表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Moonlight flit

作者: 羽田 恭

 何時からだろうか。他人と自分との間に、か埋めがたいモノを感じる様になったのは。周りの人間達が持っているそのナニカを羨み、嫉妬するようになったのは。

 たった一回。たった一回だけの失敗で失ってしまったナニカ。

 この胸からそんな何かが抜け落ちてしまったような空虚な感覚に襲われながら生きている。

 正体も分からないソレに固執し続けながら生きる日々は、ただただ息苦しかった。


 学校と自宅とバイト先を行き来するだけの日々。何を為すでもなく、ただ人生を貪っていた。

 そんな生活になにかあるとすれば、空虚な心と過去への未練だけだった。


 学校帰り、バイト先へと向かう。

 茜色に染まった坂道を下って十数分でバイト先に着く。

 いつも通り、店長に挨拶をしてバックヤードに向かうと、出勤前の同僚達の声が漏れ聞こえていた。そこに僕が入ると、一瞬音が消えた。

 すぐに何事もなかったように短い挨拶を交わして、また中身のない会話を再開し始める。僕はそれに交わることもなく出勤の準備を行い、ギリギリまで話している同僚達を尻目に先にタイムカードを切った。


 大して忙しくもない中いつものように淡々と仕事をこなしていると、一組のカップルが入店してきた。「いらっしゃいませ」とやる気のない挨拶をして受付をしようと顔をあげるとカップルの片割れと目が合い、思わず声を漏らす。

 相手も驚いた様子で目を丸くしている。

 一瞬の沈黙が訪れる。

 仮面をかぶり直し、何事もなかったように対応する。

 受付から離れていった後、もう片割れが「知り合い」と聞き、それに対して「……昔のね」と答えているのが聞こえた。僕達の関係はもう、ただそれだけの間柄だった。


 その後の仕事にはあまり身が入らなかった。脳裏に焼き付いたように残る一瞬振り返った顔。それだけが頭の中をぐるぐると回る。あの目が、あの声が。


 退勤後、すっかり暗くなった坂を自転車で駆け上がる。そしてそのまま、自宅への道を外れてどこか遠くへ、誰もいない場所へと進み続ける。


 一体どれくらい漕ぎ続けただろうか。全く知らない、誰もいない公園にたどり着いた。

 なんとなく自転車をその場に停めて、ベンチに腰掛ける。

 そして空を見上げる。


 一回。一度失っただけで色んなものから逃げた。逃げた先で、また逃げてきたものにぶつかり、また逃げた。

 逃げる度にまたナニカを失う逃避行を続けている。

 多分僕はこの夜逃げのような人生を送っていくのだろうか。そんなことを考えながらしばらくの間、雲一つもない夜空を見ていた。


 見上げた夜空に浮かんだ十三夜の月は、まるで自分の満ち足りない欠けた心のようだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 冷たい風にこの小説はしみました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ