ロゼッタ、忍びこむ
趣味の森林散策から戻ったカイトはまっすぐ寮の自室に帰ってきた。
「ただいまっと……」
黒猫になってしまった同居人のティノは部屋に荷物だけ残したまま不在となっている。
ぽっかりと開いた空間に若干の寂しさをおぼえながら、カイトは背中の荷物をおろした。
「ん……?」
カイトは部屋の中に違和感を感じた。
「なんだこれ、いい匂いがする……」
ムサ苦しい男の部屋に似つかわしくない、花の香りがするのだ。
カイトは不審に思いながらもスンスンと匂いをかぎ回った。
「?? ヘンだな……」
奇妙な気配を感じたカイトはベッドの上のこんもりと膨らんだ毛布に目がとまった。
「……? ???」
不思議に思いつつも、毛布をつかんで持ち上げる。そこから現れたのは──
ロゼッタであった。
「ホァー!」
カイトは驚きのあまり天井まで飛び上がった。
「こんなとこで何してんだお前!」
「……んむぅ……」
ロゼッタは眠そうな目をこすりながらカイトを見た。
「カイトだぁ、おかえりぃ……。ボク、すごく気持ちよくて寝ちゃった」
「おかえり〜じゃないよ! なぜここにいるぅ!?」
「ここね、カイトの匂いがするの」
「そりゃそーだろ、そこは僕のベッドだ!」
「えへっ、やっぱりぃ」
そういってロゼッタは毛布に顔をうずめた。
「ちょナニやっ……こらっ降りろ!」
「あっ、ヤダっ」
「はぅぁ」
カイトが毛布を掴んで引っぺがそうとすると、スカートからのびたロゼッタの白い太ももが目に飛び込んできた。
たまらずカイトは目を伏せる。
「ななななにやってんだよロゼッタ。ここは男子寮だぞ君が来るとこじゃない」
「カイト忘れちゃったの? 前にも言ったよね? ボク、オトコだよ?」
ロゼッタが蠱惑的に見つめてくるのでカイトの顔は真っ赤になった。
「だから入っていいんだよ?」
「そそそそそそんなわけないだろお前ふざけてんのか! 早くそこ降り」
「ボクがオトコだって証拠、みせてあげよっか?」
そう言ってロゼッタはスカートの裾をつまむ。
「ふんわー」
カイトは素っ頓狂な声をあげた。
「やめなさーい、見せんでいい! ていうか見たくねーわ観測したくねーわ!」
「見たくないの?」
「未観測でいーわ! ずっと永遠にロゼッタの謎でいいわ」
「……がっかり……」
しょんぼりのロゼッタは佇まいを直してベッドを降りた。
「どちらにせよ、だ……」
「?」
「君がなんと言おうと、僕は君のことを女の子として見てるから」
「……!」
カイトはロゼッタを見つめてそういった。
その眼差しと言葉にロゼッタはハートをズガンと射抜かれたような思いがした。
「はわぁ……。ああ、カイト……やっぱり君って人は……」
「だから出てってね」
「えっ」
ロゼッタは部屋からつまみ出された。
「えええええーっ!? ちょっとーっ、カイトーっ!」
「さっさとここから出て行くんだ」
「カイト聞いて! ボ、ボク家出してきたんだ。アリス姉ぇとケンカしちゃって……」
「それは難儀なことだね」
「だ、だから泊めて! 今日だけでいいから!」
「ダメだ。すぐに家に帰って、お姉さんと仲直りするんだ」
「いれて! カイトぉ! 入れてよぉ!」
「君のために言ってるんだ。バレないうちに早くおかえり」
ロゼッタはドアに取りすがって泣き叫ぶが、カイトは聞き入れない。
そのうち騒ぎの声を聞きつけた他の寮生たちが集まり始めた。
「なんやなんや?」
「なんやぁ、女子かいな」
「なんや」
「いやまてぃ女子!? ぬうっ、ここに侵入者がおるで!」
「曲者や! であえであえー!」
「チッ!」
モブの寮生に見つかったロゼッタは顔がバレないよう腕を顔前に組みつつ、出口に向かって走り出した。
寮生は囲い込んでロゼッタを捕まえようとするが、ロゼッタは姿勢を低くして彼らの手の下を掻いくぐった。
「なにィ!? 素早い!」
しゅぱたたたたたー!
驚異的なスピードとフットワークで彼らの包囲網を突破したロゼッタは階段に走った。しかし階下からやってきた肥満体がロゼッタをつかまえようとタックルしてきた。
「どすこぉい!」
しかしロゼッタは勢いに乗ったまま華麗にジャンプし、肥満体の顔を踏みつけ、さらにジャンプ。踊り場の開いた窓からズバーンと飛び出した。
「なんとぉ!?」
ロゼッタは中庭の地面に転がって着地し、脱兎のごとく駆けて行った。
* * *
ロゼッタは寮の敷地の茂みの中に息を潜めて隠れていた。
ほとぼりが冷めるとのそのそと出てきて、めそめそ泣きながら歩いた。
「うっ、ふえぇぇぇ……」
「なにしてんのよアンタ……」
声がして振り返ると、そこにいたのはヴィヴィアンだった。
「び……びびアン……うえぇぇ〜。ボク、カイトに嫌われちゃったぁ」
「はぁ?」
「ボクはもう……、ふ、ふえぇぇぇ……おじまいだぁ」
普段から眉ひとつ動かさないお人形のようなロゼッタがくちゃくちゃに顔を崩して泣いてるのでヴィヴィアンはとても驚いた。
ヴィヴィアンはあわててロゼッタに寄り添い、近場にあてもないので彼女を自室に連れて行くことにした。
「ビビちゃ、おかえり〜」
「ああルーシィ、帰ってたの? ちょっとこの子お願い」
「え〜? ロゼっちゃん?」
ヴィヴィアンの同居人であるルーシィも外出から戻ってきていた。
ルーシィもまた目を丸くして驚き、ヴィヴィアンに手を貸してロゼッタをベッドの上に座らせた。
ヴィヴィアンはロゼッタのぼろぼろに泣きはらした目元にハンカチをあてがう。そこにルーシィが温かいお茶をいれたカップをもってきた。
「少しは落ち着いた? 何があったのよ」
ロゼッタはずいぶんと落ち込んでいたが、やがてボソボソと事情を話しはじめた。
カイトのことでアリステリアと口論になり、家を飛び出してきたこと。
男子寮に忍び込み、カイトのベッドに潜り込んだら彼に怒られて追い出されたこと。
(こんのクソガキャマジで……)
わりと大胆なことをやらかしてる件について、ヴィヴィアンはロゼッタの頬っぺたをグルグルパンチでぶっ叩きたくなったが、本人もこれで相当ヘコんで懲りている様子なのですごくガマンした。
「ところで、なんであんたがカイトの部屋の場所知ってんのよ?」
「え? ティノが教えてくれた」
(あんのバカ猫)
「カイトにね、ずっと居ていいでしょ?って訊いたんだ。そしたらカイトは"ダメだここにいちゃいけない"って。"なぜなら君は女の子だからだよ"って言ってくれてね。それでボクね、胸がきゅーんてなって」
「あー、んあああー、なんなんすかねコレ。ちょっと外の空気吸いたい。ルーシィここ任せていい?」
「ロゼっちゃんは〜カイちゃんのことほんと好きなのね〜」
「ぬゎに呑気なこと言ってんのよ、こいつまたカイトを誘惑したのよ。男子寮に潜入してまで!」
「でも〜ビビちゃだって〜男子りょ」
「ふわー」
ヴィヴィアンは急いでルーシィの口を塞いだ。
(もがもご〜)
「でもね、そのあとすぐに追い出されたの! すごく冷たい感じで!」
「たりめーだろィャ……ま、まぁ……、あんたがカイトに嫌われてるってことはないから。心配しなさんな」
ロゼッタはびっくりしてヴィヴィアンを見た。
「ほんとう?」
「えぇ。カイトはあんたのことを思ってそーゆー態度とっただけ。あいつはそーゆー奴だから。よく思い出してごらんなさいな」
「……」
(もがもご〜)
「カイトは、家に帰ってアリス姉ぇと仲直りしろって……」
「ほらね? あたしもまったく同感だわ」
(もがもご〜、ぶびちゃ〜!)
「あ、ああ、ごめんねルーシィ」
「ぷはぁっ! ロゼっちゃんは〜、お姉ちゃんと仲直りしなきゃダメだよ〜。カイちゃんのいうとおり〜」
「そうよ。ちゃんと仲直りするのよ? つらかったらあたしもフォローするし」
「ルーシィも〜!」
それでもロゼッタは困惑した様子だ。手に持ったカップを見つめながらため息をついた。
「アリス姉ぇはカイトのことをよく思ってないみたい。どうしたら分かってもらえるんだろう……」
「そりゃあムリでしょ」
「えっ?」
「他人のことなんて分かりっこないのよ。それができたら世界は平和よ」
「アリスちゃんは〜、きっとロゼっちゃんが心配なのよ〜」
「そうよ。アリステリアさんが気にしてるのは、カイトじゃなくてあんたなんでしょう? 原因はあんたにあるんじゃないの?」
「ボクに……?」
「だってあんた、前とぜんぜん変わったもん」
(変わった……ボクが……?)
「ま、ここであれこれ考えたって仕方のないことだわ。ちゃんとお姉さんと向き合って話しなさいな」
「……」
ロゼッタはしばらく考え込んでいたが、やがて意を決したようにカップのお茶を一気に飲み干すと立ち上がった。
「ありがとう、ヴィヴィアン、ルーシィ。ボク、家に帰るよ」
「もう大丈夫なの? 送るわよ」
「ルーシィも〜!」
「平気、一人で帰れる。お茶おいしかったよ、ルーシィ」
* * *
ヴィヴィアンとルーシィは帰るロゼッタを寮の玄関外まで見送りに出た。そこで三人はアリステリアとルミナにばったりと出会った。
「……!」
「ロゼッタ……!」
「よかった、ここにいたんだな」
どうやらアリステリアとルミナはロゼッタを探して歩き回っていたようだ。
ロゼッタは姉のもとに駆け寄った。
「アリス姉ぇ、ルミナ姉ぇ、……ごめんなさい。ボクが悪かったの」
アリステリアは無言の笑顔でロゼッタを抱き寄せた。
ヴィヴィアンとルーシィはほっとした。
雷でも落ちるのでは、と一時は肝を冷やしたが、どうやらその心配はなさそうだ。
「ロゼっちゃ〜ん、ばいば〜い」
「またね、ロゼッタ」
ヴィヴィアンとルーシィにロゼッタは手を振って返した。アリステリアとルミナもぺこりと小さく頭をさげた。
三姉妹は仲良く肩を寄せ合って帰って行った。
* * *
「ロゼっちゃん、仲直りできそうでよかったねぇ〜」
「フン、今度女狐のシッポだしやがったらタダじゃおかないんだから」
気がつけばもう夕方だ。
夕方といっても太陽はすっかり山に隠れてしまってあたりは薄暗い。
玄関前にぼーっと突っ立っている二人に声がかけられた。
「ビビ〜っ! ルーシィ〜っ!」
ソルフィスとシャナトリアだ。彼女たちも外出から戻ってきたのだろう。
「お姉さま! シャナさん!」
よく見るとソルフィスの腕の中に黒猫ティノもいた。
「おう、おめーら! ただいまだぞ!」
「あらティノ、みんなどこ行ってたの?」
「街の平和を守ってきたのぞ。にゃー、苦しい任務であった」
一方でシャナトリアが抱っこしていたのは、なんとあの図書館猫のスプリーだった。
にゃーん。
「スプリーちゃあああぁぁあぁ!」
ルーシィが歓喜の悲鳴をあげて飛びついた。
「おひさしぶりだねぇぇえぇぇ!」
ルーシィはフサフサのデブ猫を抱きしめて、めいっぱい頬ずりした。数日ぶりの再会がよっぽど嬉しかったらしい。
「ねぇっ、そろそろお腹減ったでしょ。みんなでごはん食べにいかない?」
「さんせ〜い! シャナさんの言うとおり! 行こう行こう!」
「今日の献立はなにかな〜」
「カイトも拾ってくぞ!」
こうして修練生たちは夜の食堂へと消えていった。




