まで出迎え、道案内を身共がいたします、必ず親王と武光の首をあげてみせまする」

 宗十は決然というが、さすがに青ざめて唇をかみしめる慈春尼(じしゅんに)

「しくじるでないぞ、万一しくじれば…」

 慈春尼は武隆を見やった。

 しくじれば武隆も自分も命はない、菊池本家は完全に武光に乗っ取られてしまう。

 そんな恐れが胸をかすめたが、執着の思いが勝った。

「本家の血筋こそ守るべき菊池の誇り、…やるしかなか」

「慈春尼様、成功の暁には…」

「お前を一軍の大将に取り立てよう、領地も与えるぞ」

「そのお約束、お忘れくださるな」

 宗十がほくそ笑んだその直後、はっと宗十が巻き上げ戸の外へ身構えた。

 えっと慈春尼と武隆が身をこわばらす。

 宗十が表へ太刀を抜いて身構えると、影がある。

 しとみ戸を上げて宗十が表を伺った。

「誰かいるのか?」

 闇の中から姿を現したのは赤星武貫(あかぼしたけつら)だった。

「武貫!」

 すべて聞かれてしまった、と慈春尼は慌てた。

「…叔母うえ、…何のたくらみぞ?」

「た、武貫、ぬしゃ、何を聞いた?…まさか」

 慈春尼は懐剣を握りしめたが、武隆が制した。

 武貫は宗十を睨みつけたが、じっと思いを巡らせた。

武貫(たけつら)、…同盟せよ、我らが企みに乗れ、さもなければ菊池は地に落ちる、よいのか、豊田のこせがれなぞに菊池を乗っ取られて、それでご先祖様に申し訳が立つのか!?」

 悲鳴に似た声を出して必死の形相を見せた慈春尼を見やり、武貫は意を決していく。

「…叔母うえ、…味方はせぬ」

「武貫」

 慈春尼が哀れを乞うように身をよじって進み出ようとした。

 それを制するように武貫が言う。

「おいは何も知らぬ、何も聞かなんだ、…そいでよかじゃろう」


 雲間がくれの月が中天にある。

 菊の城の裏手からそっと抜け出す黒い影がある。

 赤星武貫(あかぼしたけつら)が一人、深川の港の外れに係留された小舟で赤星の館へ帰ろうとしている。

 湊へ通じた菊の池の森脇の道で赤星武貫の前に黒い影が立ちふさがった。

「!」

 赤星武貫が佩刀(はいとう)に手をかけて身構えるが、月明かりに浮かび上がった相手は城隆顕(じょうたかあき)だった。

「城どん?…こげな時刻にこげな場所で、お前さあはなんばしよらるっと?」

「ぬしこそ何を企む?」

 む、となる武貫に、城隆顕(じょうたかあき)が鋭い目を向けた。

「…菊池は今が運命(さだめ)の別れ時、…誰かがひと手間違えれば没落をまねこう、…おぬし、慈春尼様(じしゅんにさま)、…他にも誰かおるのか、…何か企んでおろう、…あぶなか真似をしようというなら、おいは黙っては見ておれんぞ」

「…ぬしゃ、武光に(くみ)するものか?」

「…そうとは言うておらんばいた、…わしにはまだ武光が見え切らん、…必要ならあ奴を斬るもやぶさかではなか、…じゃが、うかつな真似はあ奴を滅ぼすだけではすまぬ事態も引き起こしかねぬ、…何か企みおるのなら、まず明かせ」

「いやじゃというたら?」

 城隆顕が間合いを測って身構えた。

 赤星武貫はさっと太刀を抜き合わせる。

「…ぬしゃ指揮官として秀でておる、じゃが、組み打ちとなればおいは引けを取らぬ、…そいでもやるか?」

 城隆顕(じょうたかあき)がふっと笑った。

「…おいの太刀筋を、ぬしは見たこつがあるまい、…おいの太刀は早かぞ」

 そう言われて赤星武貫(あかぼしたけつら)の顔から表情が消えた。

 武貫が太刀を上げていく。

 弧を描く刃に月光が反射する。

 太刀を上段に構えながら、赤星武貫が飛び込める体制に腰をかがめる。

 それへまっすぐ向かい合いながら、城隆顕は足幅を詰める。

 互いに相手の気を見ながら、一瞬の攻防に移れる体制となった。

 武貫が脂汗を浮かび上がらせながら、あくまで強気に言う。

「おいは何もせんが、邪魔立てもせぬ、……ぬしも手を出すな」

「…何をする気か言え」

 双方が自分の間合いに引き込もうと、じりじりと駆け引きをする。

 城隆顕の手が瞬時に太刀を鞘走(さやばし)らせようとしている。

 殺気が充満し、闇の中の虫たちまで息を殺した。


 同じ頃、座禅する武光の姿が闇の中にある。

 迫間川(はざまがわ)の断崖を背にした武光の新邸奥の間だ。

 近頃武光は再び不眠に悩まされていた。

 クーデターの噂は常に囁かれ、表に親しい口をきいても、その人物が武光打倒の計画をひそかに進めていると、筑紫坊からの報告で聞かされた。

 それを聞かされればすぐにその相手の屋敷に出かけ、どこまでも明るく談笑することで相手に圧をかけ、計画を捨てさせた。

 包み込むことで敵意を削いだ。

 だが、そのやり方は慈春尼(じしゅんに)赤星武貫(あかぼしたけつら)の冷たい視線の前には通用しない。

 頑固一途な赤星武貫はいつか反旗を翻す可能性が高い。

 武光が一番警戒したのは城隆顕(じょうたかあき)だった。

 一族中最高の軍略家で、いくさを采配させて右に出るものはないという。

 木庭(こば)を領地とし、守山の城とは目と鼻の先に木庭城を構えて揺るがぬ地位を誇ってきた城一族。木庭城は城隆顕の采配で縄張りを変更し、木庭城の虎口(こぐち)の固めは群を抜いた結構であるという。噂によれば、どうやら武光と同じく、楠木正成の城塞運営を研究し尽くしているらしい。それで守山城のみならず、惣構えの作事奉行に任命し、采配をゆだねた。

 武光はすでに惣構えの建設について城隆顕を用いている。

 筑紫坊は城隆顕(じょうたかあき)を警戒し、作事奉行への任命を反対したが、武光は城隆顕を選んだ。

 もっとも能力のあるものを立てなければ一族の人材を使い切ることはできない。

 配下の人材を使い切らなければ棟梁としての成果は出しえない。

 その最高能力のものに裏切られるなら自分の棟梁としてのえにしは尽きる。

 それは賭けともいえたが、あえてそこに活路を求めるしかない。

 不安、リスクに真っ向から立ち向かう、それが武光の流儀だった。

 だが、城隆顕(じょうたかあき)は正体を見せない。本音が見えず、最も危険な相手と思えた。

 武光は恐れを知らぬ勇者ではあったが、人間というものは色々あるようでも、おおよそのところで精魂に大きな差はない。

 現在意識に恐怖がなくとも、潜在意識にあったり、意識のうちから恐怖を締め出すことに九分九厘成功していても、その場合は肉体上に異変が現れたりする。

 武光の場合は菊池統率のプレッシャーがかかって、夢を見るようになった。

 かつて博多の夜、父武時の見せた笑顔とともに、悪魔のように笑う少弐貞経(しょうにさだつね)の姿が毎夜表れて武光を苦しめた。その夢は子供の時と同じ怖さを武光にもたらし、うなされて汗をかいた。少弐貞経(しょうにさだつね)の顔は武光にとって恐怖のシンボルとなっている。

 次第に睡眠不足となって、武光は座禅に解決を求めた。

 だが、昔と同じで、いくら座っても悟りは得られず、無念無想にはなれない。

 乱れる心は単なる煩悩だと断じ、座ることによって押さえつけようと格闘した。

 そんな乱れた心に、恐怖心とないまぜに美しい人が二人浮かび上がっては消えた。

 一人は美夜受(みよず)だった。

 もう一人は牧の宮懐良親王まきのみやかねながしんのうだった。

 なぜその二人が交互に浮かび上がり、そのたびに胸が切なく締め付けられるのか、武光には分からなかった。嫉妬なのか。何にせよ、恐怖や不安、欲望や思慕、甘い感傷、そんなものが入り乱れて武光は乱れた。自分で自分の想いを制御できず、呼吸にまで支障をきたし、喘いだ。

 表に気配がして、武光は救われたと思った。

 脳内を駆け巡る煩悩(ぼんのう)(ほとばし)りに、血が逆流するのではないかと恐れたところだった。

「筑紫坊か」

 音もなく筑紫坊(つくしぼう)が滑り込んできた。

 今日は背後にもう一つの人影を連れている。

「そ奴は?」

「こいは鬼面党の諜者で猿谷坊と申す、こやつからご報告が」

「申せ」

 猿谷坊(さるたにぼう)が口を開いた。

「…我らに見逃しがあり申した」

「見逃し?」

「商人たちと接したりする武士どもの動向は見ておりましたが、郎党や家作人まではぬかり申した」

「とは?」

「ご本家の慈春尼(じしゅんに)様に矢敷宗十やしきそうじゅうという用人(ようにん)がございます、その矢敷宗十という男は猟師や炭焼きに姿を変え、穴川や八方が岳(やほがたけ)方面の杣道(そまみち)を用い、他領へ出入りをしておる様子」

「…慈春尼様の用人か」

 筑紫坊が猿谷坊を補うように言う。

「…元は野伏せりとの触れ込みでしたが、変装の巧みさや杣道の使いようなど、おそらくそもそも諜者を生業とせしものではないかと」

「他領とは?」


二、


 太郎や伊右衛門、弥兵衛たちは急に武光の命令で御所の警備に当たらされた。

 何か起きたらしく、親王の親衛隊に協力し、警備を強化することになったのだった。

 御所(ごしょ)は守山砦の裏手の山頂、一二六メートルの高台に新築されてある。

 山は内裏尾(だいりお)、御所は雲の上宮(くものえぐう)と呼ばれ始めていた。

 交代制で持ち場を振られ、太郎は御所の縁台下の木立の間に身を置いた。

 だが、あまりにも見通しが利かないので、ふと思いついた。

 太郎は脇の楠をするすると登りだした。

 上の枝分かれした股の間に立てば、守山の砦の建築現場も水場の池となっている崖下の谷も見晴るかせて不審者の発見には最適であると考えた。

 御所は武光の心づくしから寝殿作りとなっていて、御座所には御簾(みす)がかけられ、縁台は崖からせり出して守山の主郭(しゅかく)を望め、その向こうに菊池領土西方が大きく広がる絶景だった。脇手を迫間川が流れている。

 謁見の間が供えられ、備品類に至るまで、京都御所を模してある。

 本城移転工事と共に急ぎ突管工事で建てられたものだ。

 だが、上に登った太郎は、思わぬものを見てしまう。

 そこからは縁台の向こうにしとみ戸の開けられた御所の奥が丸見えとなっていた。

 高燈明の明かりが壁に揺れる影を映し出す。

 男と女の影。

 その奥の間の御簾で閉ざされた寝室で親王の前に美夜受(みよず)が立っている。

 懐良(かねなが)はまるで夜の天女が降臨したかのような感激で美夜受を見上げている。

 美夜受は御所の女房らしく着飾っており、ゆっくりと着物をずらしていき、足元に脱ぎ捨てた。懐良は美夜受の美しさに圧倒されてその体中を眺めまわした。

 白くなまめかしい裸身が立っている。

 美夜受は自ら進み出て懐良を抱きしめ、口を吸い、水干を脱がせていく。

 懐良はやっと自らの意思を持ったかのように美夜受を抱きしめ、(しとね)の上に組み敷いた。

 胸の丸みに手をかけ、唇を這わせ、身体を合わせていく。

 懐良(かねなが)美夜受(みよず)は次第に一つの炎と化していく。

 股間に異変を起こして腰をくねらせ、太郎は楠の幹に擦り付けて耐えた。

 目を離すことができず一部始終を見つめたが、気が付けば涙をあふれさせていた。

(十郎、なぜじゃ!?くそ!)

 武光の想い人と思えばこそ、胸の底にくすぶる(ほむら)を抑え込んできた太郎だったが、その武光が簡単に美夜受を親王さまに与えてしまい、太郎は愕然となった。

 武光の気が知れないと思い、怒りさえ感じたが、郎党風情の口出しは許されまい。

 あきらめていたはずだったが、今目の前で親王と美夜受の交わりを目の当たりにして、不条理感にさいなまれ、うわずった。

「盗み見か?」

 枝からぶら下がり、太郎の目の前にヒョイと筑紫坊が逆様のおどけた顔を出した。

 驚いて木を滑り落ちかけるのを筑紫坊が支えて笑った。

「武光様がお呼びじゃ」


 既に陽の名残りは里から消えている。

 春近いとはいえ、標高の高い山岳部は陽光がなければ冷え込んで手足がかじかむ。

 暗くなるのを待って穴川越えで菊池の領地へ至る杣道(そまみち)を下ってくる男たちのシルエットがある。それが大友の特別暗殺部隊だったが、寒さで動きがぎこちない。

 長谷部山城守信経はせべやましろのかみのぶつねに率いられた精鋭三十名とその郎党たちだった。

「暗いな」

 暗夜とはいえ、菊池側の警戒の目を恐れて松明(たいまつ)()けず、足場の悪い中を苦労しながらの行軍だ。矢敷宗十(やしきそうじゅう)が道案内に立っている。

「息を潜めよ、まだ先は長い」

 先導者宗十のお陰で国境の番所に気づかれることなく穴川の里へ進んでいた。

 宗十が手引きをして長谷部山城守信経と手勢を山越えで穴川経由、迫間川(はざまがわ)上流におびき入れたのだ。

 彼らの計画は長谷部の特別精鋭部隊が菊池領内に侵入し、御所を襲うて親王を殺害、そしてそのまま御所からさほど遠からぬ武光の新邸に向かい、侵入してこれの首を上げる。そのまま迫間川沿いに北上し、穴川を抜けて津江の領地に逃げ込む。

 完全にルートは計算されつくしており、菊池の手のものが気が付いて騒ぎ出す前に菊池を脱出できるという段取りだった。

 親王と武光の首が上がれば直ちに大友方が動く。

 親王と武光の首を取り、それを機に大友は少弐と組んで菊池へ総攻撃をかける。

 一気に菊池をせん滅するというものだ。むろん慈春尼の思惑など斟酌(しんしゃく)されてはいない。

「慈春尼殿には悪いが、おなごの浅知恵は利用するに限る」

八蛇(やた)、…いや、今は宗十か、昔からおなごを調略の具にするのが得意であったな」

「ぬしは長谷部山城守様か、…ふふ、よう化けおった」

 結果的に慈春尼は利用されて機密情報を敵に漏らしただけ、となってしまっている。

 初めから宗十は慈春尼を利用して捨て去るつもりだった。


「おいが暗殺隊を始末する!?十郎、本気か!?」

 太郎は武光の奥の間で話を聞かされ、驚いた。

「慈春尼様の周辺を探り、敵の暗殺行動決行の日は三日後と掴んだ、待ち伏せをかけよう」

 という筑紫坊。

 武光はいたずらっぽく笑いながら太郎に説明する。

「御所や我が邸を襲われては万が一の被害が出ぬとも限らぬ、親王を移動させれば内外に事情が暴かれて大ごとになろう、密かに相手を全滅させ、矢敷宗十は殺さねばならぬ、その遊撃隊を、太郎、おぬしが率いよ」

 唖然となって、考えがまとまらない太郎は、答えようがない。

 構わず筑紫坊が武光に問う。

「慈春尼様はどう処分しますか?」

 慈春尼が小物を使い、御所の間取りや懐良の行動予定、親衛隊士による警護の状況すべてを調べ上げてその情報を流したと判明していた。

 親王の御殿内部の間取りなどは極秘扱いとされており、さすがに宗十では手に余ったのだろう、その情報は宗十によって長谷部にもたらされた、と筑紫坊は掴んでいる。

 慈春尼によってもたらされたその情報を元に、宗十は長谷部と打ち合わせを重ねて計画を練り上げた。

 その計画が出来上がり、長谷部は出撃の準備を整えたと。

 長谷部は大友に計画を上げ、大友主家の了解を得てあるということも、武光には報告が上がっている。おそらく大友方はこれを機に菊池に攻め寄せよう。

 絶対にこの襲撃を事前に阻止しなければならない、と武光は考えた。

「慈春の尼か…、それよのう」

 武光が思案に顔を曇らせる。

 刺客団をどう処理するか、ことに本家が関わっている以上、内部のものの意見は割れる、大事にすれば菊池が分裂してしまう、今それは避けなければならぬ。

 敵は排除しなければならないが、そのために菊池が分裂しては元も子もない。

 武光には城隆顕(じょうたかあき)がどう出るのか、謎だった。

 赤星武貫(あかぼしたけつら)も同じだ。

 慈春尼(じしゅんに)の勢力が排除されるとなれば、彼らが武装蜂起して武光討伐に動きかねない。

 そうさせないためには穏やかなうちに事を処理しなければならない。

「武光様」

 そこへ猿谷坊が入ってきた。

「刺客団が既に潜入しておりまする」

「今日か!?」

 筑紫坊が驚いて見返るのへ、猿谷坊が報告する。

「念のため、配下を分散して山岳部を見張らせおりましたところ、穴川へおり来る武装集団を確認いたしました、およそ三十名にわずかな郎党どもがついておりまする」

「くそ、けん制か、宗十め、日取りの情報を違えて慈春尼様周辺に吹き込んでおいたのだな、引っ掛かったわ、武光様、すぐに親衛隊を動かさねばなりませぬぞ」

 筑紫坊に言われて武光は太郎の前に顔を突き出した。

「太郎、相手をせん滅したかじゃ、じゃが、軍勢は出せぬ、おいの絶対に信用できる旗本だけで対処せんけりゃならんわい、使えるものは伊右衛門、弥兵衛達二十名程度、鬼面党の五名を合わせても二十五名、やれるか?」

「待て、な、なんで、おいなんじゃ?」

 たじろぐ太郎だが、武光がにやっと笑った。

「手柄を立てれば家持ちにしてやる」

「ぬしは行かんとか?」

「おいは行けん、ことが大きゆうなってしまうでのう、…ぬしが適任じゃ、伊右衛門や弥兵衛を差配してみろ、いつまでわしの従者に甘んじる」

「じゃが」

 太郎が首を縮めた。

「死ぬかもしれんな、…そいでもの、生き残れれば家持ちじゃ」

 武光が肩をつかんでのぞき込み、笑った。

 太郎、その笑顔に励まされて勇を鼓した。

「やるばいた!」

 と、鼻息を荒くする。

 武光が筑紫坊を見返った。

「筑紫坊、助けてやってくれ」



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