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MAGIN ―聖双の魔導士―  作者: カシミア
第四幕 聖双の魔導士
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華麗な午後の過ごし方

―アゼル魔導学院 植物園―



 アゼル魔導学院の展望スポットのひとつに、谷側に面した南方面からの景観がある。

 ここから山岳風景を眺めれば、野花咲き乱れる美しい谷と湖を一望にできるのだ。その見晴らしの良い一帯に植物園があった。

 植物園では薬学で使用する薬草・毒草類の栽培をはじめ、温室フロアには全国各地の植物サンプルも管理されている。外の庭園は女性魔導士たちの間で憩いの場所になっていた。


 庭内にある張り出しテラスの一角にあずま屋があり、そこで修練生たちがお茶会を開いていた。

 大食堂でのロゼッタの不始末に対する、お詫びのつもりでアリステリアが主催したものだ。いつの間にかルミナは家人を呼んで、手際よく茶会の準備をさせていた。


「ここのバラ園でとれた花のお茶ですわ。御覧になって、この控えめでつつましい紅……」


 ガラスのポットの中に花のつぼみが浮いている。香り高い澄んだ紅色の液体をソルフィスとシャナトリアはめずらしそうに覗きこんだ。


「綺麗ですわね」


 投げかけられた視線が自分に向けられていることに気づいたヴィヴィアンは、ドキッとして反射的にうつむいてしまった。

 ヴィヴィアンはこのお茶会に誘われるのは二回目だが、未だにこの雰囲気に馴染めない。


 無理もないだろう。ロゼッタもそうだが、アリステリアとルミナは貴族のお嬢様だ。庶民的素朴な生活感から一転して、貴族の社交界めいた風雅な環境にギャップを感じてヴィヴィアンは戸惑うのだ。


 アゼル魔導学院は、門を叩く者をその出自や身分に関係なく公平に受け入れる。中にはこのような華麗な世界から来た人物も居る。世間から隔絶された辺境のせまい城郭の中で、ごちゃごちゃと濃縮した社会の縮図のような世界を渡り歩いてゆくのもなかなか楽ではない。


 ルミナが給仕役で、皆のカップに茶を注いで回る。ロゼッタはアリステリアの後ろに控えて静かに立っていた。



「みなさん、花茶はいかがかしら。お口に召しまして?」

 アリステリアが優雅な仕草でそう言った。


「いい香りです〜」

「不思議な味……」

「んまい!」

 皆思い思いの感想を口にする。


「ふむぅ」

 ティノも用意されたカップに舌をはわせてペロペロしてみた。

「あひゃ、あひゃひゃひゅい」

 やはり黒猫は猫舌で死んだ。ソルフィスにスプーンですくってふーふーしてもらう。



「ソルフィスさん、シャナトリアさん。ご入学、お慶び申し上げますわ」

「ありがとう!」

 元気よくお礼を言うソルフィスと、ぺこりとお辞儀をするシャナトリア。


「お近づきになれて嬉しいですわ。改めましてご挨拶させていただきます。わたくし、アリステリアと申します。そしてこれは、妹のルミナ。ロゼッタは、もうご存知でいらっしゃいますわね――わたくしたちも、姉妹ですのよ」


 この三姉妹は、ここから遠く西方の地方を拠点とするヴァルトレキア伯ルインゼス家の子女であった。

 ルインゼス家は押しも押されぬ名門貴族で、家系に代々有力な魔導士を排出している由緒ある家だという。

 今のアゼル魔導学院は伯爵家の姫さまを三人も預かっているわけだ。


(ただし、一人は男だけど)

 幽体離脱中のカイトの霊体がつっこみをいれた。


「……」

 なお、この乙女の花園に男一匹カイトという異分子が混入しているわけだが、彼なら心配ない。

 ロゼッタが実は男の子でしたという衝撃から立ち直れておらず、彼の魂は依然としてちょっと違うところに逝っていた。自ら静物と化すことでこの圧倒的乙女空間で肺呼吸することが可能となったのだ。



「まさかこんな可愛らしい猫ちゃんがティノさんだなんて……。ロゼッタから話は聞いておりましたが本当でしたのね」

 茶菓子のクッキーにガジガジと歯を立てる黒猫ティノを見てアリステリアは微笑んだ。


「ティノ、それじゃ食べられないから割ってあげるね」

「しょる! ろじぇったの姉ちゃんはシツレイなやつだぞー。オレしゃまのことをカワイイなどと言いおってからに!」


 黒猫ティノはテーブルをパンパン叩く。かわいい。

 ロゼッタは後ろでくすりと笑った。

「こらっ、ティノ。お行儀よくしなさい」

「にゃー!」

 すぐシャナトリアに怒られる。


「……どうやら彼は機嫌が悪いみたいですね、アリス?」

「まぁ、嫌われちゃったかしら? わたくしたちもティノさんの声が聞ければよいのだけれど。ロゼッタが羨ましいわ」


 アリステリアとルミナの二人もティノの声が聞こえないようだ。

 ここまでの経験からして、ティノと交流の浅いほとんどの人物は彼の声が聴こえない。ある程度親しくしていた人は彼の声が自然に届くようだが、このあたりの違いはまだよくわからない。


「これからティノちゃんと仲良くなれば〜、きっとティノちゃんの声も聞こえますよ〜」

「ありがとう、ルーシィさん。もちろんそうさせていただきますわ。仲良くしてくださいましね、ティノさん」

 ティノはすっくと器用に二本足で立った。

「にゃ! オレしゃまだぞ!」

 黒猫の自己紹介らしい。



 場が和んできたところで、それまでほとんど口を開かなかったルミナが改まったように声をかけた。

「ときにソルフィスさん、シャナトリアさん」

「む?」

「アゼル魔導学院には、どうして入学することに?」


「リノー学院長から入学を誘われたのよ。"ウチに入らない?"って」

 シャナトリアがさらっと答えた。

「まぁ」

 アリステリアはとても興味深そうに見ている。

 学院長直々の勧誘がどれほど特別であり異例であるかということを理解しているからだ。


「すでにロゼッタや、他の皆さんとも親しいようだが、どのようにしてお知り合いになられたのです?」

「ルミナ()……あ。姉上、それは……」

 ロゼッタが言いかけて口をつぐんだ。ルミナが唇に指を当てたからだ。

「うちのロゼッタは、なかなか教えてくれなくてね……。姉としてそれは少し寂しいからね」



 聖地で起きたことについては、当事者たちには学院長から箝口令が敷かれている。したがってロゼッタも、学院側から発表があったこと以外のことは姉にも話していない。だが、この二人の姉にごまかしは通用しなさそうだった。

 ロゼッタにはアリステリアの狙いが分かっている。この茶会という秘密の会合の場を利用して、ソルフィス・シャナトリアという新参者に探りを入れようとしているのだ。


 少なくともアリステリア側から見れば、ソルフィスとシャナトリアは学院内に突然現れた異分子にしか見えないだろう。しかも直近で起こった聖地での修練生失踪事件と強く絡んでいる。時期的にも関係者とのつながり的にも。


 この二人は何者なのか?

 アリステリアとルミナが、エルダー会風紀委員として謎めいたこの二人を押さえておきたいのは動機として当然なのだ。



「みんなとは聖地ってとこで知り合ったんだよ」

 ソルフィスがあっさりと答えた。

「……!」

 アリステリアとルミナの表情が一瞬にして緊張にこわばった。

「……それでは、お二人とも聖地からいらした、とおっしゃるのですか?」


「にゃ、にゃ」

 黒猫ティノが姉妹になにやら伝えている。ソルフィスがうなずき、ルミナの質問に応えた。

「そうだよ」


 アリステリアはゆっくりと大きくうなずいた。

「ようやく分かりましたわ……。なるほど、そういうことでしたのね」

「何が分かったのだ? アリス」

「ソルフィスとシャナトリア。その偉大な名前はアゼルに伝わる伝承によれば竜殺しの英雄。伝説的な魔導士ですのよ」


「知る人ぞ知る、という人物ということですか、アリス?」

「ええ、ルミナ。そうそう聞き違える名前ではございませんわ」



 ソルフィスとシャナトリアの反応は薄い。まーたその話か、という感じで口をとんがらせている。

 アリステリアは妹のルミナの手を取った。


「この子、ルミナの本当の名前はルミナリスと申しますの。わたくしアリステリアと妹のルミナリスは、英雄の名にあやかって名付けられましたの。それほどまでにお二人の御高名は、わたくしどもの憧れですのよ。聖双の魔導士さま」


 アリステリアの熱い視線が、ソルフィス・シャナトリア姉妹に注がれる。

 それを見てアリステリアの思惑を察知したヴィヴィアンにスイッチが入り、露骨な嫌悪感を示し始めた。



「ちょ、ちょっと、あんた! またその目っ! この前もその色目使って、あたしに同じようなこと言ったわよねっ。今度はこちらのお姉さま方をたらし込もうっていうの?」


 ヴィヴィアンは以前にロゼッタ経由で誘われたお茶会の出来事について言っている。

 アリステリアはくすりと笑った。ヴィヴィアンに噛み付かれても優雅な態度を崩さない。


「ヴィヴィアンさん。以前わたくしは、貴女にこう申し上げましたわね――」

 アリステリアは頬杖の姿勢から身を乗り出して、ヴィヴィアンに囁くように言う。


「――貴女が好き」


「〜〜ッ!」


「もう一度、申し上げますわ。わたくしは貴女のような強い魔導士が大好きなのです。これは本心ですのよ」

 ヴィヴィアンはかーっと赤面して動けなくなってしまう。


「おい、アリス。夜の眼になってるぞ」

 ルミナの指摘でアリステリアは眼を伏せて姿勢を戻した。


 ヴィヴィアンは一呼吸おいて、アリステリアの空気に呑まれまいと気を引き締めた。

 真っ昼間だからよかったものの、ナイトウォーカーであるアリステリアに魅了の魔眼を本気で使われたら、たまったものではない。


「あ、あああ、あんた、またそーやって誘惑して! いつしかあたしが断ったら今度は友だちを、ティノとカイトを馬鹿にしたわよね! ちゃんと覚えてんだから!」


「にゃんだとー。それは許しぇましぇんにゃー」

 ティノもつられてぷんぷん怒った。

 黒猫がにゃーにゃー鳴き出したので、アリステリアは申し訳なさそうにティノに頭を下げた。


「そのことについては謝罪いたしますわ。あれからロゼッタに話を聞きましたの。悪漢どもから人々を守るために、ティノさんとカイトさんは勇気を奮ってくれたそうですわね。わたくし誤解しておりましたわ。お二人ともロゼッタが認める紳士なのですから、わたくしも考えを改めましたのよ」


「んー、そだぞー。オレしゃま、しゅごいんだかゃの」

 黒猫がぽんぽんと叩いて茶菓子のおかわりを要求すると、アリステリアは菓子の小皿を差し出す。黒猫はとびついた。


「食べ過ぎよ、ティノ」

「にゃー! オレしゃまのおやちゅ!」

 シャナトリアがティノのお菓子を小さく割って半分取り上げた。

 ふーん! ティノはめげずにシャナトリアの腕にぶらさがる。



 睦まじい様子を眺めながら、アリステリアは姉妹に向かって続ける。

「もし、わたくしが考えていることが真実なのだとしたら。貴女たちが"本物"なのだとしたら――ついに御復活なされたのね。それは誠に、まことに慶ばしい事ですわ」


 アリステリアが笑みを浮かべる。しかしそれは少し危険な香りをはらんでいた。


「それでなにか? あたしたちに言いたい事でもあるの?」

 シャナトリアの鋭い視線をアリステリアは真っ向から受け止める。

「はい。貴女がたにお願い事がございましてよ」

「む?」


「わたくし、貴女たちとお手合わせしたいと考えておりますの」

 アリステリアは妖しく微笑んでそう発言した。


「ぬゎんですってぇ!」

「アリス(ねぇ)!」

 ヴィヴィアンが血相変えて身構える。ロゼッタも難色を示したが、ルミナが静かに抑えた。


「おてあわせ……?」

 シャナトリアは不思議そうな顔をする。

 手のひらとひらを合わせて首をかしげるシャナトリアに、ヴィヴィアンがフォローする。


「シャナさん、彼女はあなたたちと力比べをしたいと言ってるんです!」

「むむ?」

 ソルフィスも不思議そうな顔をして力こぶをつくる。

「お互いの魔力をぶつけ合って力比べをしたい、ってことです! バトルですよ、バトル!」

「ばとる?」


 アリステリアはくすくすと笑う。

「お二人が"本物"なのでしたら……、わたくしは是非とも見てみたいのです。その力を」

 その後ろからルミナが静かに進み出た。

「アリスと私でお二人とお相手します。これで対等かと思いますが、いかがですか?」

「ちょっと! そんな勝手に話をすすめて!」


 まるで高みから二人を試すかのような一方的な物言いにヴィヴィアンの方が腹を立てたが、姉妹は全く動じていなかった。それどころかヴィヴィアンをおさえにまわる。


「いいよ」

 ソルフィスはあっさりと承諾してしまう。シャナトリアは気乗りしない物憂げな感じだったが、ソルフィスの反応をみてしぶしぶ応じた。

「しょうがないわね、付き合ったげる」


「……ありがとうございます!」

 アリステリアとルミナは胸に手を当て、優雅に一礼をした。



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