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MAGIN ―聖双の魔導士―  作者: カシミア
第四幕 聖双の魔導士
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いつもの場所

―アゼル魔導学院 修練生寮―



 朝もやが漂う薄暗い修練生寮の裏の敷地を、小走りに歩く黒猫の姿があった。

 寮の裏手には芝生敷きの小さな庭園がある。裏山からの湧水が湧き出す小さな泉が、寮生たちのささやかな憩いのスポットになっている。

 日中のそこは修練生たちの憩いの場になっているが、朝早くに人影はない。二人の少女を除いては。


 ティノは姉妹の姿を求めた。

 黒猫の姿になってからティノは広くなった世界に面食らっていたが、この小さな体にもようやく慣れてきた。

 茂みから顔を出すと、二人はすぐに見つかった。ソルフィスとシャナトリアは白いワンピースの寝間着姿で、素足のままで泉の前に立っていた。



 シャナトリアが泉にそっと足をつけると、足元の水面が一瞬で凍った。もう片足をつけると、その場所も凍りつく。

 そうしてシャナトリアは水面を歩いてゆき、泉の中心に立つ。そこで脚を組み上げ、片足で立つ独特のポーズで静かに瞑想に入った。


 ソルフィスは地を蹴って跳んだ。

 異界の大樹が姿を変えたあの棒切れを持ち、それに片脚を絡ませて宙でくるりと華麗に回転する。

 棒切れの末尾からたくさんの光の尾が飛び出し、七色の光の絵筆が曲線を描く。それはまるで天使の戯れか妖精の舞踏のようであった。


 美事な静と動。

 対極的な二つの存在が調和して一体となり、神秘的な絵画のような空間を描き出していた。



 姉妹の様子を茂みの陰から食い入るように覗き見るヴィヴィアンとルーシィの姿があった。

「ふわあぁぁ。ソル姉さま……シャナさんも……とても綺麗……」

 ヴィヴィアンはわけもわからず涙が出てくる。

「ビビちゃ、ぶっちゃけルーシィは決めました」

「ふぇ?」

 ヴィヴィアンの肩の後ろでルーシィが野心めいた笑みを浮かべた。


「ルーシィは、ソルちゃんとシャナちゃんのドレスを作るのです〜!」

 ヴィヴィアンは笑った。

「ふっ……。いいわね、それはいいわね! あたしも手伝うわよ、ルーシィ。最高のドレスを作ってあげましょ!」

「ふふふ。これでソルちゃんとシャナちゃんのドレスのイメージが固まりそうです……」


 キラリと眼を光らせ職人の顔になっているルーシィの隣でヴィヴィアンは拝むように姉妹の姿を見つめている。

 とりわけヴィヴィアンはソルフィスの宙を舞う踊りに眼を奪われた。


 ソルフィスの使う空飛ぶ術は飛翔術と呼ばれる古代の魔術で、そのために彼女が持つ棒切れは「飛翔彗(フレイア)」という魔導器具なのだそうだ。

 大樹が縮んで変化した棒切れはさらに姿を変え、末端には新芽のような若葉がのび、いつしか若葉は七色の光沢を放つ羽根のように鮮やかに変化していた。その形状はまさに(そら)を流れる"(ほうき)"のようだ。


「ハァ、ありがたや、ありがたや……」

「オイ! にゃんでオレしゃまがおまえらの案内をせにゃにゃらんのか!」

 案内をつとめた黒猫ティノはややご立腹である。


「オレしゃまネムいんですけど!」

「寝ちゃダメよ、ティノ。お姉さまの秘密の特訓に付き合うのよ!」

「ありゃただの朝の準備体操だぞ」

「準備体操にしてはハァ〜。お姉さま……美しすぎィ……」

(こいちゅダメだ)



 昨日、ついに入寮を果たしたソルフィスとシャナトリアは初めての寮で一夜を過ごした。

 ひときわ目を惹く新入生に好奇の視線が浴びせられるのだが、そこはヴィヴィアンが体を張って壁となり二人を守った。その熱のこもった鉄壁のボディガードっぷりはヴィヴィアンが不審者に見間違えられたほどだ。


(ていうか不審者そのものだぞこいちゅ)



 そして今日、ソルフィスとシャナトリアはアゼル魔導学院に入学する。



   * * *



 教室の机の上で黒猫ティノは級友たちに取り囲まれていた。

 ひと月ぶりにティノも登校を果たし、猫の姿ながらもその元気な顔を見せつけたのだ。


「かわいい〜!」

「ティノ、こんなに小さくなっちゃって……」

「撫でさせて〜!」


 やはり皆の反応はこんな感じであった。

 あらかじめ事情を聞かされていた級友たちは驚きもそこそこに、すぐに黒猫を囲んでもみくちゃにした。

 ティノにとっては不愉快極まりないのだが、皆が飽きて関心がなくなるまでこの状態は続くのだろう。半ばあきらめ気味にされるがままになっている。

 見かねたヴィヴィアンが群がる級友たちを追い払ってくれた。


「にゃー。ビッビ、助かったぞー」

「礼なんていらないわよ。まったく、皆んなはしゃいじゃって加減ってもんを知らないんだから……」

「ふーん! おめーも最初そうだったがにゃ!」

「あらそう?」

 ヴィヴィアンに抱っこされて席に向かおうとするところで呼び止められた。


「フッ……災難だったな、ティノ君」

「にゃ?」

 ぬっと現れたのはライゴ・タイゴ兄弟だ。制服姿でもカブリモノマスクを常時装着しているのが彼らの生き様のようだ。

「しかし、その姿。君の方が先に真の獣になってしまうとはな」

「先を越されてしまったな、兄貴」

「うむ。まったく羨ましいことだ」

「アホか! 誰が好きでこんなカッコんにゃらにゃんにょにゃにゃにゃにゃ!」

「ティノ舌回らなさすぎ」


「ククク……。ついに貴様も黒き闇の衣を纏ったようだな……」

 カローシまで絡んできた。

 ティノが怒るよりも彼を抱っこしているヴィヴィアンの方がイライラして先にブチ切れそうだ。

「みんな〜、もう先生くるよ〜」

 ライゴ・タイゴ兄弟とカローシはおとなしくルーシィの言うことを聞いて席に戻った。聖山で助けられて以来、彼らはルーシィに頭があがらないようだ。


 そこに慌てた様子で教室に入ってきたのはカイトとロゼッタだ。

 二人はヴィヴィアンたちの姿を見つけるなり駆けつけてきた。


「た、大変なことになったよ!」

「なにがよ?」

「すぐにわかる……」

 そのとき教室の扉が開き、担任の教師とともに学院長リノーが入室してきた。にわかに修練生たちがざわめきたつと、教師が皆を落ち着かせるように声を上げた。


「皆さん、御機嫌よう。今日は皆さんに私から大事な話があります」

 学院長のこの言葉で、もうこの時点でこの先なにが起こるのかを容易に想像できた。

 カイトとロゼッタも緊張と期待が入り混じった様子で席に着き、次の展開を待つ。


「さ、入ってらっしゃい」


 やはり。入室してきたのは、ソルフィスとシャナトリアだった。これには教室がどよめいた。

 今、校内で話題沸騰中の美人双子だからだ。それだけではなく、エルダー会の先輩たちと一戦交えてねじ伏せたという根も葉もない噂も出回っている。


「ふわぁぁぁ」

「マジか……」

「にゃんてこった……」

 ティノはあんぐり口が開いたままふさがらない。これで四六時中、あの姉妹にお世話されてしまう未来が確定した。

 机の上にちょこんと座る黒猫の姿を見つけて、シャナトリアの顔が少し明るくなった。ソルフィスは相変わらずのほほんとしている。


「みなさんの新しい仲間。ソルフィスと、シャナトリアです。仲良くしてあげてくださいね。さ、二人ともご挨拶して」

 学院長直々の紹介で姉妹は一歩前に歩み出る。


「どうも!」

「よろしく」


 あまりにもあっさりすぎる自己紹介の挨拶にカイトは噴き出しそうになった。

 ヴィヴィアンも溢れ出るニヤニヤが止まらない。お姉さまが同じクラスになったとあらば申し分なし。完璧だ。学院上層部の采配には感謝感激であった。


 ソルフィスがこちらに気がついて手を振ってきた。隣のルーシィがぶんぶん手を振って返す。

「うふっ、クフッ。フヒヒ……。ムフフヒヒ……」

 ヴィヴィアンは噛み殺したような笑いが漏れてしまう。これからの学院生活の未来はバラ色になりそうだ。



   * * *



 白飛びに霞んだ目をこすると、ちっちゃな黒猫の顔が見えてきた。


「キモい」


 汚物を見るような目で黒猫が冷たく言い放つ。

 どこからともなくブクブクと気泡の弾ける音が聞こえた。もうすっかり慣れたはずの薬品の匂いが鼻をつく。


「……。ぅぅん、なんだティノか」



「ビッビ、おマエちょ〜キモいのぞ」

「……なにがよ」

 横たわるヴィヴィアンの胸元に黒猫がちょこんと座って彼女の顔を覗き込んでいる。

 目を動かせば、そこはいつも憩いの場にしている錬金資材準備室だった。


 ぼんやりしていた頭がみるみる覚醒してきて、ヴィヴィアンははっとして飛び起きる。


「も、もしかして今のは……ぜんぶ夢!?」

 黒猫は器用にテーブルに着地してヴィヴィアンに向き直った。

「なに言ってんぞ? おまえグーグー寝ながらず〜〜っとニヤニヤ気色ワルぃ顔してたんぞ」


 ヴィヴィアンも黒猫をまじまじと見つめ返す。そこでようやく気がついた。

 これは現実。夢じゃないのだ。ヴィヴィアンは安堵した。



 思い出した。

 入学を果たしたソルフィスとシャナトリアは初めての授業に臨んだあと、昼になって残った事務手続きのために呼び出された。

 後で落ち合う約束をして、ヴィヴィアンとティノは先に錬金資材準備室でくつろいでいたのだった。



「ビッビ、うわごとでオネエサマ、オネエサマばっかりいうてたのぞ」

 黒猫ティノは心底あきれた様子でヴィヴィアンをみている。

 ヴィヴィアンは不敵に笑った。

「フッ。あたしはねぇ、あのときから分かってしまったのよ」


 "あのとき"、というのは、ヴィヴィアンが崖から転落死しそうになったところをソルフィスに救われたときのことらしい。


「あたしの運命の人が――ソルお姉さまだってことをね……!」

「そっかー」


 異世界でその神々しい姿を初めて目にした時から、ヴィヴィアンの心は奪われていたのだろう。

 ティノのことを妄想に取り憑かれただのと小馬鹿にしていたが、ミイラ取りがミイラになるとはこのことだ。これまでティノやカイトに振り回され、さんざんロゼッタに心を掻き乱されたが、悟りを得てしまえばどうということはない。

 もう迷わぬ。振り返らぬ。遠慮もせぬ。煩悩全開で逝く。これぞ我が道(マイライフ)である。


 ヴィヴィアンは握りこぶしを振りかざしてすっくと立ち上がった。

「いい、ティノ? これはねぇ、あたしの本心! これは本能の叫び! ソルお姉さまを想うだけで、あたしの胸は張り裂けそうなのよ!」


 ティノは口をパクパクした。


「あたし、どうしたらいいの!?」

 ヴィヴィアンはティノを持ち掲げてブンブンする。黒猫はぶっきらぼうな反応を示した。

「にゃー。まぁ、がんばれば?」

「うん! よしっ!」


「ビビちゃ、がんばれ〜」

 いつの間にかルーシィがそこにいて、ヴィヴィアンを励ましている。

「くっ……。ありがとう。あたしがんばる! 絶対ぜ〜ったい、あの人を振り向かせてみせる!」

「誰を振り向かせるの?」

「キエエエェェエェ」

 どういうわけかソルフィスご本人が背後にいたので、ヴィヴィアンは飛び上がって奇声をあげた。



「ここが錬金資材準備室。いつも僕たちが憩いの場にしているところだよ」

「ふーん。なかなかいいところじゃない」

「こんな場所があったのか……」

 カイトの案内でソルフィスとシャナトリアが到着したのだった。そしてロゼッタとルーシィも一緒に。


「おい、カイト。憩いの場ってのはちょとちがうぞ」

「あ、そうだね。正しくは《錬金術クラブ》の活動の場でした。みんなゆっくりしていってね」


 カイトはゲストをソファに座らせ、ヴィヴィアンはお茶の準備をはじめた。


 テーブルの上の黒猫がふと窓の外を眺めると、雪が降っていた。

 ティノがひと月前に思い立って同じこの場所を出発したときと比べると、ずいぶんと賑やかになった。

 当時のティノがまったく予想できなかったことだ。


 ソルフィスとシャナトリアはとびきり楽しそうに笑っている。


 こいつらと一緒にいれば、きっとこれからも予想外の出来事がまわりで起こるだろう。

 ティノは強くそう思う。

 それは決して悪いことではないはずだ。


大変お疲れさまでした。これにて本編の終了です。


このあとは前作のつなぎの部分で不足していた情報とか、おかわり成分になりそうな小さなエピソードを付録としていくつか書き足していこうかと思います。


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