ルーシィ、おねがいする
翌日の早朝。
修練生寮の裏手の敷地で、ルーシィと仕立て屋マシューは待ち合わせた。
いよいよソルフィス・シャナトリア姉妹に魔導装束作成の打診をするためだ。
「来たわよ、ルーシィ」
「お師匠〜、おはようございます〜。来てくれてありがとう〜」
「べ、別にあんたの師匠じゃないわよ、この子ったら……!」
ルーシィは律儀に顔を出してくれたマシューに軽くお礼を言ったつもりだが、マシューは気恥ずかしくて顔をそむけた。
「まったくこんな朝早くに呼び立てて……! それなりの見返りは期待できるんでしょうね」
「もちろん〜」
ルーシィはにっこりとうなずく。
「ソル姉さまとシャナさんは、毎朝ここで魔術のトレーニングを行ってるのよ。それはもう一見の価値はあるわ」
今回もヴィヴィアンがオブザーバーとしてこの場に参加している。というか無理やりついてきた。
「では、その場所に行きましょう」
* * *
ソルフィスとシャナトリアは、芝生敷きの小さな庭園にある湧水地で毎日トレーニングしている。
二人にとってのこの日課は、訓練というより朝飯前の準備運動だ。いつものように姉妹は寝巻きのワンピース姿のままだった。
ソルフィスは飛翔彗にまたがって宙を飛ぶ。七色の尾が空中で鮮やかな弧を描く。大胆ながらも繊細な動きはさながら天女の舞いのようだ。
シャナトリアは泉の水面に立ち、静かに瞑想に耽っている。その左右非対称の曲線は魅惑を漂わせながらも美しく幻想的だ。
姉妹の躍動と平静は調和によって結ばれ、その静謐の光景はひとつの宗教画のような神秘性を放っていた。
「ふわあぁぁ……! お姉さまァ……シャナさんも……素敵すぎィ……」
「キレイだね〜」
ルーシィたちは茂みの中に隠れて姉妹の様子をうかがう。
仕立て屋マシューも血が騒ぐのか、感動に打ち震えていた。
「ああああ、あれこそまさに芸術だわ!」
「ね〜。ソルちゃんとシャナちゃんは特別なの〜」
「あれはまさに天から降りた……んぐぅおぉぉお、あの子たち……姉妹なのね。どおすべきかしら……ドレス……んんん!」
脳内にインスピレーションがドブドブ沸いてくる。マシューは興奮のあまり頭を掻きむしった。
「お師匠〜、おふたり呼んできますね〜」
「待ちなさい! 今行ってはヤボってもんよ、芸術に唾吐くようなもんだわ。二人の鍛錬が終わるまで待ちましょう」
「らじゃ〜っ!」
マシューはその価値を認めたものに対して敬意を払うことをルーシィに説き、姉妹の日課が終わるのを待った。
* * *
「しょるーっ、ちゃなーっ、オレしゃまハラへったぞ。メシにしよー」
地面にいる黒猫ティノが声をあげた。
「ふうっ、そうだね。今日はこのへんでいいかな。シャナ、そろそろ戻ろっか」
ソルフィスの呼びかけでシャナトリアも瞑想から静かに眼を開いた。
「ええ、そうね」
突然、パン、パン、パンと手を鳴らす音が響き渡った。
「うおおおぉ、トレビア〜ン! お二人とも素ン晴らしい! 実に見応えのある術だったわ〜!」
茂みの中から、変な男が拍手とともに現れた。
「ぬ?」「な、なに?」
続けてルーシィとヴィヴィアンが飛び出てきた。
「ソルちゃん〜、シャナちゃん〜、おはようございま〜す」
「おはようございます! ソル姉さま、シャナさん」
「ぬぬ? ルーシィ、ビビ?」
「なんなの、一体……?」
妙な取り合わせに不思議がる姉妹だったが、ティノはひとり納得したような訳知り顔だ。
「まーたこいちゅら覗き見しおってぇ。オイ、しょる、ちゃな。今日はるしぃが大事な話あるみたいだぞ」
「大事な話?」「ルーシィが?」
ルーシィが小走りに寄ってきた。
「ソルちゃん〜、シャナちゃん〜。ルーシィ、お願いがあります」
「「お願い?」」
「ルーシィに〜、ソルちゃんと〜、シャナちゃんの〜、魔導装束をつくらせてくださいっ〜!」
姉妹は不思議そうに首をかしげた。
「「どれすってなに?」」
後ろでマシューが変な声だしてズッこけた。
「あ、あんたたち修練生でしょ? ドレス知らないなんてあるぅ?」
「おじさんだぁれ?」
「ハゥ」
ソルフィスの何気ない質問がマシューを悶絶させた。
「お、オジ……それは心にくるのでやめてくんない……マシューと呼んで頂戴……」
「マシューおじさん?」
「ハゥ」
* * *
改めて仕立て屋マシューとソルフィス・シャナトリア姉妹はお互いに自己紹介した。
「お二人ちゃん、新入生だったのね。どうりでドレスのこと知らないはずだわ!」
「マシューさんは、凄腕のしたてやさん……?」
「仕立て屋さんはね〜、服をつくるんだよ〜。コレはルーシィの先生〜」
「コレとかいわないの!」
「ふむふむ」
「服……?」
シャナトリアがなにか思い出したようだ。
「ん? ティノあなた、この前言ってた《工房》の服屋さんって、あれってマシューさんのことだったの?」
「にゃはは、思い出したか。そうだぞ、オレしゃまはるしぃに頼まれて、ましゅの店を探しておったのだ」
ティノはこれまでの経緯を簡単に説明した。
姉妹に対して特に隠す事でもなかったのだが、ルーシィから始まった頼まれ事だったので、ティノから姉妹に仔細を伝えることは控えていたのだ。
「へぇー、そういうことだったんだね」
「ティノ、あんたなかなかやるじゃない」
「にゃはは。これでもオレしゃま義理堅いんぞ」
にゃーにゃーと鳴いてばかりの黒猫と姉妹との会話らしきものが成立してしまっているのを、マシューは眼を丸くして不思議そうに見ていた。
「ドレスってなに?」という姉妹の最初の質問についても触れた。
「ルーシィがすべて、お教えしましょう〜! ドレスとはな〜、お出かけ用のゴージャスな服ですのだ〜!」
「雑すぎィ!」
見かねたヴィヴィアンが補足をいれた。
「魔導装束は、魔導士の正装よ。ドレスは仕事着だし、儀式や祭事でも着るものなの」
「ほうほう」
「修練生はまだ半人前だから、本当はドレスを持つ必要ないんだけど、アゼル魔導学院では修練生でもドレスを作るの。これは昔からの伝統なのよ」
「ビビちゃ〜、ルーシィの言いたかったこと言ってくれた〜」
「まだ大切な事があるわよ! どのドレスも特注品なの。使用者の能力を引き立てるために、特性や環境に合わせて作られるのよ」
「その通り!」
マシューも出てきて解説に加わった。
「そのためにアタシ達デザイナーは、お客様との相談を重ねてデザインを練り上げていくのよ。だから実際にドレスを着ることになる、あなた達の協力が欠かせないの」
姉妹はフムフムと聞いていたが、ソルフィスがささっと手をあげた。
「はいはいっ、質問がありまぁす」
「はい、はい! ソルちゃん〜!」
「お出かけするときに魔導装束を着るんだよね。制服はどうするの?」
「ソル姉さま、制服はいつもどおりに着ていいのよ。ドレスはアゼルの街の外までお出かけするときに着るのよ」
「ふむふむ」
「ビビちゃの言うと〜り〜!」
ルーシィはうんうんうなずいている。
「聞いたシャナ? 街の外へお出かけ用の服を作ってくれるんだって!」
「ええ、嬉しいわね、ソル」
「そんなわけで〜、ソルちゃん〜シャナちゃん〜、ルーシィにドレスつくらせてください〜!」
「ドレスの品質はこのアタシが保証するわ。責任もってこの子を指導するから、ぜひとも作らせてちょうだい! アタシからもこのとーり! お願いするわ!」
ルーシィとマシューは並んでぺっこりと頭をさげた。二人ともすごい熱意だ。
「このルーシィを〜! なにとぞ〜! おにがしま〜!」
「こちらこそ、このとおりお願いするわ。ルーシィ」
「ルーシィ、ありがとう! わたしすっごく楽しみだよ!」
ルーシィと姉妹は三人でぎゅっと握手した。
こうしてクライアントの了承も得たことで、ルーシィのドレス作りがようやく始動した。




