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MAGIN ―聖双の魔導士―  作者: カシミア
第四幕 聖双の魔導士
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魔導学院の方針

―アゼル魔導学院 学院長執務室―



 魔導学院本館に隣接する、通称"青の塔"。

 その内部にある学院長執務室で秘密の会合が行われていた。


「この度のダルハラジムの件については、誠に遺憾でした。こちらとしましても厳正に対処させていただきます」

 シェラク魔導教団の外交官、エリシムはそのように述べた。


「件の幻術士は、今は我が校に籍を置いておりますので、問題の主体は当校にあります。……どうかお気になさらず。魔導裁判後に除籍処理が済み次第、すみやかに身柄を引き渡しの手続きをいたします」


 リノー学院長の言葉にエリシムは頭をさげる。

 昨日、例の幻術士の男が捕縛を解いて逃走し、通りがかりの修練生を襲った事件が早速問題になっていた。

 被害者の修練生たちに事情を聴いて顛末は明らかになったが、当の襲われた修練生たちがこれもまた聖地での遭難事件の修練生たちだったため、リノーはさっそく頭を抱えることになった。


「しかしあの男、元シェラク教団だったとはのぉ。結局奴の目的はなんだったのか……」

 リノー学院長の隣の席で煙草の煙をくゆらすのは、この場の席では異色な遺跡守のネロ爺さんだ。


「混沌と秩序の均衡。それが我らの教義であり、そのための"手入れ"が我らの使命です。しかし奴は教義の解釈を誤り、竜の力を自らに取り込もうとした。単純な私欲と野心が奴の動機だったのでしょう」


 ネロ爺さんは「ほーん」と煙管の煙を吐き出した。


「今となっては確かめようもないがの。お前さん知っとるか? あの男、悪霊にひどく取り憑かれたらしい。その後遺症で、幽鬼(レヴナント)のようになってしもうた。一度ああなりゃ、いくら憑き物払いしても回復が見込めるかどうか……」

「ええ」


 エリシムは数日前に独房の中の男の様子を見てきたが、すっかり廃人のようで意思疎通が取れるような状態ではなかった。

 悪霊だかなんだか知らないが、気分のよい話ではないことは確かだ。


 エリシムはソファに深くもたれ掛け、手を組む。

「……なんにせよ、あの男の野望は潰えました。そして預言通り、運命の子は試練を乗り越えた。ティノ君でしたかね。話が本当なら、彼は竜の力を手に入れたことになる。彼をどうなさるおつもりです? アゼル氏族としての今後の方針を是非ともお聞かせ願えませんか、ネロ長老」


「ヘァ?」

 ネロは目を丸くして笑う。

「ダハハハ。いやいや、おりゃとっくの昔に引退した、ただのジジイよォ。そういうのはリノーはんに聞けばええがな」

 エリシムのまっすぐな目はネロ爺さんを見据えている。


「今回の件は、学院の範疇を上回る超常的な事態と見受けまして。ここはやはり、アゼル三長老の一角であるネロ殿からのお言葉を頂きたいのです」

 ネロ爺さんはウーンとうなった。

「伝説の竜の力となれば、これはもはや世界の均衡を崩すほどの一大変事になるでしょうから」

「んなァ大げさな」

 ネロ爺さんはおどけて見せるが目は笑ってない。この場の話は深刻だ。


「エリシム殿はアゼルの預言をよくご存知のようですね」

 リノー学院長がいつもの穏やかな顔で言う。

「元を辿れば我々の源流は同じですからね。ミシリアの後継とされるアゼルが今後どう動くのか、確かめておきたいのです」


「我らは世界から見ればほんの小さな勢力です。今までどおり、なにも変わりませんよ。なにもね」

 エリシムは「そうでしょうか?」と身を乗り出す。

「竜だけではありません。"聖双の魔導士"も()りましょう? 竜の力を安全に御するためのね。アゼルは一挙に力を得たわけだ」


 リノー学院長は短いため息をついた。こちら側の事情をしっかりと把握されているようだ。

「あいにく私どもが、あの子たちをどうこうするという気はありません。私どもが彼らにできることは、彼らの生き方を支えてあげること……それが精一杯となりましょう」


「フム……伝説どおりの力を持つ者を御するのは手にあまるということでしょうか? しかし、果たして外の世界がそれを見逃してくれるやら。彼らの存在が露見すれば、好奇心旺盛な輩が我先と首を突っ込んできますよ」


「心得ております。誰にもあの子たちの自由は侵させません」

 リノーは顔の前に手を組んだまま、彫像のように眉ひとつ動かさない。



「んまァ、政治(そっち)方面はリノーはんにお任せするわい」

 ネロ爺さんは煙管をくわえた口からフーッと煙を吐き出す。

「先日、ぼんずが――ティノ君が目を覚ましてすぐな。見舞いがてら、ちょっと様子を見てきたんだわ」

「彼はどうでしたか」


「それがえらい元気そうにしとってな、こっちの取り越し苦労じゃったわ。竜の力を継承するとは聞こえがいいが、それは竜の魂を呑み込んだということでな。普通の人間なら狂い死にする。よくて体を乗っ取られるところよ。だが、あのぼんずはピンピンしとる」


 その少年は心身健康ではあるが、ただひとつ彼が小さな黒猫になってしまったのは知る人ぞ知る周知の事実になっている。

 聖地での修練生遭難事件は顛末が奇妙奇怪で、なかなか理解が追いつかない。話を聞く方には根気が必要だ。

 エリシムは相槌をうって続きを促した。


「あの嬢ちゃんたち――聖双の魔導士もティノ君によォ懐いとってなァ、仲良うしとるわ。まこと結構なことよ」

「本来、竜と聖双の魔導士は敵対関係だったはずですが……」


「フハハ、そこがぼんずなんじゃろう。奴の中でなんらかの葛藤があったハズよ。しかし奴はみごとに竜を抑えこんどる。実にみごとに。これこそぼんずの天稟(てんぴん)。あやつの気概というところかのォ」

「フム……」


 聖双の魔導士。

 まさか彼女たちもが復活するとは、ひと月前のエリシムはまったく予想できなかった。今は無口になってしまったダルハラジムとてそうだろう。


「ワシゃ一旦、"それで良し"とした。ほんでな、ちょっと寄り合いに行ってきたんよ」

「寄り合い? といいますと……三長老の会合のことですか?」

「ウン。ここにおるリノーはんも一緒にな」


 魔導学院長を加えた"三長老の会合"となれば、それはもう魔導学院の枠組みより大きなアゼル氏族としての表と裏の長が揃った最高意思決定の場だ。


「ティノ君と聖双の魔導士は、このままアゼル魔導学院で育てる。それが我らの方針であり、彼らもまたそう望んでおる」


「はい」

 エリシムはうなずく。

「んだがな、ひとつ気掛かりなことがあってな」

「フム……。気掛かりとは、それはなんです?」


「悪霊のことよ」

 その話題に及ぶと、ネロ爺さんはするどい目つきになった。

 エリシムは「また悪霊か」というような思いだったが、爺さんは真剣だ。


「ダルハラジムに取り憑いていたという、悪霊のことですか?」

「ウン。例の異界に行った修練生たちの言でな、どうも竜の体内から大量の悪霊が漏れ出たらしい。聖双の魔導士によってまとめて粉砕されたとも聞いとるが……詳しいことはよくわかっとらん」



 この悪霊どもというのは旧王朝時代以前に跋扈していたもので、竜が喰らって体内に溜め込んでいたものと思われる。

 異界から生還した修練生から得られた証言では、竜が復活して実体化した際に大量の悪霊を吐き出したという話もあった。


「とは言いましても、それは異界の話のことでしょう?」

 ネロ爺さんは「いいや」と手を振る。


「我々の世界とつながる異世界とは、いわば重ね合わせの世界よ。そんな密につながった異界で起きた出来事は、この世界にも何らかの影響を及ぼす」

「つまり異界の悪霊がこちら側の世界にやってくると?」

 ネロ爺さんは、「ウン」とうなずいた。


「それも、世界中のいたるところにな」

「世界中の……?」


 ダルハラジムのことが思い出される。本当に悪霊の仕業なのかは分からないが、現に彼は廃人のようになってしまった。

 そのようなものが世界中に現界するとなれば、身の毛のよだつ結末をもたらすだろう。まさに災禍だ。


「そうです。ですから我々は準備をしておく必要があるのです。竜の力は悪霊のそれと対極にある。我ら魔導学院は彼らを護り、育ててゆきます」


「……」

 エリシムは無言だった。

 預言の成就とともに予期される未来が暗黒時代の到来ということなのか――



「均衡とやらが崩れたらエリシムはん、おまえさんとこはどうする?」

「均衡の崩壊は我々の望むところではありません。しかしながら、そのために真にどうすべきかをこれから見定めてゆく。今はそのように考えております」


「それァ、いましばらく様子を見るちゅうことか?」

「我々の行動原理は《予防》ではなく《治療》です。ですが、手をこまねいたところで得られる利はない。今回の話だけは特別になりそうです」

 ネロ爺さんはフムゥと鼻から煙を吐き出した。


 エリシムは立ち上がった。

「本日は意義深い情報を共有できました。さっそくダリアへ持ち帰り、我が方もよく検討いたします」

「よろしくお願いします」

「ではこれにて」



   * * *



 エリシムが退室した後も、ネロ爺さんはしばらく煙管の煙をくゆらせ思案にふけっていた。

 その目は遺跡守の穏やかなものではなく、アゼル氏族を束ねる長老の目つきだ。


「リノーはん、あの子たちはええ子ばかりや。くれぐれも頼むで」

「はい。陰ながら見守ります。あの子たちの当面の世話はアイシャが適任でしょう」

「ウン、そうやな。そうしてやってちょうだい」


「これから世界がどのように変わっていくのでしょうね。――もはや預言はなく、星でも見えません」

「そやのォ」


 老人は窓の外を眺めながら、深いため息をついた。


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