白猫シャナトリア、荒ぶる
ソルフィスは飛翔彗に乗ることで空を飛ぶことができる。彼女が得意とする「飛翔術」の魔術だ。
この技をいたく気に入ったティノは空の散歩へ連れてってもらうよう、たびたび彼女にせがんだ。
「飛んでー飛んでー」
「乗せてー乗せてー」
「オレしゃまを乗せて飛ぶのぞ!」
にゃーにゃー鳴きながら黒猫はソルフィスにぴこっと引っついて所望した。
「もぉ〜しょうがないなぁ〜」
ルーシィに外出用のドレスも作ってもらったばかりだし、街の外に飛んでみるのも悪くない。
ティノに激甘なソルフィスはこれを受け入れ、術技の復習と近隣地理の勉強も兼ねて、近隣地域を飛んでみることにした。
「しっかりつかまってるんだよ」
「にゃにゃにゃ! コワイ!」
こうしてソルフィスは黒猫を肩の上にのせて飛び立った。
二人の視界に飛び込んできたのは、一面に広がる銀世界であった。
眼下に広がるアゼルの城と街並み。それを揺りかごのように包む雄大な谷、美しい湖。
そして堂々たる聖山クラートの頂が目の前にあった。
「はにゃー」
「ティノ平気? 寒くない?」
「ヘーキだぞ! しゅごいぃ、うにゃー、サイコー!」
ティノもソルフィスも次々と飛び込んでくる驚きに満ちた光景に目を奪われ、最高にエキサイティングなひとときを過ごした。
* * *
空の散歩を十分に楽しんで帰ってきたら、地獄が待っていた。
シャナトリアが腕組みしての直立不動の漢立ちで待ち構えているのである。
「で? 寒いから早めに帰ってきたっていうわけ?」
「う、うん。それで──」
「小一時間のどこが早いの?」
「や……全然早くないですぅ……」
目を血走らせて見下ろすシャナトリアは鬼のように威圧感満点。
ソルフィスはしょんぼりこうべを垂れるばかりだ。
「ソルは悪くないのぞ。オレしゃまが無理やり頼んだから──」
「あたし言ったよね。出かけるときは行き先と戻り時間伝えてって。あたしがどれだけ心配したかわかる?」
「ごめんなさい〜」
「にゃにゃ〜、すいませなんだ」
ティノもソルフィスも伏して平謝りである。
こってり絞られたティノは後にこの失敗を反省した。
「シャナの奴め。あれこれ小言を並べたてよるが、要するにアイツは寂しがり屋なのにゃ。一人放って置かれて拗ねておるだけなんにゃ!」
そのように看破したティノは、対策を練った。
* * *
次にティノがソルフィスと空の散歩に出掛けるときは、巧みな話術でシャナトリアを錬金資材準備室に押し込めた。
この場所ならヴィヴィアンとカイトが憩いの場にしている。彼らに遊び相手になってもらえば、シャナトリアの気もまぎれるだろう。
そうしておいてから、ティノとソルフィスは空のお散歩へと出掛けたのだった。
「にゃにゃにゃ! コワイ!」
「ティノ、彗の先っぽはアブないよ。落ちちゃうよ」
「にゃ……にゃんのこれしき! それよりもソル、オレしゃま今日は川の水がどこへ流れてるのか見に行きたいぞ!」
「むむ? 川?」
「そだぞ! あそこの湖から伸びてる川、あれはどこへ流れ、どこへつながっておるのか? オレしゃま気になってしゃーないのぞ!」
ティノは冒険好きの少年が一度はやらかすような無垢な願いを突きつけた。
「もぉ〜しょうがないなぁ〜」
ティノに極甘なソルフィスはこれを受け入れ、川下りの気分で飛んでみることにした。
ところが気がついたら予定の戻り時間より倍の時間が掛かってしまった。
これが致命傷となった。
* * *
「二時間で戻るって言ったよね? なんっでこんなに遅いわけ?」
「ご……ごめんなさいぃ……」
目を血走らせて見下ろすシャナトリアは鬼のように威圧感満点。
ソルフィスはしょんぼりこうべを垂れるばかりだ。
「ソルは悪くないのぞ。オレしゃまが寄り道したいって頼んだから──」
「前にも言ったよね。約束の時間は守れって。あたしがどれだけ心配したかわかる?」
「ごめんなさい〜」
「にゃにゃ〜、すみませなんだ」
ティノもソルフィスも伏して平謝りである。
シャナトリアの剣幕にヴィヴィアンとカイトもアワアワするばかりだ。
「ねぇ、シャナ。二人とも無事だったんだし、このとおり謝ってるわけだし」
「そ、そうよシャナさん、もう許してあげ」
「あなたたちはだまってて!」
「「ひんっ」」
シャナトリアを怒らせたら怖い。
なにせ比喩ではなく本当に雷を落とされるからだ。
「ティノ、あなた悪い子ね」
「にゃにゃ!?」
シャナトリアはその場に屈みこんでティノを抱き上げた。
「にゃ〜! ゆるせ〜、ゆるして〜」
「わー、シャナ、許してあげて」
シャナトリアはバタバタ暴れるティノを眼前に持ってきて、じっと見据えた。
「ティノ、あたしの目を見なさい」
「にゃにゃにゃ?」
ティノは撫でられるのをとても嫌がるため、お仕置きのときはいつもナデナデされるのだが、今回のシャナトリアはいつもと様子が違った。
他のみんなも不思議に思いながら様子を見ていたのだが──
「!?」
次の瞬間、なんとシャナトリアの全身が青白く光ったかと思うと、霧のように消えてしまった。
「「ええっ!?」」
「にゃにゃー!?」
唐突に体の支えを失ったティノはそのまま床に着地した。
シャナトリアの着ていた制服がぱさりとその場に落ちる。
「……シャナさん?」
「消え……た?」
ヴィヴィアンとカイトは呆気にとられた。
「シャナどこいったんぞー?」
「て、手品!?」
「そ、そんなわけないでしょう。魔術よ魔術!」
「むむぅ、これは……」
ソルフィスがやってきて、残されたシャナトリアの衣服に手をやった。
その時、服の中でなにかがもぞもぞと動いた。
ソルフィスが服を持ち上げると、なんとそこから小さな仔猫が顔をのぞかせた。
「「えええーっ!?」」
「にゃにゃにゃー!?」
それは黒猫ティノの姿にそっくりな仔猫だった。全身が真っ白な違いを除いては。
「みゃぁ」
白い仔猫は小さく鳴くと、目の前のソルフィスの胸に飛び込んだ。
「もっ、もももしかして、この猫……」
「シャナさん!?」
ソルフィスに抱かれたティノそっくりの白猫が、つぶらな瞳でカイトとヴィヴィアンを交互に見つめた。
「そーよっ、あたちよ」
白猫シャナトリアはそういって、「みゃあ」と鳴いた。
「ふわああぁぁ、かわいいいィィェェェィ!」
シャナトリアは抱かれた腕の中からソルフィスを見上げた。
「どーかちら、ソル? あたちの変身は」
「ふふっ。お見事だよ。ティノにそっくりで、とっても可愛いよ、シャナ」
「みゃふふふふ。もっと褒めていいのよ」
ティノがしっぽをぴこっと立てて警戒感をあらわにしている。
「ふむー。にゃにゃにゃにゃにゃ!」
妙なフットワークでシュッシュッと動きまわりはじめた。
「ほらティノ。ビビもカイトも、こっちのシャナもよろしくね」
ソルフィスが白猫を床に降ろし、皆が集まって屈みこんだ。
ヴィヴィアンが撫でようと手を伸ばしたところ、シャナトリアはぺちっとこれを払いのけた。
「ダメよっ。気安くあたちにしゃわらないでちょうだい。あたちを撫でていいのは、ソルだけなのよっ」
「ガーン! シャナさんケチぃ」
見守っているソルフィスは苦笑いするしかない。
「にゃにゃにゃにゃにゃにゃ!」
相変わらずティノはシャナトリアのまわりを警戒心むき出しでぐるぐる回っている。
「どしたどした、ティノ?」
「これたぶん警戒してるわね」
「……ライバル意識?」
「なぜ張り合おうとする……?」
ティノはシャナトリアを睨みつけてうなった。
自分と似たものがいると落ち着かないのだろうか。
「にゃーっ。ふにゃー、にゃんだこいちゅ! にゃんだこいちゅ!」
「バカね、あたちよ」
「そーだよ、ティノ。この子はシャナだよ」
「バカだとー? こいちゅいまバカっつった!」
「ふたりとも仲良くしてね」
そんなわけで、シャナトリアは器用なことに変身術も使えるようだ。
ティノの姿を模倣して、彼そっくりな仔猫に変身したのであろう。
白猫シャナトリアは再びソルフィスにぴこっと飛びついた。
「ソルっ」
「どうしたのシャナ?」
「これであたちもいっちょに行けるわね」
「ん?」
「あたちも、ソルといっちょにお出かけできるのよ? わかった?」
「そ、そっか。そうだね、あはは……」
なんとなくだがソルフィスはシャナトリアの魂胆に気づいていた。
ただ、白猫シャナトリアが黒猫ティノと仲良くやっていけるのか、そこだけがソルフィスは心配だった。
ところで──
ヴィヴィアンはシャナトリアの脱ぎ捨てられた服を見て思った。
(このままの状態でシャナさん元の姿に戻ったらどうなるのかしら……)
そこから先の想像を展開していったヴィヴィアンは過呼吸状態に陥った。
* * *
ソルフィス・シャナトリア姉妹は毎日決まった時間に就寝する規則正しい生活を送っている。
「ティノ、シャナ、寝るよっ」
毎晩、ソルフィスは夜更かししようとするティノを捕まえて強引にベッドに運びこむのだが、これがまたひと苦労な作業であった。
ところが最近になって、ある便利アイテムを入手したことによりティノは素直に従うようになった。
「にゃにゃーっ。オレしゃまクッションを用意せい!」
それは猫用の小さなクッションであった。
ルーシィがティノのために作ってくれたのだ。
ティノはこれを「オレさまクッション」と名付けて愛用していた。
クッションはソルフィスのベッドの定位置に置かれ、そこがティノの寝床となる。
次の日はそれがシャナトリアのベッドに移動する。
毎日交代で、ティノは姉妹のベッドを行き来していた。
「んぉおぉぉ、オレしゃまクッション最高かー」
ティノは自分の体がどうにか収まるくらいのちいさなクッションの上で体を丸くしてくつろいだ。
体の大きさにぴったりフィットするようデザインされたクッションはすぐに彼のお気に入りとなった。
「そんなにちいちゃなクッションで満足なの?」
ソルフィスの問いにティノは鼻をならして応じた。
「むふーん。バカモニョめ、この狭さが良いのぞ。そしてほどよい硬さ加減。これが絶妙な心地よさをもたらしてくれる。これぞまさにルーシィの傑作。匠の技であるぞ」
このようにティノは絶賛し、さらにクッションのレビューは続く。
「いいかソル。このちいさな空間。これこそがオレしゃまのテリトリー、オレしゃまの聖域なわけよ。にゃんぴとたりともこれを侵すことはできんのぞ。分かったかゃ?」
「はいはい、毛布かけるよ……」
ところが今夜はいつもと様子が違っていた。
ティノの聖域をおびやかす小さな侵略者がやってきたのである。
「あれっ、シャナどうしたの」
「みゃぁ」
白い仔猫がソルフィスのベッドに這い上がってきた。
「シャナ、その格好気に入ったの?」
「そうよっ」
白猫はつぶらな瞳でソルフィスを見つめた。
「あたちもソルといっちょに寝るのよ」
「そう? じゃあおいで」
ソルフィスが毛布をめくって招き入れると白猫シャナトリアは嬉しそうに飛び込んできた。
しばらくしてシャナトリアはティノのクッションをじーっと見ている。
「……にゃんだこいちゅ」
シャナトリアは予想外なことを言い出した。
「あんた、そこどきなさいよ」
「にゃんだとー?」
「そのくっちょん、あたちによこちなさいよ」
そう一方的に宣言して、白猫は黒猫のクッションに侵略を開始した。
「アーッ、これーっ!」
白猫は体勢を低くして黒猫とクッションの間にぐいぐいと体を割り込ませてきた。
「こいちゅーっ、にゃにをしゅるーっ! こりはオレしゃまのクッションだぞー! ニャメロー! でてけー」
「あんたこそ出ていきなさいよ」
「にゃにおー!」
突如としてクッションを巡っての白猫と黒猫の戦争が勃発した。
「ふたりとも仲良くね」
ソルフィスが仲裁しようとたしなめるが二匹の猫はまったく聞き入れない。
「あっちいけーこのー」
「あんたこそあっちいきなさいよ」
「にゃーにゃー!」
「みゃーみゃー!」
クッションの奪い合いはまったく収まりそうにない。ダメだこりゃ。
ソルフィスはこの可愛いバトルをずっと眺めていてもよかったのだが、そういうわけにもいかない。
「あ〜もう、ふたりともケンカしないの。や〜め〜、こらっ。ヤメナサイ!」
白猫と黒猫はむんずと掴まれ、引っぺがされた。
「にゃーにゃー!」
「みゃーみゃー!」
「こーれっ、あばれなさんな」
二匹はソルフィスの左手と右手のなかで、お互いに睨み合ったままだ。
ティノはよっぽどくやしかったのか涙目になってバタバタしている。
シャナトリアはお姉さんぽく余裕をみせて大人しくなったが、じりっとティノを睨み据えたままだ。
「シャナ、このクッションはティノのものでしょ。奪ったらダメじゃない」
しかしシャナトリアはソルフィスを見つめてこう言った。
「でもソル、この子バカなのよ?」
「なに言ってだこいちゅ! またバカっつった!」
物静かで賢かったシャナトリアが今では超ワガママな幼子のようだ。
これはこれで年の離れた小さな妹ができたようで、ソルフィスは気持ち半分嬉しかったりするのだが、残り半分は困った。
「シャナ、バカって言っちゃあダメでしょう」
シャナトリアはきっとソルフィスを見つめた。
「でもソル、この子が先にあたちからソルを奪ったんですもの」
「あー……」
そういうことか。
今の言葉を聞いて、何かを悟ったソルフィスはうーんと唸った。
それでも、ケンカのけじめはつけさせないと。
「シャナ、ティノに謝りなさい」
「ヤよっ」
シャナトリアはぷいっと顔をそらす。
「謝らないと、もう一緒に寝てあげないよ?」
「ふえっ!?」
とたんにシャナトリアは涙目になってぷるぷるし始めた。
「ヤぁ……ヤだぁ、ソル一緒にいてぇ。あたちソルと一緒じゃなきゃヤなの」
「よしよし、じゃあティノにきちんと謝りなさい」
先ほどとはうって変わってしょげかえったシャナトリアは素直にティノに謝った。
「……ごめんなちゃい」
ティノは鼻を鳴らして不機嫌な態度を崩していない。
「にゃんだこいちゅ。本当に反省しておるのかゃ?」
「ティノ、この子も謝ったから、もういいでしょう。このまえ言ってたよね、キミは寛大なんでしょ? 許してあげて」
ソルの奴め、ニクいところを突いてきおる。ティノはそう思った。
寛大さは英雄の条件だ。こいつらには度量の大きいところを示す必要がある。
「やれやれ。わかった、わかったぞ、もうすにゃよ。オレしゃまは許したぞ」
「ありがとねっ、ティノ」
こうしてソルフィスはワガママで甘えん坊の弟と妹を一旦はなだめることができた。
とはいえ、この調子では今後も苦労しそうだ。ティノとシャナトリアの間に立って、お姉さんらしい振る舞いを磨いていかねばならないだろう。
ソルフィスはやれやれと首を振った。
「おいで、シャナ」
「みゃぁ」
白猫シャナトリアは嬉しそうにソルフィスの胸の中に飛び込む。
愛らしい白猫と嫌がる黒猫の額にキスをして、ソルフィスは毛布の中にもぐり込んだ。
「ふたりとも、おやすみ……」
始まりだした掛け替えのない日常にソルフィスは無上の幸せを噛み締めていた。
以上にて本作 『MAGIN ―聖双の魔導士―』 は完結となります。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。
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