ルーシィ、教えを乞う
本格的な冬の到来が間近に迫る頃。
伝説の仕立て屋マシューがアゼルに帰ってきたという情報がティノの元に入ってきた。
ティノが定期的に足を運んでいる《工房》で、鍛冶屋のマガネお婆ちゃんが教えてくれたのだ。
ティノはさっそくルーシィを連れて工房に向かった。
ついでにヴィヴィアンも連いてきた。ルーシィのルームメイトである彼女は、ルーシィの願いをかねてから知っていたのでなにかと協力的であった。
「ティノちゃ〜! どこいくの〜!」
「決まっとろうが! 仕立て屋ましゅンとこだぞ」
「ちょ、ちょっとティノ! ここ外縁区画じゃない? あたし道知らないわよ!」
「心配するにゃ、オレしゃまはもう覚えたんぞ」
迷路のような路地やトンネルや建物の中をぐるぐると引っ張り回され、ルーシィとヴィヴィアンはその場所についた。
ギリギリ人間スケールを保っている、と言ってよいほどに狭く雑然とした通路のつきあたりに、そのアトリエはあった。
「ちゅいた。ここだぞ」
「ふわぁ……お化け屋敷か」
廃屋と見間違いそうな建物の小さな扉にクモの巣が糸をひいている。ヴィヴィアンはすでにドン引き状態だ。
ドアに鍵は掛かっていない。おそるおそる開けて中に入った。
「ごめんくだ〜さ〜」
「うっわ暗っら……」
ドアを開けて中に入ると、小さな部屋のなかにカウンターと作業台があった。
ランプの明かりが灯る部屋の真ん中には、服の型紙が貼られたマネキンが置かれている。
「誰もいないわね」
「にゃ? 仕立て屋ましゅは出掛けてるのかゃ? タイミング悪いにゃー」
ルーシィは物珍しそうに部屋の中を見て回っている。
棚には糸束や布がみっしり詰め込まれ、床には糸くずや布の切れ端がとっ散らかっている。
「ほわぁ〜」
「いかにも仕立て屋の作業場って感じだけど、ねぇティノ、ほんとにここが仕立て屋マシューのアトリエなの?」
「そだぞ。この場所は、しゅぷりーに教えてもらったんだかやの」
とはいうものの、ティノも仕立て屋マシュー本人を見たことはない。アトリエの中に入ったのもこれが初めてだ。
「オイ、るしぃ、ビッビ。仕立て屋はそのうち戻ってくるハズだぞ。オレしゃまちと用事があるからにゃ。ここで待っとれよ」
「えっ、ちょっとティノ!?」
ティノはそう言い残して部屋を出て行ってしまった。
ヴィヴィアンは「もうっ」とため息をついて、近くにあったスツールに腰掛けて待つことにした。
* * *
「はえぇ〜」
ルーシィは飽きもせずアトリエの中を見て回っている。
作業台に置かれた道具類をじっくり眺めたあと、カウンターの中にも入っていった。
そこに鳥かごのような網の箱が置いてあった。
興味津々で中を覗いてみると、でっかい蜘蛛がいた。
「ひゃぁぁ〜!?」
「どしたルーシィ?」
「ビビちゃ〜、これ〜っクモ〜っこわ〜っ」
「何事よもう〜。わかるように言いなさ〜い」
「これぇ〜っ」
ルーシィが蜘蛛の入ったカゴを持ち上げてヴィヴィアンに見せた。
「ギニャー」
「ちょっとぉ、誰ぇ?」
男の声でルーシィとヴィヴィアンは振り返った。戸口の場所に見知らぬ男性が立っている。
「修練生? お客……なわけないか、ってちょっと! クモちゃん! これっ、アンタそのカゴを置きなさい!」
「ほぇ〜?」
男はルーシィが持ち上げている蜘蛛の虫カゴを指差した。
「それよそのカゴ! そーっと下に置いて。クモちゃんとってもとってもデリケートなんだから!」
ルーシィが虫カゴを降ろそうとすると、急いで男もやってきて手を添えた。
「あの〜……仕立て屋のマシューさん、ですか?」
オネエ口調の男は「そうよ」と応えた。
仕立て屋マシューは痩身の男で、控えめだが小綺麗でバリッとした、いかにもその道のプロらしい衣服を身にまとっていた。
「アナタは?」
「あたしはヴィヴィアンといいます。こっちの子は……」
「ルーシィです〜!」
「なんの御用? 修練生向けのお仕事はオフシーズンだと思うんだけど」
「用はあたしじゃなくて、この子が──」
そしてヴィヴィアンは「言っちゃいなさいよ」とルーシィをつついた。
「はうぅ」
「マシューさ〜ん! ルーシィに教えてくださ〜い!」
ルーシィはペッコォと頭をさげた。
「なにをよ?」
「魔導装束のつくりかたです〜! ルーシィは〜、ソルちゃんとシャナちゃんに〜ドレス作ってあげたいんです〜! だからマシューさん〜、ドレスの作り方おしえてくださ〜い!」
ルーシィがド直球で突っ込んでいったのでヴィヴィアンは驚いた。不器用ながらも熱意はある。
しかしマシューの返答は素っ気ないものだった。
「ダメね。アタシ弟子も教え子も取ってないから。他をあたってちょうだいな」
「はぁうぅぅ〜……ぶええぇぇ……ちきしょぉぉ……」
速攻で断られて心をへし折られたルーシィはべそをかきはじめた。
しかし、応援についてきたヴィヴィアンはあきらめない。
「ちょっと待ってよ!」
もってきたカバンを開けて、中から折り畳んだ衣服を取り出した。
それはヴィヴィアンとルーシィのドレスだった。
「これっ! 見てください!」
「あん?」
「これはあたしのドレス。あなたが作ったモノです!」
「アタシが?」
「それでこっちのはルーシィのドレス。あなたの作品を、この子がマネして作ったの! 見比べてみて!」
「……」
「シロートのあたしが言うのもなんだけど、ルーシィの才能は本物よ! この子のウデを伸ばしてあげるのが、学院にとってもあなたにとっても得ってモンじゃないの?」
仕立て屋マシューはドレスを手に取り、一瞬だけプロの鋭い目つきをみせたが、すぐに首を横に振った。
「……いいえ。あのねえ、こういうの出されてもね、ダメなものはダメよ」
「そんなー、ちゃんと見てよ!」
「ビビちゃ〜、もういいよぅ〜」
取っ組み合いに発展しそうなくらいにヴィヴィアンが突っかかるのをルーシィが止めようとしたとき。
出入り口の方から来客の声がした。
* * *
「マシューはん、おるぅ〜?」
「あっ、はぁ〜い!」
応対に出たマシューの顔色が一瞬にして変わった。
「げげっ! オサ!!」
「あややぁ、マシューはん、達者でおるなぁ」
そこにいたのはマガネお婆ちゃんだった。
ヴィヴィアンとルーシィにとっては知らないお婆ちゃんだ。
二人にとって不思議なのは、なぜかお婆ちゃんの腕の中にティノがいたことだ。
「おーぅ、ビッビ、るしぃ! 戻ったぞー」
「ティノちゃん〜?」
急いでマシューは椅子をすすめたが、マガネお婆ちゃんは遠慮した。
「ええよええよ、マシューはんが戻ってきた言うんでね、ちょっと顔を見に来ただけなんよ」
「え……? でも、オサ……わざわざこんなところまで……?」
マガネお婆ちゃんはすぐにルーシィに目を留めた。
「あんたが、ルーシィさん?」
「ふぇ? はい〜。ルーシィは、ルーシィです〜」
「そっちのあんたはヴィヴィアンさんね?」
「う、うん……。おばあちゃん、どうしてあたしたちのこと知ってるの?」
お婆ちゃんはニコニコ顔でうなずいている。
「ちょ、ちょっ! アンタ、おばあちゃんだなんてシツレイな……!」
割り込んできたマシューをマガネお婆ちゃんはそっと制した。
「おばあはね、マガネと申します。この工房で鍛冶師をやっとります」
そう言って、お婆ちゃんは丁寧にぺこりと頭をさげる。
つられてルーシィとヴィヴィアンも頭をさげた。
「るしぃ、ビッビ! マガネばっちゃはスゴイんだぞ。オレしゃまの言葉がわかるんだかやの」
「え? ティノ、あんたこの人とどういう……」
「マシューはん」
「は、はいっ!」
マガネ婆ちゃんから声を掛けられただけでマシューは直立不動でかしこまってしまった。
「ルーシィさんの事、よろしく頼みましたよ」
「は……、え?」
その言葉が何を意味するのか、マシューはすぐには理解しかねた。
が、お婆ちゃんの『育てろ』という職人特有のジェスチャーで察した。
「で、ですが、オサ。この子はまだ修練生で……どうして──」
「マシューはん」
「はいっ!」
「おばあはね、このアゼルの里の将来のことを想っとるだけなんよ」
「は……っ、承知しました!」
マシューは深々と頭をさげて退いた。
「じゃあ、おばあはこれで帰りますね。ティノちゃん、またね」
「ばっちゃ、ありがとにゃー!」
「ルーシィさん、ヴィヴィアンさんも、工房で困った事があったらいつでもおばあのところへおいでなさい。じゃあね」
ルーシィもヴィヴィアンも何がなんだかチンプンカンプンのまま、マガネお婆ちゃんの去って行く姿を見送った。
がっくりと肩を落とすマシューの心境は複雑そうである。
「ちょっとアンタたち〜、一体どういうマジックを使ったのよ!」
「ルーシィなんもわからん……」
「あのお婆ちゃん、マシューさんの上司なの?」
「上司もなにも、マガネ様は《工房の長》。マスターよ。めっちゃエライ人なのよ!」
「はぇー」
そんなエライ人であるマガネ婆ちゃんをここまで導いてきたのはティノだ。
偶然も重なり、結果的にティノが橋渡し役となって、ルーシィにチャンスをもたらすことになったのだった。
こうして仕立て屋マシューはマガネお婆ちゃんの口添えにより、ルーシィのお願いを引き受けざるを得なくなった。
「あ〜、っんもう、しょうがないわねェ! ホラあんた、来なさい!」
「ルーシィです〜。よろしくお願いしま〜す〜」
「にゃんかよくわかんねーけど、よかったにゃ、るしぃ!」
「うん〜。ティノちゃんのおかげだよ〜、ありがとう〜」
こうしてルーシィの服作りの第一歩がはじまった。




