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ルーシィ、めちゃがんばる

 ルーシィのドレス作りはまず、ソルフィス・シャナトリア姉妹の採寸からはじまった。

 服を作るにあたって身体のサイズを知っておかねば話にならないからだ。


 この日は午後の課外活動の時間を利用して、マシューの監督のもとでルーシィが採寸を行った。

 マシューの用意した項目はかなり多く、ルーシィが思っていた以上に全身を細かく測定することになった。

 粘土板で手形・足形まで採取した。これは特注の手袋や靴に使うらしい。



 マシューはやるべき事柄をもうひとつ追加した。

「お二人がどういう魔術を使うのか、スタイルを確認しておく必要があるわ」


「せんせ〜、スタイルってなに〜?」

「スタイルってのはね、実際に魔術を使うときの構え(フォーム)や、利き腕、道具の扱い、体の動き全般のことよ。この特徴に合わせたドレスをデザインするのよ」

「むむ? 特徴にあわせる?」

「どんなふうに?」

 ソルフィスとシャナトリアは興味をひかれた。


「そうねぇ例えば……攻勢魔導士の構え方は、だいたい剣士や射手の構えに自然と似ているの。こんな風に──」

 マシューは構えるマネをしてみせた。

 体を斜に置き、左手は体の前へ、右手は後ろに引いた体勢だ。

「左手は防御、右手は攻撃につかう。最も基本的な攻防一体の構えよ。構え(フォーム)の知識はもう習った? よく見るでしょコレ」


「あたしソレだわ。いつもその構えでやってる」

 ヴィヴィアンがつぶやいた。

「そうね、ヴィヴィアンちゃんはこの構えだったわね。このスタイルでいくなら、ドレスの左半身の防御力を高めて、右半身を動きやすいつくりにすると都合がいいのよ」

「あっ、騎士のヨロイとかそうだよね! 盾持ってる方はガチガチしてるもん」

 マシューはうなずく。

「今話した例は、特に男性からの依頼に多いわ。やっぱり男の子は騎士に憧れるのね」


「ほへ〜」

 マシューの話をつぶさに聞いていたルーシィは感心したようにクチをぽっかり開けていた。

「ルーシィ、左も右も、おんなじように作るもんだと思ってた〜」

「それはそれでひとつの正解よ、ルーシィ。動きやすさから左右対称(シンメトリー)な形を好む人もいるわ。ここで大切なのはね、意図してデザインされた形には必ずなにかしらの意味があるということよ。わかった?」

「わかった〜」

 ルーシィは満足したようにうなずいた。


「みんなも興味をもって聞いてくれるから助かるわ。それじゃあ、お二人とも術を見せてくれない?」



   * * *



 一行は植物園近くの、アゼルの谷が一望できる広場にやってきた。

 ここの野外闘技場でなら、攻勢魔術を使ってよいことになっている。


「じゃあ〜、ソルちゃんからね〜」

「ほ〜い」

 ソルフィスは闘技場の真ん中に立った。彼女が実演するのは光帯魔術(ベルベット)飛翔術(フレイア)だ。

「あの子、構えは特に無いのねぇ。無形の構え……ってところかしら」


 次の瞬間、ソルフィスの両手から金色の光の帯が飛び出した。

「!?」

 光帯をムチのようにしならせ、右、左とフックして空を切り裂く。異様な音が空間を走った。

 綱を振り回すように地面に叩きつけ、続けて跳躍。ソルフィスは高く舞い上がり、高速キリ揉み回転からの勢いにまかせて両手の光帯をズダァンと地面に叩きつけた。

「おわっ!」

 見ている者たちに衝撃の振動が伝わってくる。


 ソルフィスは背中の飛翔彗を空に放り投げて飛び乗った。

 彗の尾羽根から幾本もの光の尾が飛び出したかと思うと、ソルフィスは上空へ向けてかっ飛んだ。

「……あれは何……?」

 マシューは呆然と見上げて彼女のシルエットを追いかけた。

 ソルフィスは学院上空を高速飛行で旋回し、やがて野外闘技場の真上から急降下してきた。

「ひぇーっ!」

 ソルフィスは地面に激突する直前にビタリと宙で静止し、逆さに浮いた状態で止まった。


「だいたいこんな感じなんだけど」

「ギャーお姉さま! パンツ! パンツ見えてる!」



   * * *



 ソルフィスの実演をひととおり観たマシューは驚きのあまり呆然となっていた。

「あのスゴイの今朝も見たけど……なんなのあれ。人って空飛ぶの?」

「マシューさん、あれは飛翔術っていうんですって。(ほうき)に乗って空を飛ぶの」

「知らなかった……そんなんあるんだ……」


「はい〜、つぎはシャナちゃん〜」

「うん」

 シャナトリアが闘技場の真ん中に立った。彼女が実演するのは氷と雷の元素霊(エレメンタル)魔術だ。

「あの子も構えないのねぇ。さぁどんな技を見せてくれるのかしら」


 シャナトリアがすっと片手を上げて前面に差し出した。

 ミシッと音がした次の瞬間、バキバキと凄まじい音を立てて氷河のような塊が地面から沸き立った。

「ウェ!?」

 続けてシャナトリアは指をのばし、氷塊を的に見立てて氷弾を撃ち始めた。

 指一本から放たれる氷弾の速射はすさまじい威力で、氷塊はたちまちこそげ落ちて張り裂けながら破壊されていった。

 シャナリアは踊るようなステップで氷塊のまわりを歩きながら射撃を続ける。瞬く間に氷塊は粉みじんになった。

「ぅゎ……エグぃ」


 再びシャナトリアが片手を上げると、今度は巨大な氷柱が出現した。

 続けて手を突き出すと稲妻がほとばしり、氷柱に激突して爆発した。

 さらに左、右、左と、舞踏のように流れる指先からまばゆい雷光の奔流が走る。

「何発出せるの、あの子……。怖……」


 最後にシャナトリアは片手を天に差しのべた。

 それを振り下ろすと落雷が氷柱を貫き、凄まじい轟音とともに爆散した。

「うぎゃー」

 見ていたギャラリーたちは後ろにひっくり返った。


「だいたいこんな感じよ」

「アンタほんとに修練生!?」



   * * *



 姉妹の魔術デモンストレーションが終わったところで、全員が集まった。

「いやぁ、スゴイもん見させてもらったわ……」

「せんせ〜、次はどうしたらいい〜?」


 マシューはルーシィにデザインの方向性について決めるようアドバイスし、姉妹と一緒に検討させることにした。


「二人とも動きやすいドレスがよさそうね。特にソルフィスちゃんの動きはアクロバティックだから……」

「ふんふん」

「あたしみたいなロングスカートだと、ソル姉さまは動きにくそうよね」

「じゃあ〜、ソルちゃんはミニスカート〜?」

「バカっ。それだとお姉さまのおパンツがお見えに……フヘへへ……んっんっ」

 挙動不審のヴィヴィアンは置いといて、マシューはヒアリングを続けた。



「ドレスの色は何色がいいかしら?」

 これは非常に重大な質問だ。


「すぐには思いつかないけど……。ソル、何色がいい?」

「むむぅ、色かぁ……」

「アナタたち双子だから同じ色で合わせてもキマるし、違う色で互いに主張するのもカッコイイわよ」

 ソルフィスはしばらく考え込んでいたが、やがて照れたようにこう言った。


「わたし、黒がいいなぁ。ティノと同じで黒い色!」

(く……黒!?)

「なるほどぉ〜、ソルちゃんは黒ですね〜ぃ。ルーシィもそれすごくイイと思う〜」

 ルーシィはヒアリングの結果をメモに取った。

 ヴィヴィアンは流れからソルフィスの黒い下着を想像してもうダメだった。


「シャナちゃんはどうしゅる〜?」

「んん……、そうね。ソルとお揃いの黒ならどうかしら……」

(お揃い!?)

「ルーシィはね〜、シャナちゃんは白がとっても似合うと思うんだな〜」

「えっ、白? そう思う?」

「うん〜。ルーシィは〜、シャナちゃん白が似合うと思うの〜。ソルちゃんは黒がぴったりだと思う〜」

「ほ、ほんとにそう思う? 実はね、あたしも白が……」

「わたし、シャナの白いドレス姿、見てみたいな」

 ソルフィスが優しく微笑むのでシャナトリアはボッと赤面した。

 それが決め手となってシャナトリアは決断した。


「あ、あたし、白にする! 真っ白いドレスにして!」

(し……白!!)

「はいな〜、シャナちゃんは白ね〜」

「白と黒、正反対の色ね。これはきっとカッコイイことになるわよ」


 姉妹の清純なやりとりをつぶさに見て、ヴィヴィアンは神聖を拝する信奉者のような安らかな心持ちになっていた。

「ありがたや、ありがたや……」



   * * *



 それからルーシィとマシューは、アトリエに戻って本格的な作業に移った。

 ルーシィがドレスのデザイン案の執筆に着手し、その間にマシューは予算や素材の調達など、裏方の作業に手を回してくれた。

 ドレス制作にかかる諸々の費用については心配することはない。修練生の魔導装束は、申請が通れば学院側が費用を捻出してくれるのだ。


 ルーシィは姉妹から得た情報と暖めておいた案を擦り合わせて、マシューの意見や指摘も取り入れながらデザイン案を描き続けた。

 いくつかの案の清書ができたら姉妹に見せて、気に入ったものを選ばせた。

 このやりとりを繰り返して、デザインが練り上がるまで一週間かかった。


「ふおおぉっしゃぁああ! でけた〜おら〜!」

「ルーシィ、楽しみにしてるよ!」

「待ってるからね!」



 設計図ができたらあとはドレスを製作するのみだ。

 姉妹はドレスが完成するのが楽しみで待ちきれない様子だった。

 姉妹以外の仲間たちには完成図を秘密にしていた。当然、彼らがそれを探ろうとするような野暮なことはしない。

 ただ、ヴィヴィアンたちは姉妹のドレスの完成お披露目会を勝手に設定して、そのときを待ち焦がれるようになった。



 この時期からのルーシィは、授業と食事と睡眠以外の時間はマシューのアトリエに(こも)るようになった。

 彼女のドレス作りのために、マシューが作業場と道具を貸してくれたのだ。


 マシューは別の仕事で出入りが多く、作業場に居たり居なかったりだが、留守中のアトリエをルーシィに任せるようになった。

 彼が居るときはルーシィの進捗を見てあげたが、作業には手を貸さず、すべてルーシィ自身の手で作らせた。


 ルーシィにとって孤独な作業ではあったが、毎日スプリーが付き添ってくれたので寂しくはなかった。

 仕事に疲れたらデブっちょフサ猫を抱いて「ふおぉぉおん」するのだ。



「スプリーちゃ〜、癒されるぅ〜ほぇー」

 にゃーん。

 型紙製作に疲れたルーシィは、今日もデブ猫をモフモフして心身回復(デトックス)を試みていた。


「戻ったわよん」

「せんせ〜、おかえり〜」

 資材を担いで帰ってきたマシューが図面や型紙を見るなり反応した。

「上着にスカートに……。セパレートにしたの? これはなかなか大掛かりねぇ」

「ルーシィはやるよぉ〜!」



「んじゃあルーシィ、これを使いなさい」

 マシューは白と黒の、いくつかの布束を置いた。

 ルーシィは手にとって眺めた。光にさらすと、角度の加減でうっすらと玉虫色に輝いて見える。


「ビビちゃのドレスと同じだ〜! せんせ〜、これはなに〜?」

「これはね、魔導繊維(まどうせんい)っていうのよ。魔力を帯びた布生地よん」

「ほへぇ……」

「くわしく知りたい?」

「うん〜!」



 マシューはカウンターの中に入り、「これよ」と言って虫カゴを取り出した。

 カゴの中には大人の手のひらサイズくらいのデカい蜘蛛(クモ)がいる。

「クモだ〜」

「このクモちゃんはね、火噛(ひか)蜘蛛(グモ)っていうの。この子の出す糸はね、魔力を帯びることができるのよ」

「まりょくをおびるか〜……するとどうなるの〜?」


「メチャクチャ強靭(きょうじん)になるのよ。ハサミで切れないくらいにね。蜘蛛の糸って元からすごく強いんだけど、それが魔力を帯びればもっともっと強くなるのよ」

「おぉ……」

「この蜘蛛糸を他の繊維(せんい)と混ぜて、魔導繊維にするの。そうして織った布地がコレというわけよ」


 今回のドレス用に用意された魔導繊維は、綿や絹をベースとしたものに火噛み蜘蛛の糸をブレンドしたものだ。他にも魔導素材との組み合わせによって、様々なバリエーションが存在するようだ。



「しかも、この布は耐火性。火に強くて燃えにくいのよ」

「布なのに燃えないの〜?」

「ええ。火噛み蜘蛛はとある火山地帯に()んでてね、燃える魔導鉱石を食べるのよ。だから火に強くて、その成分が糸になって出てくるワケ」

「ぶおぉ〜、すげ〜」

 名前の由来にもなっている、燃える石を噛み砕いて食べるクモだなんて、なんとも恐ろしげなヤツである。


「スゴイでしょ。汚れにも強いから、シャナちゃんの白いドレスでも問題ないわ」

「すこぶる使えるやつだ〜」


 魔導繊維を使って仕立てた服は、着用者の発する魔力のおびることで普通の服にはない特殊な性質が備わるようだ。

 ヴィヴィアンのドレスが今でも新品同様な理由がわかった。

 耐久性重視の性能は修練生向けのドレスとしてはおあつらえ向きだろう。



「でもせんせ〜、ハサミで切れない布なのに〜、どうやって切るの〜?」

「いちど布地を水にさらして魔力を抜いておくの。これで刃も通るようになるわ。わかった?」

 了解した、とルーシィはこくこく頷いた。


「ルーシィのドレスも、コレで作り直したいな〜」

「アンタ見かけによらずほんっっとにバイタルあるわねぇ。でも今はこっちが先でしょ」

 マシューは壁に貼られたドレスの設計図を叩く。

「あい〜」


「さぁ、この布を使ってあの娘たちのドレスを完成させるのよ!」

「らじゃ〜! ふおおぉぉおぉ〜!」

 にゃーん。

 元気いっぱいのルーシィの反応をみて、スプリーも満足そうに鳴いた。


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