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MAGIN ―聖双の魔導士―  作者: カシミア
第四幕 聖双の魔導士
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風紀委員のおしごと

―アゼル魔導学院 大食堂―



 ヴィヴィアンとロゼッタの喧嘩で熱狂していたギャラリーはさっと波が引くように静まり返ってしまった。

 船の舳先で波が掻き分けられるように、観衆がさーっと左右に分かれる。そこから人垣の中に静かに踏み入ってきたのは、アリステリアとルミナだった。


「げっ、風紀委員だ。やべぇ……」

 観衆の修練生たちの間に気まずい囁き声が漏れる。二人の女子修練生の制服にはエルダー会の徽章(きしょう)が光っていた。


「ロゼッタ? あなたここで何をしてますの?」

「あ、姉上……」

 ロゼッタは気まずそうに顔を伏せる。彼女の赤く腫れあがった頰を見てアリステリアは驚いた。向き合ったヴィヴィアンの顔も同じありさまだ。瞬時に事情を察したアリステリアは駆け寄った。

「なんてことを……」

 アリステリアはハンカチを取り出して、血のにじむヴィヴィアンの唇にあてた。


 アリステリアはヴィヴィアンのことをよく知っており、以前に個人的な茶会に誘ったことがある。そんなヴィヴィアンと身内のロゼッタが野蛮な殴り合いの喧嘩をするなんて……。


「さぁ、もう終わった。見世物じゃないんだ、さがれ。解散!」

 後ろでルミナが手際よく見物人を追い払う。修練生たちは風紀委員の指導にはだまって従うしかない。逆らえば後でどうなるか分かったものではないのだ。野次馬たちはおとなしくスゴスゴと退いていった。



 おおよその状況を把握したアリステリアはソルフィスに礼を言った。

「そこの貴女(あなた)、二人の喧嘩の仲裁をしていただきましたのね。大事にならなくて本当によかったですわ。この通り、お礼を申し上げます」

「うん」

 深々と頭をさげるアリステリアにソルフィスはすました顔で応えた。


「申し遅れました。わたくし、ロゼッタの姉のアリステリアと申しますの。そしてこちらは――」

「同じく、姉のルミナです。どうぞよしなに……」


 二人ともトレードマークみたいなお洒落な眼鏡をかけていた。きっとロゼッタと同様に彼女たちもナイトウォーカーなのだろう。



「ヴィヴィアンさん、私どものロゼッタが振るった暴力、まことに申し訳なく思いますわ。どうか許してくださいましね」

「いえ、先に手を出したのは、あたしの方ですから」

 そう言いつつもヴィヴィアンはふてくされた顔をしていた。

「売られた喧嘩を買ったまででして」

 アリステリアは振り返って厳しい目でロゼッタを見た。ルミナに手当をうけていたロゼッタは急いで姿勢を正す。


 ロゼッタの二人の姉、アリステリアとルミナは修練生自治委員会、通称《エルダー会》に所属する風紀委員として知られていた。

 風紀委員とは読んで字のごとく、修練生たちの風紀を取り締まる権限を与えられている特別な修練生だ。自由(カオス)な校風のアゼル魔導学院の中で数少ない、秩序を司る、まさに正義をもたらす者(ロウブリンガー)である。

 当然ながらこの役目は腕っ節の方に覚えがなければ務まらない。アリステリアとルミナは自他共に認められているエリート攻勢魔導士の卵であり、修練生たちから恐れられているコワイ存在なのだ。


「わたくしどもは修練生の風紀と秩序を守るための、それなりの義務と権限を有しておりますの。皆さんにはこの騒ぎの事情を話してもらいますわよ」



   * * *



 一同は大食堂の裏手の、人気のない場所に移動させられた。そこでアリステリアの取り調べが始まった。


「ロゼッタ、喧嘩の原因は何ですの?」

 コワイ存在がロゼッタを睨みつけた。

「はい、アリス(ねぇ)あっ……、姉上。その……」


 思わず家での身内の呼び方をしてしまい、あわてて言い直すロゼッタ。顔には出ないが動揺しているようだ。

 彼女から事情を聞いていくうちに、アリステリアの白い顔に(かげ)りができ、終いにはどんよりと頭を抱えてしまった。


「ずっと消息不明でひどく心配させておいて、やっと帰ってきたと思った矢先にこの騒ぎ! それも生死の苦楽を共にした仲間と殴り合いだなんて」

「ごめんなさい……」

「由緒あるルインゼス家の者が、あろうことか色恋沙汰で殴り合いの喧嘩とは……」

「でも姉上、ボクにとってのカイトは……」

「お黙りなさいロゼッタ。あなたは昔から独占欲が強すぎるのですわ」


 ヴィヴィアンがうんうんとうなずく。さすが姉さま、ポイントおさえてる。

 先に手を出したのはヴィヴィアンだが、挑発をしたのはロゼッタだ。アリステリアは裁断をくだした。


「とにかくロゼッタ。謝るべき相手はわたくしではございませんわ。分かってますわよね? 貴女、まだなすべきことが残ってましてよ?」

「は、はい……」


 ロゼッタはすっかり消沈した様子でヴィヴィアンの前に立ち、深々と頭を下げた。

「ご、ごめんなさい。反省してます」

「あたしの方こそ、カッとなって飛びかかって……悪かったわ」

 ヴィヴィアンはロゼッタの謝罪を受け入れた。



 ルーシィ、ソルフィス、シャナトリアも当事者として連行されてきて、この修羅場の行く末まで付き合わされていた。彼らはいわば巻き込まれの被害者なのであるが、この件に関しては興味津々だ。

 背景事情をよく知るルーシィは隣の双子姉妹にひそひそと解説していた。


「ビビちゃとロゼっちゃんは〜、カイちゃんを巡っての恋敵(ライバル)なのよ〜」

「ふんふん」

「ルーシィそれちょっと違うから」


 若干キレ気味のヴィヴィアンから細かい指摘が差し込まれる。

 黒猫ティノは半ば呆れ気味だ。シャナトリアの腕の中でぽかんと口を開けて、事の成り行きを見ている。

 今はロゼッタの姉たちがいるので、面倒なことにならないよう黙っておいたほうが無難だろう。



 アリステリアはボンヤリ突っ立っていたカイトをきっと睨みつけた。カイトは本能的に嫌な予感を察知して身構える。

「そもそもの原因は貴方にあるようですわね」

「えぇー……?」

(原因って言われても……)

「カイトさん。貴方のこと、ロゼッタからよく窺っておりますのよ」

「よく?」


 どういう意味なのか。昨日今日の短期間にロゼッタは姉さんたちに一体何を話したのだろう。


「カイトさん、率直にお(たず)ねいたしますわ。貴方、ロゼッタのことをどう思っていらっしゃるの?」

「え。どうって……」


 ロゼッタの祈るような視線がカイトに向けられる。

 ヴィヴィアンの刺すような視線もカイトに向けられる。

 ルーシィ、ソルフィス、シャナトリアたちも固唾を飲んで行く末を見守っている。

 みんなの熱視線がカイトに集まっていた。


「大切なお友達だと……思ってます……」

「……」

 誰かがため息を漏らす音が聞こえた。



 アリステリアの眼鏡の奥の鋭い視線がカイトのつま先からてっぺんまで、上から下からと舐め回す。品定めをするかのような目つきだ。かつてのロゼッタにもされたことがある。

 カイトはヘビに睨まれたカエルのように射竦(いすく)められた。


「カイトさん、この子は……、ロゼッタは貴方に身を捧げる覚悟でおりますのよ」

「え?」

 なんの話のことだろうか。

「ボディガードの契約の件、ですかね?」

「違いますわ!」

 アリステリアはカイトにぐいと詰め寄った。

「貴方、ロゼッタにご自分の血を差し出したのでしょう?」

「ええまぁ……」

 それでアリステリアは確信したように大きくうなずいた。


「やはり、そういうことでしたのね。それであの子は貴方の血を受け入れた……」

 気圧されてカイトはなんとなく相打ちをうつ。


「話が見えないんですけど、それってどういう……」

「わかりませんの? 貴方と《血の契り》を結んだロゼッタは、貴方以外の血を受け付けない体になってしまいましたの。これはつまり、貴方と一蓮托生。この子は本気で貴方に惚れておりますのよ!」


「キャ〜ッ!」

 ルーシィはソルフィスとシャナトリアに抱きついて驚きの歓声をあげた。


 ヴィヴィアンは舌打ちをして、ものすごい顔をしている。

 ロゼッタのもう一人の姉のルミナは感無量といったふうにうなずいている。

 ティノは事態がよく飲み込めておらず、ぽかんと口を開けていた。


 カイトは目の前に閃光が走って真っ白になった。なんだよ血の契りって。初耳なんだが?

 ロゼッタは恥ずかしそうに顔を伏せている。


「わたくしはロゼッタを信じておりますわ。ですがこの子の一人の姉として。家族として。貴方が本物かどうか、真贋(しんがん)を見極めさせてもらいますわ。これからいつも貴方を"視て"おりますわよ。ゆめゆめお忘れなきよう、お願いいたしますわね」


「ぁ、ぁぁ……」

 カイトは目の焦点があわずに震えた。

 少なくとも、ボディガードの件より重たい話題な気がした。理解できたのはそれだけだ。

(嘘ォ……)



 アリステリアはロゼッタを引っ張ってきて、ヴィヴィアンの前に立った。

「ヴィヴィアンさん。この子が挑発的な態度をとりましたこと、改めましてわたくしからもお詫び申し上げます。この子はなにかと頑固で我儘(わがまま)なところがございますが、カイトさんに対する想いは本気のようですわ。どうか、分かってあげてくださいましね。このとおりですわ」

 そう言ってロゼッタ共々、深々と頭をさげる。


「そ、そんっ……!」

 ズルい! ヴィヴィアンはそう思った。

 先手を打たれて頭を下げられると、こちらからも踏み出しづらくなるものだ。不本意だが今回のところは大人しく引き下がるしかないようだ。


「わ、分かったわよ。まぁ……あとはカイト本人(コイツ)の気持ち次第じゃないかしら」

 そう返すのが精一杯だった。これではほとんど二人の関係を認めて引き下がったようなものだ。



 アリステリアはそばで見守っていたソルフィスたちにも頭を下げてまわった。


「みなさま、ロゼッタがご迷惑をお掛けいたしました。不出来な()ですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。どうか仲良くしてあげてくださいましね」


「エッ」

「は〜い〜、よ〜し〜な〜に〜」

 ルーシィがぺこりとお辞儀する。ソルフィスとシャナトリアもこくりと頷いた。ところが違う反応を示した者たちがいた。


「「エッッ?」」

 カイトとヴィヴィアンは耳をヒクつかせて硬直した。今なにか重要なことを聞き逃した気がしたのだ。


 この人、今なんて言ったの?

 カイトはおそるおそるアリステリアに訊ねた。


「あ、あのう……ロゼッタって、お姉さんの……?」


「弟ですわ」


「「エッッッ」」


 (おとうと)


「ロゼッタ、きみ、弟なの?」

「うん、そうだよ」

 ロゼッタは笑顔でうなずいた。


 そうだよって。

 何言っとんの。

 それってつまり――

 生物学的にいうと――


「きみ、男の子なの?」

「うんっ」

 ロゼッタは頬を染めて、恥ずかしそうに体をくねらせた。


「グワーッ」

 ヴィヴィアンはバターンと倒れた。


 ハハハ、初耳ですね!

 どころの騒ぎじゃない。男だ? なんでスカート履いてんの?

 ロゼッタに出会って、聖山回峰からこれまでの記憶がカイトの頭の中を駆けめぐる。

 情報カロリー高すぎて鼻血がでる。

 カイトは頭の中がくるくるした。

 世界がぐるぐるになった。



「ところで……もし。貴女(あなた)――」

 アリステリアはソルフィスとシャナトリアの前に立った。

「む?」

「そちらの貴女も……失礼ながらわたくし、お顔を存じ上げておりませんでしたの。もしかして、お二人は新入生でいらっしゃるの?」

「うん」

「そうだけど……?」

「まぁ、どうりで。そうでしたのね」


 アリステリアはにっこりと微笑み、背後に控えていたルミナに目配せした。

 ルミナは頷いて返し、「ええ。すぐに準備できます」と言う。

「よろしいですわね、ロゼッタ?」

「は、はい」


「先ほどの喧嘩を止めてくださったお手並み、まことに素晴らしいものでしたわ。わたくしどもの身内がご迷惑をお掛けしたお詫びと、ご挨拶を兼ねて――如何かしら。これから皆さんをお茶にご招待したく思いますわ」


「お茶……?」

 ソルフィスとシャナトリアはキョトンとしている。

 そんなこと言われても、まだ学院見学ツアーの途中なのだが。


 とはいえ、昏倒したヴィヴィアンは先ほどのショックが癒えず戦闘不能のままルーシィの介護を受けているし、カイトは幽体離脱したまま戻ってきていない。ガイド役がこの有様では見学ツアーはもう中止せざるをえない。


「おちゃ! おかし! おかしでるのか?」


 黒猫ティノが無邪気にはしゃぎだした。ティノがこの様子なら招待を受けるしかないだろう。

 アリステリアも可愛い黒猫に目が留まり、顔がほころんだ。

 ソルフィスとシャナトリアは飛び入りの招待を受けることにした。


「どうぞ、みなさま。こちらに」

 貴族の令嬢は優雅な手つきで皆を招いた。


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